10-3 天使降臨となぞの黒うさぎ
「だからてめえ、その眼帯を取って見せればいいって言ってんだろ?!」
「『ふざけんな』。
人にものを頼む態度も身に着けてねえクソガキどもへの親切心は俺様にはねえんだよ。
これが答えだ。何度聞いても変わらねえぜ。わかったらそこをどけ。」
まっさきに目に飛び込んできたのは、燃えるような赤髪と、黒のうさみみの強烈なコントラスト。
その持ち主は、おれたちと同年代の少年だった。
こちらにむけられた背中はスラリとしているが、腰に佩いた細身の剣と銃は使い込まれ、手練れであることが容易にわかる。
そんな彼の前に立ちふさがっているのは、恵まれた体格に戦斧を背負った、灰色熊装備のハンター――と、その後ろに陣取るクローク姿のふたり。
「なあ、何が起きてんだい?」
「ケンカだよ。ほら、あっちのデカい熊が、うさぎに眼帯取れって言ってね。
うさぎは断って、そっからああなんだよ」
野次馬たちの会話によれば、そういうことらしい。
街道をゆく人々は、あるものは迷惑そうな一瞥をくれ、あるものはスルーを決め込んで通り過ぎていく。
三対一は普通に見れば卑怯だし、それを捨ておくのもひどい話だが、それでもある意味これは致し方ない事態ともいえた。
というのも、身ごなしも落ち着きぶりも完全に黒うさぎが格上。なおかつ、その物言いがかなり挑発的なものだからだ。
おそらくはAランク、もしくはそれ相当の能力の持ち主だろう。
いらだちのせいか口調も荒い。下手に首を突っ込んで、けがをしたくないと思う気持ちもわからないではない。
だが、首を突っ込みたくなるのもまた人の性というもので……
ぶっちゃけ、ほうっていったら気の毒なことになりそうだ。主に、熊男とその仲間たちが。正体はバレてしまうかもしれないが、バレたらバレたでそのときだ。
イツカとミライも同感のよう。小さくアイコンタクトをとってきたので、おれは即座にうなずいた。
「おーなんだなんだ、ケンカかー?」
「っ?!」
「おま、一体いつあらわれたあ!!」
「え、さっき」
と、イツカが音もなく両者のそばに立った。無駄にいい身ごなしだ。
完全に不意をつかれたらしい四人はもれなく驚愕している。
「どうしたんですか? おれたちでよければお話してみませんか?」
そこへとてとてと近寄って行ったミライが、優しくかわいらしい笑顔で話しかける。
だいたいのPCはこれでイチコロなのだ。果たして今回も、両者ほぼ毒気を抜かれた様子。熊男にいたっては、ミライの顔をガン見している。
「み……みーた……」
「?」
「ミーたんさまあああ!!
我が人生に天使が……天使が降臨なされたあああッ!!」
熊男はその場で膝をつき、拝礼し始めた。
瞬く間に周囲には厚い人垣ができ、熊男はミライの足元に座り込んで懇願を始めた。
「きいてください天使様!
俺たちは『オッドアイの黒うさぎ』のクエストで、うさぎ探しの旅をしていたんです!
そこであいつを見つけて! もしかしてと思って眼帯取って見せてくれとお願いしたんですけど!! あいつ聞いてくれないんですよっ!!」
「『そこのお前、オッドアイの黒うさぎだな? 違うというならその眼帯を取ってもらおうか?』
ミッドガルドじゃコレをお願いっていうのか。初耳だったな?
ウソだと思うなら会話ログ見てみろ。モノホンのウサギなら逃げ出すレベルだぜ」
青い右目の黒うさぎはあきれた様子でツッコミを入れる。
すると熊男は一転、元の調子で怒声を上げた。
「おいてめぇ! 人の会話を勝手にさらすんじゃねえぞゴルァ! だいたいミーたん様に……」
「てめえは潔白なんだろ? だったらミーたん様にご覧いただけよ。それとも『天使様』を相手にそうできない理由でもあンのか、あぁ?」
両者ふたたびにらみあったところで、ミライが仲裁に入った。
「ふたりとも、怖い声ださないのー!
えっと、ハンターのお兄さん。おれにならおねがいしてもらえる?
おれに、かわりに言って、って。
『眼帯を取ってみせてくれるか、だめなら理由を聞かせてください』って」
「は、はいっ! ミーたん様にでしたらよろこんでっ!!
どうかお願いいたします! そちらの黒兎さんに、眼帯を取ってもらうか、だめなら理由を聞かせてくださいと、わたくしめに替わっておっしゃってくださいませっ!!」
小首をかしげるミライの愛くるしさにやられてか、『ハンターのお兄さん』は嬉々として平伏した。ちなみにあまりの豹変ぶりに『うさぎさん』ほかは引いている。
ミライはというと、次に純真な瞳で『うさぎさん』を見上げる。
「あの、うさぎさん! お願」
「わかったからやめろっ。
くっそ、調子狂うな……
こっちの目は、邪眼なんだよ。眼帯を取ってさらしたが最後……
おいそこのてめえら中二病とか言ってんじゃねえッ!! スキルだからな純粋に!!
わかったら二度と眼帯のことには触れるな!! 言いふらした奴は忘れた頃に不幸のどん底に突き落とすからなッ!!」
そのとき、町の門のほうから司祭と聖騎士、衛兵の一団がやってくるのが見えた。
まずいと思ったか、熊男たちはペコペコ頭を下げつつ逃亡。野次馬たちは散り、眼帯黒兎も姿を消した――
おれの耳だけに、『二時間後、教会で』という言葉を吹き込んで。
いつもありがとうございます!
すこし早めに投稿してみました。




