Bonus Track_82-1 将の覚悟と、戦い方と~『青嵐公』の場合~
「先生! ノゾミ先生!!」
高天原の教員は多忙だ。自身の検査の結果が出るのを待たず、俺はいちど病院を出た。
いや、出ようとして声をかけられた。
そこには検査着をまとったルリがいた。
月萌空軍に所属するルリ・ツヤマは、俺の教え子だ。
といっても教員になったばかりのころ、少しだけ指導をしたことがあるという程度。
それでも彼女は、俺を慕ってくれている。それは、今もなお。
「もう戻られるのですか? 大丈夫なのですか? ……わふ」
ルリは俺を心配して声をかけてくれたのだ。こんなところは学生のころからも変わらない。つい、あの頃に戻ったきもちで頭を撫でてしまった。
ルリは気持ちよさそうに目を細める。その顔、やっぱりあのころと変わらない。
胸が温かくなるのを感じつつ、彼女にわびた。
「ああ、すまない、つい。
大丈夫だ。俺はケイジとユキテルを連れて脱出しただけ。剣の一合も交わしてはいなかったからな」
「でもあの爆発……焦げたりしませんでしたか? しっぽとか……」
「ああ。1ダメージもうけなかったぞ」
「さすが先生!」
かるくしっぽを振って見せれば、ルリは声を弾ませた。
そう、トウヤやマルキアとの仕合に比べたら、こんなのは余裕の上を行くミッションに過ぎないのだ。
「でも、やはり心配です。
もし次も来られるのでしたら、アバターをお使いになってもよろしいのでは……
それこそ、アスカさんにカスタムしてもらえたなら、生身と変わらぬパフォーマンスを得ることもできるはずですし」
「ありがとう。
だが、10も離れた教え子が『肉入り』で戦っているのだからな。
俺がアバターで行ってしまっては、師として顔向けができない。そう思うんだ」
「ですよね……。」
ルリはうつむく。ぱさりと落ちた紺の髪の下、首筋に白っぽいものが見えた。
肌の色に近い色合いで目立たないものだが、たしかに軽治癒用のパッチだ。
俺は言わずにおれなかった。
「そういうルリこそ、アバターを使ったらどうなんだ。父上が心配するだろう」
「えっ、いえわたしは、アバターつかってましたよ??」
「首のそれは、今日のじゃないのか?」
「うえっ?!
あ、あああいやこれは~…………」
あわてて首筋に手を当て、チーン、といった感じでうつむいてしまう。
うその下手な、愛すべき女性はそうして語る。
「だって、将たるものが身をさらさないのはやっぱり、ダメじゃないですか……
男とか女とか、そういうこと関係なく。
もちろんこれはあくまで、私の個人的なこだわりですけど……」
この世界での戦い方は、大きく二つに分かれる。
ひとつめは『アバコン』。ティアブラシステムを用い、アバターを遠隔操作して戦うスタイル。
対するもうひとつが『肉入り』と呼ばれるもの。アバターではなく、生身に装備をまとい戦うスタイルだ。
『アバコン』は必要に応じて編み出され、メジャーなのはこちらだ。
ソリステラスの工作員は月萌に入ることができないため、ウイルスプログラムを利用してアバターや装備を組み上げ、それを操って作戦行動を行っていた。
これの利点は安全性にある。やばくなったらアバターを破棄、もしくは操作システムからログアウトすれば傷も負わず、捕まることもない。
そんなもんと馬鹿正直に生身で戦い、怪我をするのは割が合わない。だから迎え撃つ月萌軍も、同様に戦闘用のアバターを作り、操って戦っていた。
そのスタイルは『対魔王戦』でも変わらず、月萌軍兵士はほとんど全員が、アバターを操り戦っていた。
ほとんど全員、ということはそうでない者もいるということ。
今回で言うなら、俺とルリ、トウヤ。カルテットとケイジ、ユキテル、マルヤムとオフィリア。
俺とルリとトウヤは、第一におのれの覚悟から。
ケイジとユキテルは、雇用主の意向によるもの。
マルヤムとオフィリアは、そんな二人を案じて。
そしてカルテットは、アバターを介してしまうと求めるパフォーマンスが得られぬためだ。
イツカとカナタ、二人のそばでその強さの恩恵にあずかったものも全員そうだろう。ぶっちゃけ生身で戦ったほうが、勝てる。逆に安全なのだ。
それでもやはり、怪我はする。
心配にもなる。それは、人として。
ルリもまた、その気持ちを失っていなかった。何年も軍人としてつとめ、危険な作戦もこなしているのに。
暖かな心持になった俺の口からは、こんな言葉がこぼれてきた。
「月萌空軍は安泰だな。お前みたいな将がいてくれる限り」
「あ、ありがとうございまひゅっ」
彼女は見事に噛んで、お大事にと言い訳とをごっちゃに口にしながら、ぱたぱたと逃げていった。
「ルリさん和むわ~……」
「俺ルリさんがいてくれれば100年戦える……」
『転ぶなよ』と言いつつほのぼのと見送れば、そこここからそんなつぶやきが聞こえてきた。
マユリとルシードの件では、彼女も動いてくれたと聞いている。
二人は身柄ごと『魔王軍』に進呈される前提で、一般的な兵士の例に倣わず『肉入り』で出陣。捕虜という名目で『魔王の仲間』に加わった。
その状態で戻れば、スパイと疑われうる。よってそのまま帰ってくることはないという目算だったのだが、ミソラとの協定ののち、二人は律義に戻ってきた。その扱いをどうしたものか、かなりもめた、とトウヤは言っていた。
結局やつの『鶴の一声』で立場は回復、国立研究所長の配下に転属という形で、ふたたび飛び立っていった。
マユリもルシードも、今回第四陣では温存され――『魔王島』移転直後の警備のためだ――出撃することはなかったが、一週間の休暇が終われば、今度こそ月萌軍とも矛を交え得る立場となる。
願わくば、二人とルリが戦う局面にならなければよいのだが。
そこは、イツカとカナタが何とかしてくれることだろう。
ふたりとふたたび堂々と肩を並べられるまで、俺は俺で、できることをしよう。
まず、一度学園へ。ミライも心配している。
無事な顔を見せ、一仕事おえたころには、皆の検査結果も出ているはず。
もう一度ここにきて、リクエストされた差し入れを届けることにしよう。
俺は『縮地』で一気に学園へ跳んだのだった。
未踏のブックマーク190達成です……ありがとうございます!!
一方でなんと、月間のPVが先月の半分かそれ以下となりそうです。←修正です! 半分は超えてました! 失礼しました。
作品の内容からして、現状では読むの厳しい方もいるよな……と思います。
それでもいらしていただける方々には、ひたすら感謝しかありません!
もうすこし、頑張ってみようと思います。
次回、『なんおま』!
何の略化は次回をお楽しみに!




