Bonus Track_80-4 もういちど、『銀ちゃん』に~『サイレントシルバー』の場合~
『ねーねー! 『さいれんとしるばー』って、どういういみ?』
『サイレントは『静か』。シルバーは『銀』でございます、ぼっちゃま。
すなわち、『サイレントフェザー』のように静かに。『クイックシルバー』のように滑らかに。
自在に動き、任務を果たせと、この名を授かりましたのです』
『か~っこいい~!
それじゃあ、きみは、ぎんちゃんだねっ!』
サードパーティー製のアンドロイドのわたし。本来眠りなどは必要としない。
そのはずなのに、寝れば人のように夢を見る。
ここ数日私は、技術共修の名目で、とある私邸に寄宿していた。
客人として扱われたわたしはぶっちゃけヒマだったため、夜は寝ていた。
そのときに見た夢が……これだ。
ずっと、昔のこと。わがクライアントと、初めて引き合わされたときのことである。
あの頃は彼も、かわいらしかったものだ。
銀ちゃん、銀ちゃんと後ろをついて歩いてきた時期さえあった。
いつしかその距離は離れ、関係はドライなものになっていた。
間違ったことではない。本来あるべきカタチに戻っただけだ。
名家の御曹司と、それに仕え、闇を担うエージェントという。
だからおかしいのは、私なのだ。
主の気まぐれ、失敗。すべて引き受け消えてゆく。
作ったソフトウェアを勝手に魔改造されようが、その不具合の責に自爆を命じられようが、粛々と動く。それが我らのあるべき姿なのだ。
たとえば身分そのものはΩでなくなろうと、その定めは変わらないのだ。
けれど私は、感傷に流され。
ケーキやけぐいに走ったところを、カピバラ耳の少女たちに拾われ――
かつて敵にまわした少年に、救いの手を差し伸べられた。
公の場では腹黒さをにじませる『天才うさちゃん』の素顔は、驚くほどに優しいものだった。
かけてくれた言葉と、向けてくれた瞳があたたかくて、わたしは、彼を信じることに決めた。
彼はその日のうちに、『縮地』の護符を渡してくれつつ、こう言った。
『イツにゃんとカナぴょんに頼んどいたよ。
もしも自爆なんか命じられたら、これで彼らのもとに逃げるといい。
ふたりも君の身の上に同情してた。今すぐおいでとさえ言ってくれたよ』
『っ、それは……』
『もちろん、迷う気持ちはあるよね。じゃなきゃ君はもうとっくにあっちにいるはずだ。
だからもし、自爆を命じられなかったら、そのまま戻って構わないよ。
このうちで見たことを、クライアントどのにしゃべっても構わない。知られちゃまずいものはぜーんぶ、この中に隠してあるからね。
あっ、でもベッドの下とかは見ないでよ? おれもいちおーオトコノコだからねん☆彡』
とんとん、と繊細な指でこめかみをたたき、白うさみみの美少年はおどけて笑った。
そして、私はここにいる。
わがクライアントに命じられたとおり。魔王の姿がよく見える、後続隊のはじっこに。
上空を旋回するグレート・フォレスト・ドラゴンと、基地の屋上でチカラを放つうさみみ魔王。森の主としての二人の勝負がいまついた。
ドラゴンはうさ魔王とのパワー合戦をあきらめ、ブレスを吐き始めた。
肩で息をする相棒のとなりで、黒猫魔王がドラゴンに向け剣を構える。
その腕に輝くのは、例の腕輪。
いや、うそだろう。私は目をむいた。
あれの出自=危険性を、彼らは認識しているはずだ。
出陣する学園生に月萌軍を通じて与えられた、我らの手になる最新式装備。
オンラインアップデートが可能な――すなわち、戦いのさなかにこっそりと呪いのアイテムに作り替えることもできてしまう、ぶっちゃけ罠にしかなりようのないしろものだ。
それをまさか、装備しているなんて。
大丈夫か。HPと防御力、否、それよりまず、頭が。
いや、私としちゃあんなもんまともに動くわきゃないと思っちゃいるんだけど!
『『シルバー』。これより例のコマンドを送る! よく見ていろ!
まったく、馬鹿な子供だ! これであいつも黒焦げ騎士にクラスチェンジだ! それっ!!』
そのとき、個人用回線にはればれとした声が入ってきた。
こんなもん盗聴されるにきまってるだろ。バレてなかったとしてもこの瞬間に対策取られるわ。
もはや突っ込む気力もなく黙っていれば、やはり……否。
予想のはるかナナメ上の事態が展開した。
「そぉ――っれぇっ!!」
基地の屋上に走り出してきた灰うさ男――ソーヤが『抜打狙擲』で何かをこちらにぶん投げてきた。
抱えるほどの大きさ、なんかがちゃがちゃしたものを詰めた布袋だ。くるくる回って飛んでくる。
もちろん定石通り『斥力のオーブ』からの『ギガクレイボム』で処理しようとしたが、起きたのはそれをもふっとばす大爆発。
もちろん『絶対爆破防御』により、人と機材へのダメージはゼロだった――が、爆心付近の地面はどでかいクレーターに。
わるいことに『スケさん』が『メギドフレア』を地面に受け流したことで、地面の強度が下がっていた。
私の乗ったジープを含む、何台もの車両がぼろぼろ転がり落ちる。運の悪いものはそのままアバターが壊れ、ログアウトの憂き目にあった。
『やられた……ははは……完全にやられた……
あの爆発。俺たちのやった腕輪だ。
つまりイツカの装備していたのは、無害化済みのモックで。
俺たちに爆破コマンドを打たせるために、わざとつけて出てみせたと……
そうして俺たちは自分の手で、自軍に爆撃をくらわすハメに……
はははっ。もはやギャグだろ、これ……』
個人用回線に届いた声は、笑っていた。
「いや、ですからいくら高機能だからって、敵がよこしたオンライン型装備なんか信用するわきゃないじゃないっすか……」
わたしの口からも、笑い交じりの声がこぼれていた。
『……そうだな。
言われてみれば、そうだよな……』
対して聞こえてきたのは、何かつきものが落ちたような声。
『『シルバー』。
任務は完了だ。作戦終了次第、帰投するように。
……いや。
戻ってきてくれ。
お前と、いや君と、話がしたい。……『銀ちゃん』」
「了解しましたよ、『坊ちゃま』」
そういえば彼をこう呼んだのは。否、彼とまともに言葉を交わしたのは、どれくらいぶりか。
『クレーターに落ち、自力で上がれないものはログアウトせよ』との声がかかったのを聞きながら、わたしは久しぶりに『坊ちゃま』とちゃんと話そう、そう思っていたのである。
アスカのベッドの下にあった本のタイトルは『もえもふうさちゃん写真集』です。
ガチうさ写真集です。
むしろ見たい件。
アスカ「ハーちゃんの黒歴史はぜーんぶおれの頭に入ってるからね~」
ハヤト「おいちょっと待て。」
次回、着々と迫る『シエル・フローラ・アーク』と、とまどう『ハナイカダ』。
どうぞ、お楽しみに!




