Bonus Track_79-3 しあわせの泉を、みんなと!~ミズキの場合~
再現実験の動画は、『美しい』としか言いようのないものだった。
床面に。いくつものパーテーションに。
すでに描かれた魔法陣のほとり、グレーのローブのコウが目を閉じる。
深呼吸、一つ。小柄な背中に、普段はしまっている翼が現れる――
上半分がまばゆく白く、下半分がしっとり黒く。にぶく輝きをはじく銀灰色が、黒に抱かれて数条走る、大きな双翼だ。
同時に、コウの両ほほに鮮やかな赤のペインティングが走り、両手の指先もおなじ赤に染まる。
あでやかに美しい、コウの『本気の姿』だ。
スリートーンの翼が大きく広がると、その表面に一瞬で、光の魔法陣が浮かび上がる。
色とりどりの魔法陣はさらに、コウの両腕にも描かれた。
彼が思った陣を、自らの表面換装に瞬時に投影する覚醒技『シュバシコウのむつき』である。
シロウが気合を入れると、床の魔法陣に、パーテーションの魔法陣に、一斉に光がともり、花びら舞う平和結界が顕現した。
まるく優しい形をした結界の中、コウが無駄のない動きで、腕の、翼の魔法陣を差し出すと、魔方陣たちはいきいきと輝きを増す。
舞うような身ごなしで、つぎつぎと必要な場所に魔法陣をさしだすコウの姿は、まるで舞を舞っているようにすら見えて――
優しいまなざしでそれを見守るシロウの表情にも、これまで見られた苦しさがない。
何を語られずともわかった。
苦労を重ねた研究が、ついに完成したのだと。
『シエル・フローラ・アーク』が完成した。
正確には、自信をもってお出しできる完成度になった、とコウが言える状態になった。
うれしいことに、コウ自身の覚醒によって。
動画の中では翼持つ天人のようだったコウは、すっかりいつもの元気な顔で胸を張る。
「『シエフロ』完成しました! ですんで約束通」「すご――い! すごいよコ……あわわわ、ごめんねだいじょうぶっ?」
けれど感動さめやらぬミライがぴょんっと突撃するとおっとっと。もろともにひっくり返りそうになって、シロウとダイトがよっこらせと支える。
四人それぞれの立ち位置からして、もしかしてと思っていたけど。
「予測してたのかな?」
「やはり、ミズキさんにはばれてしまいますね。……はい。
覚醒により、『シエル・フローラ・アーク』の負担は大きく減りました。
しかし、これまで急ピッチで研究を進めてきたコウの負担は大きく。
あれだけ言っておいて申し訳ないのですが、今日一日。できましたら、明日もお休みを頂ければと」
ミライがコウを抱きしめたまま、かわいく俺をみあげる。
もちろん、そのつもりだ。みんなで事前にそう決めていたのだし。
まるで子犬のようなミライの頭をよしよしして、俺は伝えた。
「もちろん、そうして。
……ううん、明日といわず、今週いっぱいは休んでいてほしいというのが、俺やミライを含んだみんなのきもちだよ。
ここまで、本当によくがんばってたね。コウも、シロウも、もちろんダイトもタマキも。
だから、まずはゆっくり疲れをいやしてほしいんだ。
あとのことは、俺たちにまかせて」
「……ぐう」
コウの返事は、安らかな寝息で帰ってきた。
コウとシロウを、ミライたちで。
ダイトとタマキを俺たちで、それぞれ手分けして部屋に送り届ける。
おふろの準備をととのえ、何かあったらすぐ連絡ね、出前も経費で出すから遠慮なくとってと伝えて撤収。
騎士団の集会所へと戻ると、自然とこんな言葉が口をついた。
「これでひとまず安心だね。
マイロ先生もいってた。あんなことができるのはコウだけだ。
もうだれも、コウから彼の研究を取り上げたりなんかできない」
彼が思った陣を、自らの表面換装に瞬時に投影する覚醒技『シュバシコウのむつき』。
さすがに自分以外に描くことはできないけれど、第二、第三覚醒となれば、その可能性は出てくる。『プラチナムーン』にも迫る、強力なスキルだ。
国立研究所にはかつて、ソラを不法な実験に使った者たちがいた。
かれらはもう処分されたのだけれど、今度は彼らにつながるものたちが、『魔王出現』を理由としてふたたび研究所に手を伸ばしてきている。
そのため、下手をすれば『チコニアン_ウィッカーワークス』が収奪されるかもしれない。そのことは強く懸念されていた。
けれど、これをコウから奪うことは、もう誰にもできない。
もちろん、コウそのひとが狙われる危険は、依然としてあるわけなのだけれど……
「そうだね!
これからももっと、コウたちをまもってあげなきゃだよね!」
ミライが気合の入った笑顔で言うと、ふしぎと心明るく、決意も新たになる。
「じゃあそのミライさんたちは俺たちで守らなきゃっスね!」
「もちろんミズキさんもですよ~」
「がんばろうね、いっしょに」
「なんでも言ってくださいね! がんばりますから!!」
ミキヤとロアン、ハルオミとハルキくんをはじめとした頼れる仲間たちは、次々とうれしいことを言ってくれた。
さらにミライは、こんなことまでいいだした。
「よーし! おれ、コウがおきてくるまでに覚醒するっ!
そしたら、コウはもうちょっと、らくできるから!」
今日は水曜。あしたは木曜。金曜午後は闘技会。
コウの覚醒陣開発は、どんなに早くとも週末開始となる。
つまりそれまでが新たなタイムリミットというわけだ。
「そうだね。守ってあげなくちゃなんだから。
……団長の俺が、がんばらなくっちゃね。もっと、もっと」
「それじゃあおれはもっともっともーっと!」
えいえいおーっとこぶしを突き上げるミライは、このうえなくかわいらしい。
以前、俺はミライに『ミライは充分、かっこいい』と伝えた。
それはうそじゃないんだけれど、むしろそのときよりもかっこよさは増してるはずなんだけど、可愛さのほうはその100倍をぶっちぎっている。
ぶっちゃけ、こんな姿を見ているだけで、パワーがあふれてくるといっていい。
そのとき、気が付いた。
ミライの体がほんのりと、輝いていることに。
いや、ミライだけじゃない。
同調するように、俺の手も。
「あれっ……ねえ、ミズキ」
「うん!」
直観の告げるままに、俺たちは両手を触れ合わせる。
その瞬間、俺たちの腕でできた輪の中から、きらきらとまぶしく輝く、優しいチカラが吹き上げ、部屋中に降り注いだ。
「ふおおおお!!」
「うわ~あったか~い!」
「温泉だー!」
「はあ、いやされる~……」
まるで温泉につかったみたいなほんわか感は、いつのまにか身も心も、すっかりさっぱり回復させてくれた。
こんなの、ひとりじめはもったいない。システムアナウンスを聞くのももどかしく、俺たちは部屋を飛び出した。
ちょっと前までは覚醒できるビジョンが全く見えなかったのですが、なぜか流れができてきて今朝スルッと。
物語に助けてもらったもようです。
次回、追い込みのハルハル兄弟!
どうぞ、お楽しみに!




