Bonus Track_78-7 月萌国会での一幕~とある『政治屋』の場合~
「……さん」
「あっ」
あたたかく、柔らかな声で呼ばれれば、それだけで相手は正気に返る。
「かたじけない、ハジメ殿」
「お互い様ですよ」
そうして、素直な笑顔で笑いあう。
こんなことがもう、何度も続いていた。
審議中に。立ち話の最中に。
『大神意』は容赦なく憎しみを吹き込んだ。
軽いものでは『狩りたい』という気持ちを。
酷いものなら、殺意以上の悪意をかきたてた。
もちろん、それをむき出しにするものは少ない。
おかしなことと分かっているからだ。
『世界の平和を求めた』という理由で、誰かを敵とすることが。
『世界平和のために犠牲になろうってんだ、ありがたくやらせてもらおうじゃないか!』などと吼える者は、少なくとも審議中には、もういない。
それでも、止めることはできなかった。
敵意が策を弄することを。
もとからくすぶっていた敵意の上に、さらに吹き込まれた敵意が、かれらを利用しつくそうとたくらむことを。
そうして月萌国議会は『魔王軍』の『育成』を決めた。
『月萌立国党』の穏健派にも『大神意』に屈したものが出た。このことが事態のケツを蹴飛ばしたのだ。
『立国党』は、学園生を含むαや、その見込み人員の非常動員を求め。
われら『緑の大地』は、β居住域への不干渉を条件にそれに賛同。最新式の武具を彼らに供与することを受け入れた。
そうなってしまえば、ハジメ・ユタカたち『小さな芽吹き』の説得も、クゼノインを筆頭とする『風見の党』の諌言も、すべて数の力で押し切られた。
けれど今、われらの精神的支柱となっているのは、押し切られた側の者。もっとも小さな党のリーダーだった。
憎しみに翻弄される日々に荒んだこころに、ハジメ・ユタカ氏の柔らかな声は、清水のように沁みた。
たとえ激しく論を戦わせても、ひととしての心は優しく添わせる。
そんな彼の暖かさに、われらはじわじわと魅了されていったのだ。
かつて街頭で声をからし叫んでいた青年が、今やわれらの中心で優しく名前を呼んでいる。
不思議というべきか、皮肉というべきか。
それでも、その存在に救われる。
その声に、思い出すのだ。
忘れてはいけない何かを。
それがたとえ、自分に向けられたものでなくとも。
ふと思い出したのは、古くからつかえてくれていたエージェントの顔。
望んでいたはずの任務を言い渡されたにもかかわらず、別れ際に暗い、暗い顔をしていた、彼女のことだった。
花粉にやられてる感じで絶賛調子がよくないのです……あちこち痛いし……いろいろごめんなさい( ;∀;)
次回、いよいよシエル・フローラ・アーク完成の予定です!
どうぞ、お楽しみに!!




