9-5 アスカのたくらみ、イツカの信頼(下)
もしも、ねこの映像がみえたなら、それは同志の証です。
おれは先生の言葉を受け、壁面のモニターをオンにした。
映し出されたフィールドには、いい笑顔のアスカと、アスカに乗せられたのだろう、したり顔で一席ぶつレイン理事がいた。
インタビュー用に着替えたのだろうか、緑のジャケットの映えるアスカは、ニコニコとレイン理事にマイクを向けている。
即興のインタビューで時間を潰す、というていで、目立ちたがり屋の理事を引っ張り出したのだろう。
『アスカはもう動いている。もう、止めようがない。
大人の解決を図るのは、その後だ』
携帯用端末ごしに響いてくる先生の声は、底冷えするような冷たさを宿していた。
「……アスカに危険はないのか」
『そう思うなら、行ってやれ。
アスカにはお前の助けが必要だ』
「わかりました!」
通話を切るのももどかしく、ハヤトは踵を返す。
「おおおい、俺も……」
「お前は回復されとけ!!
決闘は取り下げたわけじゃないんだからなっ!」
イツカのやつめが、わたわたと簡易寝台を降りて後を追おうとするが、もちろんビシッと止められる。
かくしておれたち三人は、モニターごしに友のリベンジを見守ることになった。
『ところでタカシロ理事、さきほどの怪現象をどうご覧になりますか?』
『あれはおそらく、蜂の習性ゆえの現象ではないかと私は思うねぇ。
蜂は黒いものに攻撃する習性がある。つまり全身黒のイツカくんは格好のターゲットだったというわけだ。いやあ、怖い怖い!』
理事がおどけてみせれば、ギャラリーから黄色い歓声が。
まあ、仕方ないといえば仕方ない。奴は外見は悪くないのだ。
『なるほど、そうですかー。……ほんとうにそうでしょうか?』
『そうとも、間違いない! まさかアスカ君は、誰かがイツカ君に魔物寄せでもつけた、とでも言うのかな?』
『さあて……それは本人たちに聞いてみませんと。あ、本虫たちですかね?』
『……は?』
『実はですねー。おれこないだついに覚えちゃったんですよー。『マルチ・パーフェクト・リザレクション』!
せっかくなので、ここでそいつを試してみたいと思いまーす!』
『はあ?』
『大丈夫ですよ! 心配でしたらほらこれ、おれのジャケットかぶっててください。
白っぽいし防御も高いんで、これさえかぶってればなんとかなりますから!』
アスカがアイテムインベントリからあの白ジャケットを呼び出し、理事に向かって差し出すと、理事はあからさまに後退した。
『い……いや、いい!
それは私にはサイズが小さすぎるからね。どうか、しまっておいてくれたまえ』
『おやそれはすみませんねぇ。では~。
事前詠唱により詠唱省略~。マルチ・パーフェクト・リザレクショーン!』
アスカは白ジャケットをふりふりしつつ、神聖魔法『マルチ・パーフェクト・リザレクション』を発動。
フィールドのあちこちから、人の胴ほどの太さの白い光柱が立ち上る。
それが収まったあとには、鉄色をした十体の巨大蜂たちが、重い羽音を響かせていた。
そう、さきほどの巨大鉄刺蜂たちだ。
『そーおれっ!』
彼らは二人へと向けて殺到してきた。
しかしアスカがジャケットを放り投げればすぐさま進路変更。
宙を舞うジャケットに向けて襲い掛かった。
『お、おい!!』
『神聖障壁!!
とりあえずこの中なら安全ですから、おとなしく助けが来るのを待ちましょうか~。
おれ、か弱いプリーストですからあんなの相手できませんし~』
うろたえる理事。ニコニコ笑いつつ、防御結界を張るアスカ。
その目の前で、哀れなジャケットがボロ布へと変わる。
それだけでは収まらないのか、ワスプたちはフィールド内を周回し始めた。
場内が戸惑いとざわめきに包まれる。
『しっかし一体、これはどうなってんでしょうね~。
おや? なんでしょうねこの映像』
ギャラリーのざわめきは、巨大モニターに『ある映像』が映し出されるに至って、さらに大きなものになる。
笑いながら、イツカの肩をたたいた理事は、おびえるミライを強引に撫でようと手を伸ばす。
そこへ笑顔でやってくる、白いジャケット姿のアスカ。
ふいにけつまづいて理事の胸に倒れ込む。理事の手がアスカを抱きとめた。
そこで画像がとぎれたことが、理事にとってのせめてもの救いか。
それでもそれは、あの白のジャケットに理事が触れていたことを印象付けるには、充分なものだ。
ざわめきがいぶかしむものへと変わっていく。理事は焦ったように声を上げた。
『なんだ、これは……イカサマだ!! でっち上げだ!! 責任者を呼べ!!』
『そうですね、人間は信用できませんね。なんたって、嘘をつきますから。
その点モンスターはいいですよねぇ。嘘をつきませんから。
聖水がまかれていたら逃げるし、魔物寄せが使われてたら素直に寄ってきてくれるんですから。
あのジャケット、あなたに触れられた時のまんまなんですよ?
ショックだったなあ、本戦前の調子見のつもりで『超聴覚』使ってみたら魔物寄せが発動してるんだもの。全速力で脱いで自分に三回キュアオールかけちゃいましたよHAHAHA。まさか現場を見てた別の人が『偶然』、『超聴覚』つかってたとか知らなかったけどねぇ?』
アスカの繊細な顔立ちが、どこか狂気を漂わせるニヤリ笑いにゆがむ。
対照的に理事は、必死の様子で叫び声をあげた。
『ち、違う! 違う、私も知らないんだ!!
そ、そうだ、イツカ! イツカの装備にもともとついていたんだ、それがあの時!』
アスカはふいと真顔になる。
その口から出る言葉も、マジメな調子へと変わる。
『それじゃあなんで、今のあなたには魔物寄せの状態異常がついてないんでしょうね?
あなたは知らなかったんですよね?
『イツカに触れたあなた』に触れられた、おれのジャケットにさえまだ効果が残っていたのに、なんであなたには効果がのこってないんですか?』
『それは……』
『っていうか、なんにも知らないんならなんであのジャケットをあんなあからさまに避けたんですか?
蜂に狙われにくい白。しかも防御効果も抜群、ていうかちょっと前まで俺本人が着ていた国民的うさぎ美少年の脱ぎたてホカホカ防具ですよ?
この状況なら全国民の99%が喜んで頭からかぶっていたはずの超絶素敵アイテムなんですけどね』
『っ……!!』
理事はぎりっと歯を食いしばる。
おれたちの前に現れた時のすかしっぷりはどこへやら。
顔色は悪く、大粒の汗まで浮いている。
『……ま、俺は別にこの程度でいいんですけどね。
言うべきことは他の人たちに言えばいいと思いますよ。俺なんかごときザコじゃなくってね』
アスカが視線をやった先には、鬼の形相でワスプを斬り倒しつつ、突進してくるハヤトがいた。
理事はひっと息をのみ、その場にへたりこんだ。
どうやら腰を抜かしたらしい。
だがアスカは笑顔でふりふりと手を振る。
『おおハーちゃんナイスタイミン~。おれも手伝う?』
『……それだけはやめろ』
ハヤトが青くなって立ち止まった瞬間、ワスプたちもいっせいにアスカから距離を取った。
やはりモンスターは正直のようである。
もはや呆然自失となったレイン理事は、黒服に運ばれ姿を消した。
おそらく、何らかの処分は免れないだろう。
また姿を見せることもあるかもしれないが、アスカは切り札を残している。
今回あえてさらさなかった部分に収録されていた、自身への無断しっぽモフ、つまりセクハラ疑惑だ。
ご禁制薬物『隠ぺい付き遅効性モンスター寄せ』の件は、いろいろな間違いが重なった結果、とうやむやに処理される可能性もまだある。
しかしセクハラについては、そうはいかない。あの映像を世に流されれば、言い訳の余地などない。
「いやーうまくいった。これであいつとその周辺は無力化できたといっていい。
というか、手駒にぐらいはできたかなっ。
協力ありがとうね、イツにゃん!」
アスカはそんな風に笑っていたが、当然おれたちのほうもそのままでは済まない。
本番は第三部の最後に繰り延べ。おれたち『ミライツカナタ』『白兎銀狼』は、面談室に呼び出されての事情聴取を受けたのだった。
『しっかし一体、これはどうなってんでしょうね~。
おや? なんでしょう『ねこの映像』』
おわかりいただけただろうか(某番組風)
……出来心だったんです、公開しているが反省はしていない(`・ω・´)キリッ




