9-3 アスカのたくらみ、イツカの信頼(上)
隠ぺい時間が長すぎたので縮めました(470s→170s)
今日の控室は、いつになくがらんとして見えた。
それもそのはず。
アスカとハヤトは、別の控え室で準備中。
ミズキはそちらに行っていて、ソウヤとシオンは休憩中。
つまり今、イツカのほかに一緒なのは、ミライただひとりだけなのである。
それでも……
「うん、だいじょぶだよ!
きっといける。がんばって!」
「おう!」
「ありがと、ミライ。がんばるよ」
装備、所持品確認を終え、みせてくれたかわいい笑顔。
そして、ちっちゃなガッツポーズ。
これだけでなんか、勝てそうな気がしてきてしまうのは不思議なものだ。
そう、今は金曜の放課後。おれたちの出番の直前である。
試行錯誤の日々は、あっという間に過ぎ去った。
満を持して迎えた金曜の放課後、おれとイツカとミライは、一緒に闘技場にログインした。
試合前の最終確認を行い、控室を出、廊下へ。入退場者ゲートに向け歩き出す。
イツカの顔には、プレッシャーなど感じさせない、いつもの笑顔があった。
「さーって、まずは俺とハヤトでワスプ戦だな。
見ててくれよ!」
おれたちが申請した通り、この決闘は前座つきだ。
フィールドに出たイツカとハヤトにむけ、10匹の『巨大鉄刺蜂』が放たれる。それをガシガシ倒して終わりというもの。
ぶっちゃけ下手すれば秒で片付く。それに本戦に向けて、相棒の仕上がり具合を直接見ておきたい。
そのため、おれもイツカについて控え室を出たのだ。
結果としてそれが、おれたちを救うなんてことは、知らないままで。
ゲートに近づいていくと、壁にもたれてひとり、若い男性がいるのが見えた。
年のころ二十台後半か。全体的に、どこか見覚えがある。
ズボンのポケットに手を突っ込みつつも、高級そうなダークグレーのスーツと靴。
金髪に紺色の瞳。甘いマスクを笑ませてこちらを見ている。
「やあやあ、君がイツカ君だね? 試合はいつも見せてもらっているよ!」
彼が壁から背を離し、どこか芝居がかった様子で腕を広げると、フローラル系とおぼしきコロンの香りがふわと漂った。
一言でいえばイケメンだ。だが、どうにもうさんくさい。ミライも同じ印象のよう。
平然としているイツカのうしろ、おれたちは若干引き気味に、その様子を観察しはじめた。
「あ、どうも。
えっと、誰だっけ?」
「お、これは失敬。高天原統括理事会のレイン・クルーガー・タカシロだ。レイとでも呼んでくれたまえ。呼び捨てでも構わないよ」
「わかった、レイな」
なるほど、見覚えがあるわけだ――理事たちはテレビに映ることもあるし、闘技場に観覧に来ることもあるのだから。
小さく納得していると、いきなり呼び捨てかますイツカ。いくらなんでもこれはよろしくない。やむなくおれはフォローを入れる。
「ちょっとイツカ。
すみませんタカシロ理事。こいつ、遠慮ってものがなくって……」
「はは、いいんだよそんなもの。
私も理事会じゃ新参でね。
理事会の底辺で冴えない日々を送っている私にしてみれば、おなじ新参でもバリバリ活躍している君たちの方がずっとヒーローさ。
君も遠慮なく名前で呼んでくれたまえよ、カナタ君。そして、ミライ君」
「あー、はぁ……」
イツカの肩をぽんぽんと左手で叩きながら笑う、その態度はいかにも気さくそう。
だが、なぜだろう、やはりうさんくさい。
気付けばいつも人なつっこいミライまでが、おれの後ろで息を殺していた。
チョコレート色のボタン耳はぺたんとし、小さめの両手がおれの服をつかんている。これは、明らかに普通じゃない。
「おやおや、ミライ君は恥ずかしがりだね。
大丈夫だよ、Ωだからって私は、ぶしつけな扱いをしたりはしないからね?」
そんなミライに向けてレイン理事は、つかつかとこちらに近づき、手を伸ばしてくる。
いやいや、ぶしつけだろうおまえ。
イツカもたいがいだけど、こいつはろくなもんじゃない。
だいたいわざわざΩとか言う必要あるのか。気に食わない。
珍しくむかっ腹が立ったおれが、ミライをかばって兎耳を広げたその時、聞き覚えのある声が割って入ってきた。
「しばらくぶりですね、レイン理事。こんなところに何の用ですか。」
平坦で冷淡な棒読み。
振り向けば、強烈なコントラストが目に飛び込んできた。
すなわち、緑と金と赤に染め分けた髪と瞳と眼鏡、衣装と思しき白っぽいロングジャケット、そしていつも通りにぴょんと立った真っ白いうさみみが。
「えっと……アス、カ……?」
その顔にはニコニコとした笑みが浮いているが、どこかとってつけたよう。
声からアスカであるとはわかっているのだが、違和感はものすごい。
おれの戸惑いを気にも留めぬ様子でずんずんと歩いてきたアスカはしかし、突如けつまづき、理事の胸に倒れ込んだ。
理事は慌てたように抱きとめ、ついで肩を支える。
だがその直前、さりげなく右手が白いわたしっぽをモフったのをおれは見た。
ちなみに無許可でのしっぽモフは、ティアブラでもセクハラである。
「おっと、足元に気をつけたまえ、アスカ君。
私と過ごしたいのなら……」
セクハラ野郎、もといレイン理事は、もはや鼻につくという印象しかない口調でアスカに話しかける。
対してアスカは冷えた声音でぴしゃり。浮かべた笑みも冷たいものに変わっていた。
「失礼しました。ですが今は闘技前、ホシミ選手はデリケートな状態です。どうか、お引き取りください」
「おお、怖い怖い。別に悪いことはしてないよ? ただ」
「…………。」
差し伸べた手、冷えた一瞥が退場を促す。
さらには、おれたちに向けて放った言葉がダメ押しをする。
「理事は俺がお送りするから。君たちは準備を」
「えっあっはい……」
「やれやれ、アスカ君はスパイシーだねえ」
理事がため息とともに背を向けた瞬間、アスカのささやきが耳に飛び込んできた。
『カナタ、超聴覚で理事とイツカを『聴』いてスクショ。すぐに俺に送って』
わずかな呼気しか伴わぬ、かすかなかすかなささやき。
それを聴きとれるのは、この場ではただ一つ、おれの特大ロップイヤーだけ。
つまりこれはアスカからおれへの、極秘指令だった。
探知系のスキルを人に向けて使うのは失礼な行為。それはおれもわかっている。
が、これは異常事態だ。まずは言うとおりにした。
すると、あとはまかせたということだろう。アスカはわたしっぽをふり、とひとつ振ってみせつつ、理事とともに曲がり角に消えていった。
続いてイツカのやつめものんきに踵を返す。おれはあわてて引き留めた。
「よっしゃ。そんじゃー俺も行ってくるかな!」
「待ってイツカ。お前状態異常がついてるから。
『遅効性モンスター寄せ』。
ミライにキュアしてもらって……」
なぜなら、いまイツカは『状態異常』にかかっているのだ。
おれが聴きとった通りの表現を使うなら『遅効性モンスター寄せ:ワスプ(隠ぺい中/カウント170s)』というやっかいなものに。
隠ぺい付きの遅効性状態異常は、隠ぺい時間が切れるまでの間は、かけられた本人のステータス画面にすら表示が出ない。
もしさっき、アスカが指令をくれなかったら……
おれはイツカがこれにかかっていることを見抜けず、当然対策も取れぬまま。
170秒後、イツカがフィールドに出た後に『モンスター寄せ:ワスプ』の状態異常が発動。
イツカひとりだけが、ワスプの集中攻撃をくらうハメになっていただろう。
そしてこの『遅効性モンスター寄せ:ワスプ(隠ぺい中/カウント170s)』は、レイン理事にもついていた。
ミライが警戒を示していたのは、わんこ装備がもたらす鋭い嗅覚と、生まれ持った直感とで異常を察知していたためなのだ。
ちなみに『遅効性モンスター寄せ』のクラフトは、ティアブラ内で『資格者以外の管理・作成』が禁止、使用は自治体の長の許可が必要とされるレベルの危険物だ。
「だいじょぶだ。
このままやる。回復準備しといてくれ」
「え、でも!」
しかしイツカはきっぱりと言い切ると、背を向けてしまう。
こうなっては無理に解除することもできない。かといって、穏やかでいられるはずもない。
巨大鉄刺蜂は本来、極めて危険な相手なのだ。
追いかけようとしたその時、あったかい手がおれの背中にやさしく触れた。
「信じよう、カナタ。
アスカくんは仲間だし、イツカは強いから」
「うん。そうだね。
ありがと、ミライ」
ミライ自身も不安だろうことは、ひと目でわかった。
そしてそれでも、おれをはげましてくれていることも。
そんなミライの肩を、おれもそっと抱きかえした。
イツカの奮闘を、アスカのたくらみの行方を、落ち着いて見届けるために。
そしてそれが許された時、二人ですぐにイツカを助けに行けるように。
『さあ今度こそ始まります、一世一代の大勝負!
『剣狼』あらため、『剣帝』ハヤト!!
『空跳ぶ黒猫』として一世を風靡した、黒猫騎士イツカ!!
若き剣の申し子たちによる、夢とプライドをかけた直接対決だ――!!
まずは改めて、二人の実力を見ていただきましょう!』
実況と歓声が響く中、イツカは出ていった。
届かないその背から、甘く不吉な香りを、ふわりと漂わせながら。
な、なんとか……開始……でいいんですよね、これ……(涙目)
予告しちゃうとやばくなる。学習しました。
次回、ハヤトの必殺技が出ます(無難な線でまとめるスタイル)。お楽しみに!




