9-2 悩めるカナタとゆかいな仲間たち
結局アカネさんの名を出すまでもなく、変更案は通った。
理事会側としては、イツカがラビハンにとっこんでくれるなら詳細はいいらしい。
しかも、ハヤトはイツカをおさえておくための『ドラゴン・キーパー』。
それが有利な力量差で決闘をして、イツカをボコボコにしてくれるというなら、願ったりかなったりというわけだ。
ただ、これほどすんなりといったということはつまり……
『アスカとハヤトのバディにイツカは、おれを加えても勝てやしない』
少なくとも、向こうはそうみなしている。ということにほかならないのだ。
プライドがうずいた。客観的に見てそれは、正しい評価だろうことがわかっていても。
けれど、こうも思った。
この決闘に勝ったとして、このままアイドルバトラーを続けることが、本当にいいのだろうか?
そもそもイツカは、アイドルをやりたかったのだろうか。
今更ながらに、そんな疑問が湧き上がる。
「はい、手を止めて。
いま描いているのはなんの錬成陣ですか、カナタくん?」
「……え」
ふいに後ろからぽん、と肩を叩かれた。
振り返れば、肩の高さに白いスコ耳。
その下には、すこしウェーブのかかったやわらかそうなピンクの髪、空色のつぶらな瞳。
白衣をまとった少女に見えるが、なかみはりっぱな大人の女性。
そう、クラフトの専門指導教官、マイロ先生だ。
ここはクラフターズラボの第二錬成室。いまは補修の真っ最中。
そして、おれの目の前には――つまりおれが水の上級錬成陣を書いていたはずの錬成台には、ミミズがのたくったような意味不明の図形が横たわっていた。
どうやらおれはまたしてもやらかしてしまったようだ。恥ずかしさに顔が熱くなる。
「え、えーと……み、ミミズの錬成陣です……」
「クラフターたるもの、本来なら気がかりがあっても、滞りなく錬成を進められるようにするべきものです。
それでも、むりなら早期に問題の解決を図る。その見極めをつけることも必要なスキルよ、カナタくん」
「すみません……」
「あら、噂をすれば黒猫の騎士さまが迎えに来てくれたみたいね。
今日の補修は、その件の解決をもって完了としましょう。
どうせならここで話して行きなさいな、コーヒーごちそうするわ」
そうして、おれたちは錬成室のテーブルで向かい合っていた。
それぞれの手元には、コーヒーの入ったビーカー。マイロ先生お手製のフラスココーヒーだ。
「で、カナタの話って?」
「実は……イツカがアイドルバトラーでいつづけるの、ほんとにこれでいいのかなって。
最善の判断だとは思ってるんだ。超天才軍師として名を馳せたミソラさんの作戦だし。
それでも、ハヤトの言うこともまた正しいかもしれないって思うんだ。
ていうか、そもそもイツカはアイドルをやりたかったのかな、って考えると……。」
「うーん。
ぶっちゃけ考えてなかったなー」
「は?!」
明るい笑顔で頭かきかき、返された答えにおれは度肝を抜かれた。
「いやー、なんかおもしろそーだったし。で、やってみるとけっこう楽しいしさ!
それに、アイドルレッスンってあれけっこう体力使うんだぜ。
レモン・ソレイユのコピーやってニコニコしてるソナタちゃんって、へたしたらおれより体力あるんじゃないかって思ったくらいだし。
だから、こういうのもトレーニングとしてアリじゃないかなーって!
なーんだ、そういうことだったのか。もっとはやく言ってくれりゃーよかったのに!」
「え……はあ……」
完全に予想の斜め上の回答だった。
が、やつのフリーダムっぷりはそれで終わりではなかった。
「つかさ、ぶっちゃけカナタもそろそろステージ出りゃいいじゃん。せっかくレモン・ソレイユの曲ぜんぶ完コピできるんだからさ。
おまえ顔とかキレイだし、コスプレなんかも胸元なんとかすれば」
そのとき、錬成準備室の方から、なにやらガタガタとした物音が伝わってきた。
おもわず耳をすませば、こんなひそひそ声も。
「ちょ、ちょっと押さないでよソウヤ!」
「お前が引っ張ったん……ぎゃー! ちょ、スクロールはがれちまったー!!」
「はわわわ!!」
「えっと、だいじょうぶふたりとも?」
「まず二人の上からどいてあげよう、ハルナさん?」
「わー! なまえよんだらばれちゃうよミズキー!!」
なるほど、やつらは『指向性防音』のスクロールを準備室のドアの裏に貼って、こちらを盗み聞きしていたようだ。
おれはつとめて笑顔で、穏やかに声をかけた。
「逃げなければ吹っ飛ばさないから。でておいで?」
はたして姿を現したのは、ミライに『うさもふ三銃士』、さらに『しろくろウィングス』の二人まで加えた総勢六名だった。
「のぞき見なんてしてしまって、ごめんなさい。
俺たち、どうしても二人のことが心配で。
おととい、ハヤトたちと話してからずっと、カナタは悩んでるみたいだったから。
そうなると、イツカも調子悪くなるし……。」
清楚なミズキに素直に謝られると、それだけで毒気も抜けてしまう。ひきょうだと思う。
けれどそれより今は、ひっかかるものがあった。『おととい』という言葉だ。
おれたちがハヤトたちと話したのは、土曜。
その土曜が『おととい』という事は、今日は月曜日、という事になるのだ。
「ええと、まず心配してくれたのは……ありがとう。というか、ごめんね。
でもちょっとごめん。今日って日曜じゃなかったっけ?」
「やっぱなあ……」
ミライとイツカがああ、とため息をついた。
「へんだなーって思ってたんだ。
きのう、冷蔵庫にドライヤー入ってたし……」
「っていうかお前おとといからブラッシングやけに長いしさ。
で、寝落ちして復帰したらお前、俺のこと寝ぼけながらモフってるから、しかたなくベッドまで運んで寝かせたんだけど……」
「……ぜんぜんおぼえてない」
「あああ……。」
そうしてふたりはがっくりとうなだれた。
「お前考え事しすぎっとほんっとな!」
「むかしよりひどくなってるよ、これ……。
それだけ悩みがおっきいからだと思うけど、そうなるまえに相談して?
そうだ、おれ今日から毎日、カナタのはなしきくよ!」
「そうだな、俺ももっと早く、お前に聞ければよかったわけだし。俺もそうする。
ブラッシングしながら、ていうか、俺がお前のブラッシングしながら話聞いてやるよ。いいだろ?」
「え、そ、その……
ごめん。お願いするよ」
「うん!」
「おう!」
恥ずかしさと同時に、二人の優しさがうれしくて。
こそばゆい気持ちでお願いすると、二人はニコニコとうなずいてくれた。
「ところで、どうして『しろくろウィングス』のふたりまでここに?」
「あのね、心配してたの。るかがふたりのこと」
「ち、ちがっ! ちがうんだからねっ!
ただこうちょっとその……最初にイツカをステージに引っ張り出したのその、あたしなわけで……あんたたちが無理、してたらアレだって先輩としてあくまでも……
だ、だから誤解しないでよねっ!! 変な意味じゃないんだから!
っていうか、最初に心配だって言いだしたのルナだしっ!」
「お、おう……」
「で、こうして二人ともきてくれたってわけだね。ありがとう、ふたりとも」
「っ…………べ、べつにっ……えっと、うん……」
「うふふ、どういたしまして。
それでね、そんなこと考えてたら、ちょうどミズキくんたちにたのまれたの。
俺たちとふたりに、アイドルバトラーとしての心構えや過ごし方を教えてくださいって。
それでね、いっしょに見に来たの」
かわいらしくも、真っ赤になってもごもごしているルカの隣で、ルナ――ハルナさんは、にこにこほわほわ笑って打ち明けてくれる。
うん、自分から『一緒に見に来た』って言っちゃってる時点で、何をかいわんや。
でも、このほんわかな天然ぶりには、ふしぎと気持ちがほぐされる。
ルカこと、ハルカさんとは別ベクトルで、憎めない少女だ。
後の話をミズキがひきとる。
「やっぱり先輩のお話が聞けると、いろいろちがうから……。
でもね、ふたりにお話しするのは、もうちょっと待ってほしいって言われたんだ。
というのは、ハヤトもいるから。
勝負が決まってから、ハヤトとアスカも交えて、きちんと話したいんだって」
「そっか。確かにいまそれ聞くのは、なんかフェアじゃない感じするよな。
俺の為だけに戦えとまで言われてんだし、そのへんでも応えてやらなきゃな!」
やる気満タンで瞳を輝かせるイツカ。おれは最終確認をとった。
「えっと、じゃあ、確認だけど。
イツカはアイドルでいること、いやじゃないんだね。ミソラさんの作戦、続行って方針でいいんだね?」
「おう。
せっかく縁があって始めたことだしさ、やれるとこまでやってみたいんだ。
どうせミライの身請け契約書にサインすんならさ、そこにドンッと耳をそろえて出してやりたいじゃん、身請け代。
そのためにも俺は、アイドルバトラーとしてガンガン歌って戦って稼ぐ!
そうでき続けるよう、ハヤトたちとの勝負に勝つ!
そんなつもりだから。頼んだぜ?」
「こっちこそ。
イツカがそのつもりなら、おれも全力……」
「あ、人間扱いしてください」
イツカの人聞き悪すぎるジョークによって、錬成室は笑いで包まれた。
いつもありがとうございます♪
あれ……次回の掲示板回、時間軸的にこの前にはいるべきやつだ……明日までちょっと考えときます!




