Bonus Track_75-1 わたしが戦場に戻る理由(わけ)~マルヤムの場合~
「おと、……院長先生」
ときどき、うっかりすると、お父さんと呼びそうになってしまう。
いけないいけない。ここでの私はただのいちアルバイト。新米医療事務手伝いのマルヤムさんだ。
「どうしました、マルヤム君」
お父さんも一生懸命『院長としての顔』を作って、わたしに向かい合った。
秘書デスクでお母さんが、ほほえましそうに笑いをこらえている。
お母さんのほわんとした笑顔を見ると、いつも緊張感がどっか行っちゃうのだ。だからできるだけそっちを見ないようにしながら、『院長先生』に問いかけた。
「学園軍のことで、ご相談があります。
予定外のことで大変申し訳ないのですが、私も第二陣に志願したくて。
ご許可をいただけませんでしょうか」
「ハナナちゃんとルイちゃんのことで、だね」
「はい」
二人はわたしと同じく、高天原の生まれ。幼稚園の頃からのつきあいだ。
心優しく、子供が大好きな二人は、『いざって時に子供たちを守れる、つよーい保育教諭』を目指してきた。
学園の卒業が決まり、保育士補助のアルバイトも見つけ、保育を学びにいくためにとカレッジの受験勉強をはじめた……そんなときのことだった。
イツカ君とカナタ君が『世界の敵』に。
新卒や卒業見込み生たちは、彼らを『説得』するための、『学園軍』第一陣として出撃を要請された。
結果は笑っちゃうほどの惨敗。なんとか逃げ帰ってこれたのは、たったの四バディ八名だけだった。
けれどこの生還で、ハナナとルイのバディ――『ハナイカダ』は一躍注目を浴びた。
レン君のテラフレアボムと、チアキ君の覚醒による最凶コンボをしのぐ技を持つ、貴重なバディとして。
結果、二人は第二陣への参加を要請された。
もっと正確に言うと、命令された。
高天原学園を卒業した五ツ星の身分は軍属だ。月萌軍の指揮命令を受ける身の上として、そのお達しには逆らえない。
もちろん異論が認められるケースもあるが、まだバイト採用がきまっただけの新卒に、それを可能とする理由や後ろ盾はないといってよかった。
けれど、たぶん第二陣も負ける。
見るものが見ればわかる。捕虜になった者たちはみんな、対策が甘い。負けて捕まるのが前提だったのだ――イツカとカナタを『みんなの魔王』として育てるために。その城を、名ばかりの捕虜たちに作らせるために。
このさきもしばらく、この茶番が続くことは確実だ。
そしてそうである限り、ハナナとルイは動員され続けることだろう。
この世界での戦争はVRだ。けがをすることはないし、痛みも弱い。
プレイ中に精魂尽き果てない限り、死ぬことだってない。
これは逆に、全身全霊を注ぎ込んでしまえば、体は無傷のまま、痛みもないまま命を失うということでもある。
二人はひどく落ち込んでいた。前途を悲観さえしていた。
そんな二人に、わたしたちができることは。
「オフィリアとも話し合って、その結論になりました。
二人に寄り添い、その心と体をすこしでも支え、守ってあげたいんです。
それは、医療を志すものとしての考えでもあります。
けれど、私はアルバイトとして採用していただいたばかりで。この時期にまた出撃の準備や、その後のケアということになれば、ご迷惑をおかけすることになってしまう。
それゆえに、ご相談をと……」
すると院長先生は、大きくうなずいてくれた。
「つまり君は、友のため国のため、ひいては世界のために、しばし休職してボランティアに行きたいということだね。
そんな尊い志を支えられなければ、この病院はおしまいだ。
堂々と行ってきなさい。そして、元気に帰ってきなさい。
……父親としては、心配だけどね」
けれど最後は、ちっちゃく声を潜めて。
「ありがとうございます。
当院の名に恥じない勇気を見せてきます。
そして元気に戻ってきます……お父さん」
だからわたしも、最後はちっちゃく声を潜めた。
お母さんがおっきな笑顔で拍手をしてくれた。
それは、平和な水曜日の昼下がりのこと。
わたしは、ふたたび戦場に赴くこととなったのだった。
相棒のオフィリア、そしてわたしたちを心配してくれた、ケイジとユキテルといっしょに。
寒いと思ったら雪ふってきました。さむっ。
次回、やっぱし動いてたアスカまわり。
どうぞ、お楽しみに!!




