9-1 ハヤトの情熱
「俺はここまであいつを、唯一無二の宿命のライバルだと思ってきた。それがどうだ。
あいつは完コピだ企画バトルだ、そんなものだけでグダグダだ。
冗談じゃない。本気を見せろ。さもなければ引っ剥がしてでもアイドルはやめさせる。
それが嫌なら、俺に勝て。次の金曜日は、俺の為だけに戦え」
記者会見の席上で、ハヤトは静かにブチ切れていた。
そしてそれが、イツカへの正式の挑戦、となったのだった。
本当はその日にも、ハヤトたちと話し合いたかった。
けれど、ノゾミ先生は冷静だった。
『双方一日、頭を冷やして考えろ』と申し渡され、その日は休養を兼ねて部屋で過ごすことにした。
優しいミライはおれたちに定食をふるまうと、生姜焼き弁当を包んで、アスカとハヤトの部屋に届けに行ってくれた。
お弁当はぶじ受け取ってもらえたようで、ミライはニコニコと戻ってきた。
ミライが言うには、ハヤトは怒っている様子だったが、それでもきちんとありがとうを言ってくれ、小さく「……悪いな」とももらしていたらしい。
もちろん、わかっている。ハヤトが生真面目で不器用で、優しい男だという事は。
果たして、話し合いの席にハヤトは、きれいに洗ったお弁当箱を持参してくれたのだった。
それでも、ハヤトの気持ちは固かった。
おれたち『ミライツカナタ』の三人、ノゾミ先生とミソラ先生、そしてアスカとハヤト本人の揃った学長室で、きっぱりと反対意見を述べてきたのだ。
いつも寡黙な彼にしては、驚くほどの量の言葉で。
「まず、俺の個人的な感情は記者会見でぶちまけたから、置いて話させてもらう。
イツカがアイドルバトラーでいることに、俺は反対だ。
なぜならこのままでは、イツカはΩ(オメガ)堕ちし、このプロジェクトはとん挫すると考えられるためだ。
俺がイツカを倒して四ツ星になり、ほかの奴がイツカの『キーパー』になったなら。その時イツカが昨日と同じにグダグダになっていたら……
トラウマを植え付けるレベルでやられるはずだ。
イツカはもう闘技場には出られなくなる。実習も厳しいだろう。
そうしたらイツカに先はなくなる。プロジェクトは主力を失ってとん挫。
何もかもが終わりだ。俺はそんなことにはさせられない」
「なに言ってんだよ、だいじょぶだって!
もう完コピイベントは終わったし、ボイスやダンスは週一回にして、今度はバリバリバトルのほうやってくからさ。だから……」
イツカは明るい表情でいうが、ハヤトは納得しない。
「そんなハンパで意味があると思ってるのか。
確かにお前が今週受けていたのは特訓で、普通は講師につくのは週一程度。
だが、自主練は毎日必要だ。少なくともあいつらは……『しろくろ』はずっとそうしてる。アイドルバトラーでいつづけるんなら、それが必要だってことだ。
しかもお前の場合、自分でハードルを爆上げしちまった。
『三銃士』はまだルーキーだから、多少のアラがあっても許される。
だがお前はあの完コピで、自分たちからそのワクを取っ払った。あの瞬間からあれが『アイドルバトラー・イツカ』の最低ラインになっちまった。
つまり今後は、あのクオリティを維持するレッスンをしなきゃならなくなっちまったということだ」
正直に言えば、しまった、と思った。
おれがイツカに『夏アド』の完コピをやらせた理由は、第一におれの個人的感情からだ。
『イツカは、ソナタの兄貴分だ。そして、やればできる男だ。そのイツカがやったレモン・ソレイユのカバーライブが、あれではとてもソナタに顔向けできない』という。
けれど、そのリベンジは、なにも今でなくてもよかった。
いや、今であってももうちょっと、クオリティを落としておけばよかったのだ。
それこそ『ルーキー修正』を利用して、頑張りながらもつたないかわいらしさを前面に出すべきだった。
それでも、回生の策はまだあった。
「まってハヤト。それはまだ修正できる。
『あれはビギナーズラックだった』ということにすればいい。
そうすればパフォーマンスのクオリティを暫定的に落とすことが可能になる。
そのへんはイツカの天然の愛嬌と、バトルの実績でなんとかすればいいから」
「それにしたって不利だろう。
剣一本のままだったら練習に使えたはずの時間が、アイドルレッスンに食われるんだぞ。
あいつらはいろいろと優遇されてる。なにより、女はラビハンの対象にならないからな。
だがイツカは男で『ドラゴン』だ。ミライの身請け誓約書にサインするか、学長あたりが力技で四ツ星に押し込んでくれるか――
新たな『ドラゴン』が現れ、その番人を引き受けるまで、こんなことがつづくだろう」
ハヤトはぐっと紅茶を飲むと、言葉を重ねた。
「俺ですらここまで決して楽じゃなかった。
疲労回復目的でのポーション摂取もできないイツカに、アイドルまでこなすことは無理だ。
俺はそう考えるし、アスカもそれを否定してない」
「いやっ、そりゃ、やってみなきゃわからねーだろ?」
「だったら俺にも勝てるはずだな?」
「それは、……」
「俺に勝て。そうしたらできると信じる。
だめならお前はアイドルバトラーをやめて、剣の道だけを究めろ。
俺が全部被る。俺がいくらでもお前の手合わせに付き合う。
資金が足りなくなるというなら、俺のファイトマネーを全部やる。
俺はお前のバトルがもっと見たい。100パーセントと100パーセントで剣を交わしたい。
俺が『こいつこそは』と思えた、ただ一人の男であり続けてほしいんだ」
ハヤトは、熱かった。
イツカはその熱を正面から受けとめ、そして、笑みを返した。
「……ありがとな、ハヤト。
俺、お前とやるよ。全力で、やれるようにする。
けどさ。今回のことは、俺たちだけの戦いであるべきじゃない。
おれはカナタのバディだし、お前はアスカのバディだ。
相棒を蚊帳の外に俺たちだけで決着なんて、それこそあり得ないだろ?」
「イツカ……」
その言葉は、うれしかった。
正直にいえば、いまの実力差で1on1をさせるのは心配だったし、おれの失地回復の道も欲しかったから。
けれど、ハヤトにとってはどうだろう?
ハヤトが求めてるのは『イツカと』剣を交わすこと。
おれたちの存在は単に、邪魔なものとはならないだろうか?
「……でも、お前と俺だけで剣を交わすのは絶対必要だよな。
F&Fでやろうぜ。それなら、直接やるのは俺たちだ。そして俺もお前も、バディの補助を受けて全ポテンシャルを発揮できる。
そのうえで負けたら、俺はお前の言うことに素直に従うし、カナタも聞いてくれると思う。
アスカも、納得できるはずだ。どうだ?」
でも、そんなのは杞憂だった。
イツカのアイデアは、ハヤトにアスカ、そしておれをうなずかせた。
ただひとり、ミライはちょっとさみしげな顔。
「ごめんな、ミライ。もちろんお前も大事な仲間だ。
けど、今回は譲ってくれないか。
ほら、俺とカナタにお前まで加えたら、三対二になっちまうだろ?
この勝負がどっちに転んでも、また『うさもふ』との3on3はやるからさ!」
「……そうだね、うん。
そのときはおれもめいっぱい支援させてね!」
イツカになだめられ、ミライがけなげにかわいく笑えば、その場の雰囲気もほぐれたのだった。
「きまったね。がんばって、みんな!」
「よし、ならば申請を出すが、すでに来週、予定の決まっている試合はどうする。
イツカ、お前には『巨大鉄刺蜂』戦が予定されていただろう。
ハヤト戦に全力を注ぐため、それよりも前に決闘をするのか?」
ミソラ先生が頑張ってを言ってくれて、ノゾミ先生が実務的な問いを発する。
対して挙手したのはアスカだったが、やつはさっそくブラックジョークを飛ばしてきた。
「はーい。おれはむしろワスプ戦をふつーに第二部途中でやって、第二部終わりに決闘ってことで両方やっちゃっていいと思いまーす。
ぶっちゃけそんな目玉バトルやったあとにワスプ戦とか、完全に無意味化するし。
イツにゃんはワスプ戦後ポーション漬けにしとくってことで」
「やめて――!!」
たしかに、第二部最初のほうにこの決闘が来て、視聴者たちが投げ銭を使い切れば、あとのバトルに回らなくなってくる。ぶっちゃけひんしゅくものである。
だったらイツカにポーションを何とか摂取させて、第二部最後にやる方がいいだろう。
まあ、イツカはすでに耳を折って涙目になっているけれど。
「だーいじょぶだって、お風呂のお湯にポーションいれて浸かってもらうってだけだから♪」
「さっきと今と漢字違ったよねっ?! ていうかカナタもなに静かに納得してんの――っ?!」
うん、この辺が頃合いだろう。特に今はハヤトがナーバスになっている。
おれはミライと一緒になってイツカを撫でてやりつつ、折衷案を述べた。
「いっそワスプ戦は、共通の前座として使わせてもらえばどうですか?
断るかどうかという選択肢を提示すれば、聞いてもらえるんじゃないでしょうか。
どうにもならなくなったら、アカネさんが頼ってほしいといってましたし」
か、『勝手にランキング』さんのVRの一ページ目に……あわわわ。
そしてこの作品を開始してから自己セカンドベストのPVがいただけました。
ありがとうございます!!
F&F(Fighter&Fortress)は前衛後衛固定の特殊ルールでやる2on2形式のことです。
作中でもいずれちゃんと解説します!




