8-7 小さな胸騒ぎと短期決戦と逃亡!
そこからいくつかの試合をはさみ、二戦目がやってきた。
こちらは、おれとのガチのバディマッチ。
ネットリクエストによる企画で、勝った方は負けた方をその場でモフモフ、というしょーもない条件が付いていたが……
「まー俺カナタにモフモフされんなら別にいーんだよなあ。
ゆうべもブラッシングしてもらったし、そもそも俺ミッドガルド時代から何度もモフられてるし。
いちおうそれなりバトるけどさー。とっとと倒してモフってくれていーから。
そうだいっそのことブラッシングしてくれよ。あれ気持ちいーしさー」
イツカはすでに怠惰モード。もはや負ける気全開である。
この一週間でおれにモフられ慣れたやつには、すっかり飼い猫気質が出てきてしまったようだ。
『この試合はどちらが勝っても構わない、次戦のためイツカの体力は温存する方向で』という作戦であるとはいえ、いくら何でもまずい。
おれはひとつ条件を出すことにした。
「わかった。お前全力出さなかったら今日からブラッシングなしだから。」
「え~……」
「でもっておれの耳触ったらポーション攻撃するから。」
「ぎゃ――!!
やめてたのむ!! それだけは!! がんばります!! がんばりますから!!」
「よーしよーし。
おれに勝てたらごほうびあげるからねー。がんばろうねイツカー」
「よっしゃあ!!」
するとミライとシオンもニコニコとのってくれた。
「よーし! じゃあおれからも、勝った方に生姜焼き一枚おまけねっ!」
「じゃあオレもバスボムいっこあげるー!」
「へ……
なにそれ怖い」
シオンからのごほうびを聞いたイツカは青ざめた。
こいつ、まさか。おれは念のため聞いてみた。
「イツカ、バスボムって何だと思ってる?」
「いや、バスのなかいっぱいに火薬を詰め込んだ攻城兵器だろ? 自動で走ってターゲットを攻撃するっていう……」
やっぱりだった。控室がどっと笑いに包まれる。
「もーイツカってばー!
バスボムってのはね、『お湯に入れるとぶくぶく泡を出して溶ける入浴剤』のこと!
あとであげるからためしてみて! こわくないから!」
「お、お、おう……」
イツカのやつはまだびびっている。やつの脳裏では一体どんな絵面が展開されているのだろう。これは後で聞かなきゃならない。
「うーん、ふたりが女の子だったらほっぺにチューでいいんだけどなー」
「それは愛がある同士じゃないとダメだよソウヤ?」
「えー、俺ふたりに愛されてないのー? そんなあー」
ソウヤとミズキの軽口に笑いが起きる。
「よーしよーし! その調子でたのしくいってこー!!」
「おーう!」
アスカが音頭をとれば、みんなの声が合わさった。
……いや、ハヤトひとりは黙っていたけれど。
浮かない顔だった。どうしたのと聞くと、何でもないとだけ答えて、控室を出ていく。
アスカがごめーん、試合前で緊張してるみたいだからーと追って出ていった。
ほんのすこしだけ、胸騒ぎがした。
今回のバトルは、いつもの装備で。
おれが後衛クラスであるため、スタートラインの間隔は広めで。
15m離れた場所から、見慣れた黒の軽武装の少年が、明るい笑みで俺を見ている。
そして、おれも笑顔でやつを見ている。
そう、これが、正しい『イツカとのバトル』なのだ。
バトル前だというのにもう、満足の笑みが湧きあがってくる。
おれたちは、鞘に入ったままの剣と、片方だけの二丁拳銃を掲げあって挨拶と変えた。
『このバトルでは、剣を鞘から抜かずに戦う。抜かされたなら、俺の負け』。
おれをまた斬るのは、いやだ。そんな優しい理由からだろう、やつはさきほどそう宣言した。
だからおれも宣言した。ならばおれも、魔擲弾銃は右の一丁しか使わない、左を抜いたらおれの負け、と。
鞘に入ったままの剣は重く、消耗も早くなる。そしてイツカには、この後がある。ここは、おれが早めに負けるのがいい。
そう考えてのことでもあったが、実況は『男と男のプライドをかけた大一番』とはやし立て、ギャラリーも熱狂した。
まあ、いい。
幸いイツカはあめとむち効果ですっかりやる気になっているし、イツカの行動パターンなら把握している。やつの勝利の構図から逆算して、おれは試合を組み立てていった。
「いっくぜカナタ――! とりぁぁぁ!」
「よーし! いい子でモフられにおいで……よっ!」
開始のゴングとともに、イツカは地を蹴る。
おれは右の魔擲弾銃で『抜打狙撃』。真正面からフレアボムを一発お見舞いする。
もちろんやつはそれをものともせず、まっすぐに突っ込んできた。よし。
爆炎に紛れ、足元に描いておいた土の初級陣を連続で発動。砂の炸裂でやつの足元を崩し、魔擲弾銃から残弾五発を連発で撃ち込む。
このコンボは『うさもふ三銃士』との初バトルでやっている。イツカは対応できるはずだ。
果たしてやつは『短距離超猫走』で強引に加速をかけて弾幕をすり抜け、突っ込んできた。
「そいつはどーか……なっ!」
「甘い、甘い♪」
振り下ろしてきた鞘を、左手で取り出した『斥力のオーブ』で受け、発生した斥力によって距離をとる。
くるっと背を向けさらに距離を取る、とみせかけておれはその場で高く高く跳ぶ!
突っ込んできたイツカを眼下にスキル発動、『超跳躍』。
うさぎ装備による高いジャンプ力で二段ジャンプ、一気に天井近くまで達してしまえば、イツカは追ってこられない。
余裕をもって『瞬即装填』。打ち切った六発分、全弾を装填し、天井を蹴る。
「いくよ!『ムーンボウ・サンクション』!!」
重力加速度の恩恵を受けながら、四発の各属性ボムを連射。
本来は、最初にフラッシュボムで相手の視覚聴覚を遮ってから、バラバラに各種ボムやオーブを打ち込んでいく技だが、今回はあえてミスった。
おれはイツカに見きられることは承知で、エアロボムを手始めにフリーズボム、ブリッツボム、クレイボムとつきつぎボムを降らせていく。
最後に『追い風のオーブ』で全部の弾速を上げつつ、自分も後を追った。
イツカは刀身から斬撃を飛ばして対処しようとしたが、今回は抜刀していなかったことにギリギリで気付いたよう。あわてたように大ジャンプ連発で後退。
よし、これでいい。おれは自分の後方に最後の一発、『斥力のオーブ』を射出。その効果と、うさみみによるかじ取りで進路を修正しつつ、足からイツカのもとに飛び込んでいった。
もちろん、こんなものは決め手にならない。
イツカが着弾点から距離を取ってしまったため、ボムの効果はさしてなかった。
やつの胸元に鋭角に突き刺さるはずだったおれの蹴りも、効果を減じている。
なにより、左の銃を封じ、撃てる全弾を撃ってしまったおれには、進路変更のすべがもはやない。
本来ならば『斥力のオーブ』を使うところだが、さすがにこの状態で『瞬即装填』は不可能である。
ただ勢いのままにすっ飛ぶだけの人間ミサイルと化したおれは、イツカによってかっ飛ばされてジ・エンドだ。
おれが『うっかり』左の銃を抜かなければ。
おれはイツカに向けて飛びながら、左の銃をふともものホルスターから抜いた。
同時に、試合終了のゴングが鳴った。
おれは左の銃から『斥力のオーブ』を放って軟着陸。
イツカはあちゃーという顔をして頭をかいた――
『うっかり』抜きかけてしまった、イツカブレードを手にして。
「イツカ、ナイスファイト。抜かずにかっ飛ばしてもよかったのに」
「ナイスファイト。ていうかカナタ、一発目装填選択ミスったろ?
こっちも慌てて判断狂っちまったんだって!」
両者反則負けが告げられると、おれたちは互いに歩み寄り、ガシッとこぶしをぶつけあった。
その様子を実況があおる。
『これは……さすがはロイヤルもふもふコンビ、さわやかなスポーツマンシップです!』
「ろいやる……?」
「あはは……まああとで検索しといて、解説恥ずかしいから」
おれのあだ名が兎王子。で、やつの新しいあだ名が黒猫騎士。で、ロイヤルというわけなんだろうが、言われる方としては単純に恥ずかしさ二倍である。
おれはとっととイツカをつれて、逃げ出すことにした。
「まあそれはいいよ、とりあえず次もあるしもどろ……」
『それでは皆様お待ちかね! 勝者から敗者への公開もふもふターイム! です!!』
「………………。」
「………………。」
おれたちは思わず顔を見合わせた。そうだ、忘れかけてた。
判断は一瞬。おれはさわやかな笑顔で声を上げた。
「すみませーん、おれたち両方反則で負けちゃったんで、モフるほうの人いませんよね?
というわけで」
『大丈夫です! 両方敗者という事は、両方が勝者なのです!
というわけで、お互いにお互いをもふもふということで』
「冗談じゃねえええ!!」
イツカが叫び、逃げ出した。
公開ブラッシングはアリでも、相互もふもふはナシだったらしい。
ちなみにおれも同意見だ。即座にあとに続いた。
次回……もしくは明日は挑戦状をぶつけたいです(慎重な発言)
お楽しみにです!




