8-6 優しさと愛しさと、しょーもない全力と
2019/12/01
誤字報告ありがとうございますー!
79行目: けれど、五歳のときからから十年間、ほとんど毎日顔を合わせてきた女性、命の恩人でもあるひとを、まさか間違うはずもない。
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けれど、五歳のときから十年間、ほとんど毎日顔を合わせてきた女性、命の恩人でもあるひとを、まさか間違うはずもない。
「……あのさ」
「ん?」
「俺確かにさ、お前に『優しくして』って言ったよ。
でも、これは違うと思……あ、そこのへんのもうちょっと右」
「え、そうなの? はいはい。ここ?」
「そーそーそー、ふああそこそこそこ!」
イツカの黒い猫耳の指定の場所を、本物の猫にするように軽くかいてやる。
するとやつはおれの膝にあごをのせたまま、耳しっぽパーツとパジャマに包まれた両足とをパタパタさせた。
ここは寮室のリビング。そして今は風呂上がりのドライヤー、からのブラッシングの真っ最中である。
猫耳かきかきを終えるとおれは、ブラッシングを再開。
いまので乱れてしまった場所を整えなおし、左耳はおしまい。右耳にとりかかる。
指に伝わるすべすべふさふさとした毛並みの手触りと、ぬくもりとが心地よい。さすがはティアブラ、もふもふの再現度となるとはんぱないものがある。
イツカも気持ちよさそうに身を任せつつも、謎の質問をよこしてくる。
「じゃなくってさ、なんでブラッシングなの?」
「え? イツカ、ブラッシングきらいだった?」
「そういうわけじゃな……ぐう」
「いや 寝 る な 。」
「み゛っ」
かるくデコピンをくらわすと、デカ猫のごとき声を上げてイツカはじわんと目を開けた。
「お前重いんだから寝るんならベッド行ってよ? 運べないからねおれ。
じゃなくって!
おやつにホットミルクとささみボイル追加、それと寝る前のブラッシングじゃ不足?」
「どう考えても猫扱いだからそれっ!!
確かにプロテインなんか飲むより肉食った方がいいしブラッシングも気持ちいいけどさ!!」
「うんうん、そんだけ元気あんならもう一回、通しでいけるかなー?」
「俺のこと運んでくれるならやる。……ってぎゃーやめて!!『耳からポーション攻撃』反対っ!!
寝る! 今日は寝るからベッドいきますおやすみっ!!」
やつは跳び起きて寝室に走っていった。
なんでだろう、おれはただ軽くやつの猫耳触っただけだ。
ポーションのびんの召喚なんて、まだしてなかったのに。
「ちょっと、まだしっぽの方が……わかった、やらないから! ほら、『なーいない』だから!! イツカー? 怖がらないで出ておいでー?」
返事はない。追いかけて寝室に行ってみると、ベッドの上にころげたイツカは、布団もかけずに寝息を立てていた。
「……子猫かっ!」
静かになったと思ったら眠ってるとか。
しかもこいつ、なんでかおれのベッドの方でぐーすか寝ている。
どうにも憎めなくって、そのまま布団をかけてやった。
まあ、仕方ない。
休み明けの今日からはプロの講師による各種レッスンも始まり、イツカは爆発的に忙しくなったのだから。
朝は走り込み。午前と夜は、基本のボイストレーニングとダンスレッスン。
午後はバトル実習、夕方にはミライに見てもらいつつ、おれが完コピの指導。
そしてつい一時間ほどまえ。お風呂にはいって寝るまえに、もう一度おれが通しでフリを見た。
一日じゅう頑張り、くたくたにくたびれて、寝付いたものを起こすのは忍びない。
おれは今夜はイツカのベッドを借りて、休むことにしたのだった。
* * * * *
アスカの読み通り、イツカのレッスン動画を公開するとネットは沸騰した。
なぜか一部でおれに『ドS』という評判が立っているのだけは解せないけれど、まあそれもネット上のおふざけだろう。
たとえば『おれとイツカができてる』とかいうような類の。
たしかにおれにとって、イツカは特別な存在だ。
だがそれをいうならソナタだって、ミライだってそう。
つまりおれにとってのやつは、あくまで身内、同志といったたぐいのそれであって、決して『そういう』感情を伴ったものではないのだ。
そういう感情、といえば、ライムはどうしているのだろう。
シティメイドにも感情はあるし、娯楽を楽しむことだってある。
だから、ライムもきっとおれたちの試合を見てくれている、とは思うのだが……。
実は、初めて闘技場に出た時のこと。
一瞬ではあるが、ライムが見てくれている、そんな気がしたのだ。
あんなひどい条件下で頑張りぬけたのは、ひとつにはそれがあると思う。
もっともほんの一瞬だったので、気のせいかもしれない。
イツカたちが言うには、ブルーベリーさんをライムと勘違いしたのじゃなかろうかということだ。
確かに、メイド隊の中でも特におしとやかなブルーベリーさんは、どことなくライムに似ている。
けれど、五歳のときから十年間、ほとんど毎日顔を合わせてきた女性、命の恩人でもあるひとを、まさか間違うはずもない。
そんなことを時に思いながらも、時間はあっという間に流れて金曜日。
イツカは闘技場で初めて三戦した。
一戦目は、『夏アド』完コピ披露の前座としてのスポーツマッチ。
種目は『ウォーターバルーンファイト』。芸能人スポーツ大会などでもよく行われる、人気の競技だ。
これのルールはきわめてシンプルなもので……
1.各選手は、それぞれふたつの水風船を渡される。
2.水風船を『つねに外から見える』『叩けばふつうに割れる』場所にくっつける。
3.指定のフィールドの中で、指定のレーザーブレードを使って水風船を割りあう。
4.水風船をすべて割られるか、フィールド外に出た選手は敗退
5.敗退した選手はフィールド外に出る。最後まで残ったひとりが優勝となる
イツカは『しろくろの二人を一度に相手取って勝てるわけなんか絶対にない。よって負けていい、むしろ善戦しつつも負ける方向で』という指示をもらっていた。
しかしやつはこのバトルで、なんと『しろくろ』相手に金星を挙げたのだ。
原因は、試合開始直前のアナウンスにあった。
『さーあいよいよはじまります、みんな大好き、ウォーターバルーンファイトォ――!
今回はー、イツカ選手による『夏アド』完コピ披露のためのスペシャルマッチ!
っという事で、特別なトロフィーが届けられております!
なんとなんと! 豪華デザイナー陣による競作コスチューム、ドン!!
L-KA監修のシックな執事服と、アカネ・フリージアデザインのかわゆいミニスカメイド服!!
勝ったチームに衣装選択の権利が与えられます! これは実に楽しみですねー!』
もちろんイツカはあわてて実況に食って掛かった。
「お、おいちょっと待てよ!!
もしあいつらが勝って、執事服のほう選んだら、俺がミニスカメイド服なのか?!」
『そのとおりです!!』
「冗談じゃねえええ!!」
場内がどっと沸く。しろくろのふたりはとみると満面の笑みでニッコニコだ。やばいという顔になったイツカは、外道な機転をきかせた――
すなわち、空中から突撃してきたルカを目前に、こう叫んだのだ。
「この試合、勝った方は『生着替え』らしいぜっ!!!」
「え……えええっ?!」
動転したルカはそのまま水風船を割られ、不利を悟ったルナも降参。
そしてイツカはやつの言葉通り、ステージ上で『シルエット生着替え』をさせられるハメに……
いや、させられかけて運営委員会からストップが入ったのでそれはなかったが、『執事服にひらひらヘッドドレス』というおかしな姿で完コピを披露することになった。
うん、ここまできたら、もう何も言うまい。
おれは初の学芸会に臨む親せきの子を見るような温かいまなざしで、イツカのパフォーマンスを見守ったのだった。
昨日はご報告遅れ、驚かれたかと思います。
大丈夫です、元気ですよー!
次回はカナタとのバディマッチです。お楽しみに!




