68-5 Named Asuka Hagino
女神様を使い走りにするのもいかがかと思ったが、『私とライムでうまくやっておく、お前たちは行ってやれ』とセレネさんから言ってくれた。
それはセレネさんの優しさもあるが、それ以上にまずい状況だということでもある。
おれたちはアスカとハヤトのもとへ跳んだ。
『0-GX』発動。視界を包んだ光が引けば、そこはアスカのうちの玄関先。
チャイムを鳴らし呼びかけると、ハヤトがすぐに出てきた。
まずはと上げてくれて、奥へと案内しながら、言うには。
「アスカが。ライカ分体を通じてハッキングしてたんだが、いきなり画面落として。
……俺を部屋から追い出した。真っ青になって。
いったい何があったんだ」
イツカが厳しい声音で答える。
「あいつだ。『グランドマザー』に、へんなもん見るよう仕向けられた。
ミッションを邪魔するからって。……」
「お前たちは。セレネさんは、大丈夫なのか」
「一応……ああ。
すっげ納得いかねえもん見ちまったけど、大丈夫。
まずはアスカだ」
「ありがとう」
地下への階段を降り、たどりついたドアの前。ハヤトがノックする。
「アスカ。二人が来たぞ。話せるか?」
少しの間ののち、ドアの表面が波だち、にゅるんとライカ(部屋着バージョン)が顔を出した。
「ひえっ?!」
おれとイツカはおかしな声を上げてしまった。ハヤトも息をのんでいる。その絵面軽くホラーなんですけどそれは。
けれど、ライカはきわめてマジメな様子。
『まず、カナタだけに入ってもらえるかな?
心配してもらってるとこ、悪いけど』
差し出された手を取ると、きゅっと握られふっと引かれる。
水面を突き抜けるような感触が肌を撫でたかと思うと、おれは『ふしぎのくに』にいた。
アキト・タカシロ邸の一番奥。
つねに複数のライカ分体たちにより管理される、アスカの『聖域』。
そこはすこしだけ、さっきの部屋に似ていた。
ただし壁を埋めるのは、いくつものモニター。
その真ん中にある可動式のデスクのまえ、キャスター付きのいすのうえ、アスカは肩を落としていた。
いつもはピンと立つ白のうさみみも、だらんと垂れ下がっている。
『きてもらったよ、アスカ』
「ありがと……」
聞こえてきたのは、これまで聞いたこともないほどに、弱弱しくかすれた声。
かすかに顔を上げると、憔悴した瞳がやっとおれをとらえた。
「ごめん、ちょっとショック、でかいもんみちゃってさ……
いや、まるのみすんなって言われそうだけど、検証したんだ。……なんならセレネちゃんにも聞いた。
ニセのデータじゃないんだ。ほんものなんだよ。つまりおれたちは、」
ぐ、とこみあげるものをのみこむアスカ。おれはそっとうさみみをさしのべる。
アスカは一瞬ぴくんとしたが、目を閉じて身を任せてくれた。
まるで、ブリタニア・ペティートのこどものような。ヘタに暴れたら壊れてしまいそうな細い体が、うさみみロールのうちがわで、小きざみに震えているのがわかった。
「アスカがそんなおどろくなんて。……
なんだったの? みつけたファイル、って」
ライカが手元の端末を操作。
みて、とおれをまねいて見せたのは。
****/**/** **:**:** Spawn Plane_Ishtoal:100:206:48
****/**/** **:**:** DESpawn
****/**/** **:**:** Spawn Plane_Ishtoal:100:206:48
****/**/** **:**:** DESpawn
****/**/** **:**:** Spawn Plane_Ishtoal:100:206:48
****/**/** **:**:** Encount Player:"****"
****/**/** **:**:** Killed
****/**/** **:**:** Spawn Plane_Ishtoal:100:206:48
****/**/** **:**:** DESpawn
****/**/** **:**:** Spawn Plane_Ishtoal:100:206:48
****/**/** **:**:** Encount Player:"****"
****/**/** **:**:** Killed
****/**/** **:**:** Spawn Plane_Ishtoal:100:206:48
****/**/** **:**:** Encount Player:"****"
****/**/** **:**:** Killed
****/**/** **:**:** Spawn Plane_Ishtoal:100:206:48
****/**/** **:**:** DESpawn
****/**/** **:**:** Spawn Plane_Ishtoal:100:206:48
****/**/** **:**:** Encount Monstar:Fangwolf_2338
****/**/** **:**:** Killed
****/**/** **:**:** Spawn Plane_Ishtoal:100:206:48
****/**/** **:**:** Encount Player:"****"
****/**/** **:**:** Killed
****/**/** **:**:** Spawn Plane_Ishtoal:100:206:48
****/**/** **:**:** Encount Monstar:Fangwolf_8810
****/**/** **:**:** DESpawn
****/**/** **:**:** Spawn Plane_Ishtoal:100:206:48
****/**/** **:**:** Encount Player:"****"
****/**/** **:**:** Killed
「えーと、これ……もしかして、モンスターの行動記録?」
目を通して感じた。これはモブモンスターのものだろう。
はたしてライカはうなずいた。
『そ。18年前、イシュトアル平原。種族は、ホーンラビット』
なんとなく聞き覚えがあるが、どこ地方のマップだったか。
それもおれたちが『忘れさせられている』ことかもしれない。
そこはいったんあきらめ、画面に表示されたテキストをたどり始めた。
何行も何行も連なる、単調な組み合わせの数字、文字。
それらが語る日々は、お世辞にも幸せなものとはいえなかった。
出現しては消え、出現しては消え。
プレイヤーに会っては殺されて。
より強いモンスターにも殺されて。
殺され、消えて、殺される。
ひたすら続く、繰り返し。
おれも材料採取のために、強さを手に入れるためにと、何度も戦った。狩りもした。
けれど、こうしてみると。
「おれたち、ひどいこと、してたんだね」
ぽろっと口からこぼれると、うさみみロールのなかの震えが小さくなる。
「やさしいね、カナぴょん。
……でもね、このうさぎちゃんはね。
毎日こうやってひたすらがんばってたら、女神さまにごほうびをもらえたんだ。
あなたはもう、充分にがんばりました。毎日なんどもその身を犠牲にして、たくさんの冒険者たちや、狼たちのおなかをいっぱいにし、ふかふかの毛皮であたためてあげました。
だから、人間にしてあげましょう、って」
ロールのなかからぬけだしたアスカは、長い長いファイルを一気にスクロールする。
やっと現れた最後の二行に、おれは驚愕した。
『****/**/** **:**:** ClassChange HUMAN
****/**/** **:**:** Named Asuka Hagino』
ついにこのシーンに来てしまった……!!(日向、魂の叫び)
次回、ふるえるアスカに、カナタがかけた言葉とは……?
どうぞ、お楽しみに!




