67-4 謁見前、ふいの休みに、天使と
『本体』こと、生まれ持ったこの身体にいる、おれたち。
くぐつの身体にいる、おれたち。
予定では月曜午前に『合一化』――くぐつの身体の動作をストップし、記憶と思考を『本体』内にて統一することで、『ひとり』にもどる作業が行われるはずだった。
しかし、くぐつのほうのおれたちが独立を宣言し、それがなくなった。
つまり、この半日は、急きょ休みとなったのである。
イツカたちはのんきなもんで、異口同音に「さーゴロゴロするぞー」とのたまっている。
いや、そこはデートしてくるぞじゃないのかよ(特にくぐつのほう)。
『おお、どうせならわれらの膝でゴロゴロするがよい。
もちろんルナにも連絡しておいたぞ、準備でき次第転移でこっちに来てもらうことになったからな♪』
「ええええ?!」
「ちょっまっええええ!!」
いつのまにかソファーにすわって、ぽんぽんとお膝をたたくセレネさん。しごとはやすぎだろ。スーパーコンピューター『マザー』のスペックを無駄にフル活用している。
気の抜けた部屋着姿のイツカどもはおおあわてだ。ちょっと胸がすっとした。
「あれ、ルナが来るってことは……」
『ルカもくるぞカナタよ。さあ慌てるがよい♪』
「ええええ!!」
くぐつのおれも慌てだした。
おれもそれなり、そわそわしないでもない。
ほんのごく数日前まで、おれに好意を向けてくれていた女の子なのだ。
昨日の日曜茶会でだって、お互いどうしていいのか探りあいつつ、ごあいさつを交わすことになったし、いまだにそのへんはちょっとどうしよう、だったりする。
「それではわたくしたちはお茶でもご用意しましょうか、カナタさん」
そこへライムの助け舟。二つ返事でおれは、彼女とキッチンに立ったのだった。
お湯を沸かし、茶器と茶葉を確認し、クッキーをお皿に盛りつけて。
手分けして準備を進めていれば、ライムがふと言い出した。
「……わたくしもなんだか、ふしぎなこころもちがしなくもありませんわ」
「ライムも?」
「ええ。
カナタさんおっしゃるところの『このセカイ』――わたくしたちの世界では、一定の要件を満たした場合には、くぐつにこころを写し取られたほうの方も、本人であると認めます。
当然わたくしも、向こうにいらっしゃるカナタさんをも、本物のカナタさんと思っておりますけれど……
ここで、こうして。ルカさんの手を取られたカナタさんと、わたくしのとなりにいてくださるカナタさん。おふたりを同時に見ていると、やはりなんだか不思議な感じがいたします」
「そっか……それじゃ、おれが不思議な感じでも。ぜんぜん、普通でいいんだよね」
「ええ。
もちろん『普通』なんかじゃなくとも、カナタさんは、わたしのたいせつな、カナタさんですわ」
「ありがとう、ライム」
やわらかな微笑みに、こころがふんわりとした。
ふと触れた手に、ぱっと心臓がはねた。
「あっごめんっ」
「こ、こちらこそ」
謝りあえば目が合って。
澄み切った湖水の瞳に、すいこまれそうなきもちになって……
「あら、お湯が沸いてますわね」
そのとき、おれたちは気づいた。
キッチンカウンターの影に隠れて、こっちを伺っている曲者どもの気配に。
まったく油断も隙もない。
とりあえずおれたちはちゃかちゃかとお茶を配膳し、あとは若い方々にお任せと言い残し、外に出たのだった。
現状ここ、『ゼロブラ館』は居住部分の拡充工事が行われている。
スキルも用いることができる高天原では、進捗は早い。
すでに外観はほぼ完成し、一部ではもう内装工事が始まっている。
おれたちは工事を進めてくれている皆さんにご挨拶をすると、クッキーとティーカップを手に、ゆっくりと庭を歩いた。
ありがたいことに、今日午前はおれたちのため、『静寂』を使用して、施工の音を大幅に低減してくれている。
ここちよい風のざわめきの中、木々の間をはしる散歩道を、おれとライムはゆっくりとたどり始めた。
口を開いたのは、ライムのほうだった。
「セレネさんのこと。悪く思わないで上げてくださいませね。
彼女も、緊張しているのですわ」
「うん。
いくら母体がスパコンだって、セレネさんはセレネさんだものね。
『突撃にゃんこ』がほっとかないわけだよ」
そう、あいつは、『突撃にゃんこ』なのだ。
モンスターをみれば突撃して。困ってる人を見つければ突撃して。
あれだけバトル馬鹿じゃなかったら。そして、料理や魔法にもやる気出してたら、聖騎士になっててもおかしくないくらい、人助けをしていたのだ。
今思えばそれも、おれへの優しさなのかもしれないけれど。
やつが戦闘で見せるあの鋭いセンスとバイタリティを、料理やクラフト、神聖魔法にまで発揮されてたら、ミライはともかく、おれなんかまるで立つ瀬がなかったろう。
今になってみればわかる。TP100万がちかづいたころに、あいつがBPの『献上』をさぼりがちになった理由。
所持TPの差を広げないためだ。
おれたちのプライドを折らずに、『みんな一緒に、高天原に』の夢をかなえるための、やつなりのやり方だった。
もっともやつにきいても『へっ?』とかマジに言われるかもだけど。
「……それでもわたしは、カナタさんのおそばにいたいですわ」
「えっ?」
ふりむけば、ライムが懸命に、おれをみつめている。
「イツカさんも、ミライさんも。とても素敵なかたですわ。
それでもわたしが、エクセリオンの座さえ投げ打とうと思ったのは……
カナタさん、あなただけです」
『卯王の薬園』発動、ハーブのつたで小さなテーブルを作る。
おれとライム、ふたりのティーカップを置く。
そうしてひとつ、深呼吸。ひとつ、スマイル。
「この先は、おれに言わせてくれる?」
そう告げて、彼女の手を取った。
「おれも、ライムのそばにいたいです。
これからも、一緒にいてください。
ずっとずっと一緒に。誰よりもそばに」
ライムは、花が開くように微笑んでくれた。
「……はい、ずっと。
ずっと、あなたのおそばに」
そうしてあの日のぬくもりで、やわらかくおれをつつんでくれた。
五歳のころ、こうしておれを救ってくれた『天使』との恋。一年前にはかなわないと思っていたそれが実った――そのことをおれは、しあわせとともにかみしめた。
もちろんおれも両手を伸ばし、おれの『ただひとり』であるひとを、しっかりと抱きしめる。
気が付けば『ゼロブラ館』のほうから、おれたちを呼ぶ声が響いていた。
携帯用端末のアラームも騒いでる。ここを出る予定の時間が、あともうすこしに迫っていたのだ。
「……あら!」
「急ごう!」
おれたちは腕をほどくと、大慌てで駆け出した。
お……おおう……これは幻でしょうか、でも嬉しい( ;∀;)
ブックマークいっぱいいただきました。どうしよう。
ho<馬鹿だなあ笑えよ(キリッ
応援いただきましてありがとうございます!
おねえちゃんぼくがんばるよ!(急にショタ風)
次回、『グランドマザー』の御前に参ります!
彼女によって明かされる、スターシードの正体と、ハートチャイルドの真実。
イツカとカナタは、ハートチャイルドプログラムを廃止させられるのか?
どうぞ、お楽しみに!




