Bonus Track_8_2-1 黒子猫さんは奴隷になりたい? カナタの策と忘れられたイツカの過去
月萌国では出生と同時に、ティアブラのアカウントが開設される。
けれど、本格的にミッドガルドでのプレーができるようになるのは、小学校入学の日からだ。
今までなかった新しいセカイ、新しい体験。
それは小さな子供の心を、強力にひきつける。
そして、大なり小なり問題が起き、周囲とともにそれを乗り越えて、月萌の子供も成長していくのだ。
それでも、イツカほどの騒ぎを起こす小学二年生は、そうそういないだろう。
二学期が始まってまもないある日、イツカは星降園を脱走したのだ。
『きょうはヤボ用あるから、カナタ先かえってて!』
と校門前から走り去ったのを最後に、イツカは姿を消した。
ティアブラで稼いだTPを、こつこつとリアル通貨『クレセント』にかえてためこんでいたイツカは、それを元手に足かけ五日間も逃亡しつづけた。
使えば即座に足のつくTPでなく、ワンクッションのあるクレセントや、保存のきくお菓子やカロリーブロックをたくさん用意していたこと。
逃走の途中で着替えたほかに、複数の変装グッズを使い分けたこと。
夜中から昼は橋の下や物置などに潜み、昼過ぎ海辺のシャワーで服や体を洗い、各種自販機で食料調達。夕方から夜は学習塾の自習室にまぎれて時間を過ごし、日付が変わるまでは、あえてコンビニ袋を提げて堂々と移動する生活で、追跡の目を欺いたこと、などなど……
もはや小学生とは思えぬ立ち回りにより、シティメイドのみならず、月萌警察まで動いての大捕り物となった。
当時のニュースでは『スターシードの子供が母親を探して旅立ったらしい』というお涙物のエピソードになっているが、その実態は『ゲームやりたさ』ゆえの脱走。
ことの重大さにより、TPのマイナス額は大きく、イツカのTPはギリギリ、マイナスに。
そのときには、まだ小学校低学年であることや、『母さん』たちの嘆願と代理弁済により、Ω(オメガ)堕ちは免れた。
イツカも反省のそぶりを見せ、観察処分下でおとなしくまじめに過ごしてはいたが、その実はストレスをためこんでいた――
こんなことしてると、次はほんとにΩ堕ちするよ! と叱られたイツカは最初、『べつにいいのに』とのたまったという。
『だってさ、Ωオチしたら、朝からばんまでティアブラやれんだろ?
モンスターキャラのそうさじゃあるけどさ、いっぱいバトルできるし、うまくやればかてたりもするわけじゃん。
ガッコいって外であそんでしゅくだいやって、『母さん』の手伝いしてごはん食べておフロ入って、そしたらもう一日おわるんだぜ。
一日一時間、それも夜八時までなんて、ほとんどなんっにもできねーじゃん。
マトモにクエストだってうけられねーし、レベルもランクもあがんねーよ……』
もちろん『母さん』は、泣いて怒ったそうだ。
ただの都市伝説を真に受けて、なんてことをと。
イツカもさすがにすまないと思ったのだろう、その場は素直に謝ったようだが、それでも秘めた本音は変わっていなかった。
『はー。バトりたい。時間気にせず思っきしバトりたい!
もーいっそのこと、はやくここ出てΩオチしちまいてー!』
イツカはおれとミライにだけ、そんな風にこぼしつづけていた。
そしてどんどん、無口になっていった。
おれは思った。このままだと、イツカはどうにかなってしまう。
そしてきっとまた脱走して、今度こそ悪いやつにつかまるか、警察の厄介になって……
どこかに行ってしまう。
だいすきなこの場所から。いっしょにこのセカイに『生まれた』、兄弟とも思う存在が。
それは、いやだ。どうしても、いやだ。
だからおれは、一計を案じたのだった。
* * * * *
「手紙と計画書は見せてもらったよ、カナタ。
だが、この内容は……
知ってのとおり『マッドスライムの洞窟』は、Bランクパーティーでもクリアの難しいダンジョンだぞ。
詳しく事情を聞かせてほしい。一体何があったんだ?」
『ティアブラ』の冒険者ギルド、その大会議室にて。
ひらがなだらけの計画書を手にしたひげのギルドマスターは、いつになく深刻な顔でそう言った。
「一日無制限ログインの許可……?
まだ低学年のあなたたちに、軽々しくは出せない許可だけど、一体何があったの?
『母さん』に話してちょうだい、カナタ」
星降園の『母さん』の部屋で。
まるで実の息子にするように、おれの頭を優しく撫でつつ、『母さん』はそう言った。
おれは一つ息を吸い込むと、頭と心に溜めておいたことを話し出した――
『このままだと、イツカがあぶない』
そう感じたその日中に、おれは『ティアブラ』にログイン。町の冒険者ギルドに出向いた。
受付嬢さんに手紙と計画書を渡して、ギルドマスターへの面会をお願いすると、翌日ギルドマスターから呼び出しを受けた。
そこにはギルドマスターをはじめ、各ギルドのリーダーをはじめとしたなじみの顔がそろって、深刻な顔をしていた。
おれは深呼吸し、背筋を伸ばして、何度も練習した通りにプレゼンを開始した。
この直前、おれは星降園の『母さん』の部屋に行って事情を打ち明け、『長時間ログイン許可』のお願いをしていた。
小学生プレイヤーには、プレイ時間の制限があるためだ。
低学年なら、一日一時間。高学年になっても二時間。それも定められた『就寝時間』までしか『ティアブラ』のプレーはできない。
例外は、保護者の許可が得られた日。
親のいる子は親に、おれたちのように施設に入っている子供は、母親代わりに世話をしてくれる『母さん』に事情を話し、『その日限定の、長時間ログイン許可』の操作をしてもらう。
この作戦の実行には、これが必要不可欠だったためだ。
おれはギルドマスターたちに打ち明けた。
「イツカのやつ、モンスターになりたいなんて言いだしたんです。
もっともっとバトりたいからって。
リア……むこうのセカイでも、うちをだっそうして、何日もにげまわって。」
おれは『母さん』に打ち明けた。
「イツカのやつ、いい子にしてるけど、ほんとはストレスたまりまくりみたいなんだ。
このまんまだと、おかしくなっちゃう。
きっとまた、Ωになりたいなんていって……
ここを出たあととかに、だっそうしちゃうと思う」
おれはギルドマスターたちに懇願した。
「だからイツカにおしえてやりたいんです。
モンスターのせかいはきびしいんだって!
かえってこれるまちも、あったかなうちも、むかえてくれるひともなくなって、ただただバトりつづけてるなんて、ぜったいぜったいにくるしいから!」
おれは『母さん』に懇願した。
「おれも、イツカをΩになんかしたくない。
イツカがもどれない道にいっちゃうまえに、ふつうの毎日がどんなにだいじなものか、わかってほしい。
だから、えんえんバトルばっかりする苦しさを、いちど体験させておいてやりたいんだ!」
おれは、みんなに頭を下げた。
「……だから、おねがいします。
いちどだけ、イツカを『マッドスライムのどうくつ』で、しぬほどバトらせてやってください!
おれがイツカをまもるから。イツカをいいこにして、ぶじにつれてかえるからっ!!」
家出のテクニックはいろいろ調べました……
次回はいよいよミッドガルドでのバトルです。お楽しみに!




