Bonus Track_65-8 現れた副学長、もしくは、つよさをすててニューゲーム~マールの場合~<SIDE:ST>
月萌特使たちが帰国してから、数日が経った。
ステラ領議会では『魔法教育の無償化』法案が議会を通過した。
同じ日に、上級魔術学院の長も姿を消した。
そして今、ここにはわたしたちの『新しい弟』がいる。
若き日の副学長と同じ、緋色の髪をした赤ん坊だ。
たぶん、いや間違いなく、彼が副学長。
そして、『消えた副学長』事件の、犯人である。
* * * * *
ステラ上級魔術学院のふしぎのひとつ、『消えた副学長』。
世の人々にとっては『知らぬものとてない有名な逸話』であり、我ら軍警察の人間にとっては、未解決事件としてファイリングされている『実際の事件』である。
学長兼理事長クロン=マレーネ=シュレディンガーの戦友であり、『エバーブルーミング』の共同開発者でもある男が、ある日こつぜんと姿を消した。
その男、副学長ツァリク=ローデリヒ=フリーダはかつて『緋槍《ランツェシャルラッハ》』の二つ名で知られた勇猛な魔導士でもあったし、すでに老齢でもあった。
つまり、ぶっちゃけいつ鬼籍に入っても不思議のない人物ではあったのだが、遺体が見つからなかった。
直前に二人で会っていた学長には、彼を殺す動機がなかった。
それどころか、珍しく取り乱していたという――『彼がいなければ困る、どうかなんとしても彼を見つけてほしい』と。
恋愛関係でこそなかったが、平民出身の彼女を支え、学長にまで押し上げた副学長の存在は、彼女にとってとても大きなものだったのだ。
副学長の行方はようとして知れず。
翌日、学園そばの川辺で身元不明の赤ん坊が発見され、もしかして若返り薬を誤って大量摂取した彼なのではと一瞬だけ騒がれたが、それは女の子だった。
……まあぶっちゃけ、それはわたしなのだが。
ともあれ事件以降、学長の様子は一変したという。
『エバーブルーミング』以外の若返り薬を用いることがないながら、老齢ならではの美を発信していた彼女が、まったくといっていいほどお洒落をしなくなった。
一時は自力で立つことさえできなくなり、ふたたび歩くことができるようになった時には、流麗だった身ごなしも失われていた。
すっかり無口に、気難しくなった彼女は、副学長が乗り移ったかのようだと言われながら、彼の仕事を引き継いだ。
そのひとつが、魔法教育の無償化。
彼女が難色を示していたために、それまで進むことのなかった事業だ。
* * * * *
おととい、議会で『魔法教育の無償化』法案が議会を通過した。
同じ日に、学長も姿を消した。
そして今、ここにはわたしたちの『新しい弟』がいる。
若き日の副学長と同じ、緋色の髪をした赤ん坊だ。
彼の脇腹には、副学長にあったのと同じ、星型のあざ。
彼こそ、元副学長――ツァリク=ローデリヒ=フリーダだ。
けれど、その記憶は戻るかどうか、定かではない。
わたしにしても、記憶の復活はまばらなのだ。
そう、わたしは、かつてマレーネと呼ばれていた。
偶然に魔法の才があると分かった『私』は、二つ返事で魔法学院へ入学した――当時の例にもれず家は貧しく、恩給が弟妹たちの食費の足しになるならという一心で。
そこからは苦労の連続。古く狭い寮、少ない食事。大量の雑務に、厳しい戦況。
何より腹立たしかったのは、教官らの横暴。
生徒を追い使い、前線に立たせる一方で、配給と功は横取りした。
腹に据えかねた私は策を弄し、彼らを自滅する形での戦死、もしくは敗走に追いやっていった。
そのことは後悔していない。それによって救われた命がいくつもあるのだから。
形だけの無能な指揮官のかわりに、ほんとうに才のあるものが指揮を執り、状況は大きく好転した。
そのさなかステラ様が倒れられたことはほんとうに残念だったが、それでもやってきた平和の中、夢だった研究も成果をあげ、ビジネスモデルもうまく動き出し――
そんなときだ。相棒が私に一服盛ったのは。
マレーネとして最後の意識の中、『私』は悟っていた。若返り薬を盛られたと。
そこから彼は、『私』のくぐつを使用したり、変身薬を用いて『私』になりすましていたのだろう。
不可能なことじゃない。あいつは『私』をよく知っていた。互いのくぐつを任せることもあった。
犯行の理由は、彼の夢を進めるため――そしてきっと、根深い妬みゆえ。
『私』は知っていた。
貴族出身の彼が、彼を差し置いて学長となった『私』を、妬んでいたということ。
そして私よりももっと、人の可能性を信じていたこと。
『私』は魔法教育の無償化には反対だった。
それは戦争の末期に、学院がしたことだからだ。
家族への給金という甘いエサに飛びついた生徒には、大した能力も、後ろ盾もないものもいた――『私』のように。
必死の努力の末に這い上がるまで、その毎日は、搾取されるものとしてのそれだった。
それと同じことが起きないと、どうして言えるだろう。
家に、高い学費を払うだけの力がある。すなわち、モノ申せる力がある。
何かあったとき、それを持たぬものが幸せになるのは、彼が考えているよりずっとずっと困難なのだ――高天原学園の生徒たちも、そうだったように。
けれど、学園は変わった。
そして、ソリステラスも実質、戦争を棄てた。
だから、これで、いいのかもしれない。
なのに、彼は、無償化の立役者という栄誉を、棄ててしまった。
『私』と同じ姿となって。
どうしてなのか。尋ねるすべは今はないし、尋ねることもないだろう。
『マレーネ』として生きるつもりは、わたしにはないのだ。
わたしはマール・シュナイザーだ。それでいいし、ほかのものになる気はない。
わたしはマレーネとしての記憶に鍵をかけ、心の奥深くに再び沈めた。
その瞬間こぼれおちた言葉は、少しさびしく、ほんのりあたたかく、どうしようもなく優しいものだった。
ぶ、ぶ、ぶっくまーくがですね、いただけているのです(狼狽)
空前絶後です(当社比)
セーブボタンはどこだ(錯乱)
もうめっちゃがんばれます!! ありがとうございました!!!(そして大感謝)
ソリステラス編、これにておしまいです。
次回、新章突入!
『グランドマザー』との会見準備に入ります。お楽しみに♪
エンディングまでの道筋も、作者的にようやくしっかり見えてきました。
イツカナと一緒にしっかり詰めていく所存です!




