8-3 演目:旅の聖者とふしぎなふたり(下)
2019.11.27
怒りをたぎらすウルフたちは、→ウルフたちは、
『怒りをたぎらす』が予定よりふえてしまっておりましたので修正いたしました……orz
『闇の奥から、かれらは音もなく現れる。
脱色したような灰白の毛並みに青白い燐光をまとい、燃え立つような紅の瞳。
その美しさと気高さは、見る者の心を奪う。
そしてその狡猾さと強力さが、相対したものの命を奪う。』
『ティアブラ』におけるアンデッドウルフは、その芸術的な美しさから、人気が高いモンスターのひとつだ。
同時に『うっかり見たら死ぬ』と言われるほどに、恐れられている強敵でもある。
アンデッドウルフの群れは通常、Aランク相当の危険度を持つとされる。
が、この数、さらにキングまでいるとなると、強力なプリーストを『複数』擁し、しっかりと準備をしたAランクパーティーでなければ太刀打ちできない。
デビュー戦にして、もはやラビットハントなみの難易度。場内がざわついた。
「なっ、なんじゃこりゃー!!」
「これはっ……!」
ソウヤが叫ぶ。
ミズキは意を決した様子でうなずく。
彼は静かにソウヤから離れると、そちらにむけて剣を構えた。
「……おい?」
「逃げてください、ソーヤさん。
さまよえる不死を相手取るのは、聖職者の務めです。
あなたは……あなた方は早く、安全な場所へ!」
「ってお前、無理ゲーわかって言ってんだろ?
たとえ魔王のことでモメたって! おんなじウサギを見捨てるほど! 俺は堕ちちゃいねえんだよ!!
協力して倒す!! そして一緒に生きて戻るぞ!!
そのほかのことはあとだあと!!」
「ソーヤさん……!!」
「あの、オレもてつだいます!! 魔法、つかえるから!
魔法陣かくあいだだけ、守ってもらえればっ……!!」
「わかりました。
ここは、シオンさん、あなたを信じます!」
「頼りにしてるぜ大魔王!」
「だから大魔王じゃっ……もー!!」
そのとき、一斉にアンデッドウルフが飛び出した!!
両チームの距離、ざっと見積もって60m。
直進してくる第一波は四体。これだけでも充分脅威だが、かれらはさらに狡猾だ。
キングと、その左右に控えた大型二体以外、つまり残りの四体が左2:右2で展開。
正面の四体がソウヤ、ミズキと交戦を開始した直後に右翼が側面攻撃を仕掛け、その間に左翼が後衛のシオンを狙うという構えだ。
今回のこれはシオンの書いたシナリオではあるのだが、『ティアブラ』のアンデッドウルフ、それもキングともなれば、この程度のことはやりかねない。
対して、ソウヤとミズキは意外とも見える作戦に出た。
「俺がまとめる! たのむ!」
「はいっ!
我が守護女神、母なるティアラよ……」
剣を構えつつ詠唱するミズキを残し、ソウヤは大きく二段跳躍。
左翼のナナメ後方へ。くるりと逆さに身を翻し、スキル発動『バーストブリッツ』。空中から無数の『ファイアブリッツ』を連射した。
炎の力で射速と威力を爆上げされたダーツは、すでに行程の半ばに達しつつあるウルフたちに追いつき、背面から次々とダメージを与えていく。
「汝の息子、汝のしもべとして請い願う」
その結果は――
左翼の一体がクリティカルで消滅、もう一体が動けなくなり戦線脱落。
中央の四体はすべて大小のダメージを受け、うち二体が速度低下状態に。
右翼の一体も傷を負う。
一体のみは難を逃れたが、単体での突貫はせず。
結果として、一人で八体の侵攻をストップさせる……という華々しいものだった。
「これなる迷い子たちのため、もたらし給え、」
ただそれは、華々しいが決定的ではない。
走り出したウルフたちの内、二体以外はまだ闘れるのだ。
六体のウルフは、怒りをたぎらせ向き直る。
視線の先には、不敵に笑うソウヤの姿。
ひとり剣を構える灰色兎に、動く様子はない。弾切れの様子だ。
ウルフたちは、これを好機と殺到した!
「救済と導きのまばゆきしるべを――招聖退魔ッ!」
しかしその牙が届く直前、かれらは神々しい輝きに包まれた。
ミズキの詠唱がギリギリで完了したのだ。
発動したのは神聖魔法『招聖退魔』。
聖なる輝きで魔を払うそれは、悪魔やアンデッドに対して大きな効果を及ぼす。
ソウヤに跳びかかろうとした六体のウルフたちは、降り注ぐ金色の光にあっという間に溶け去った。
さすが、というべきなのは、ボスとその左右に控えた大型たちの自制心だ。
ほかの仲間たちが狂乱にとらわれてなお、静かに距離を保ち、招聖退魔の効果範囲から逃れたのだ。
ただ、そこにいたとしても一発浄化とはいかなかっただろうけれど。
標準的なAランクプリーストの場合、大型相手には二〜三発。キングを浄化するつもりなら、最低五発が必要となるはずだからだ。
もっとも、のんびりと祈っていられるような暇はもうない。
ソウヤのダーツは品切れ。もしまだ残っていたとしても、かれらはそれを無視してミズキを、そしてシオンを牙にかけるだけの力がある。陽動作戦はもう使えないのだ。
ソウヤが、ひととびでミズキの隣に戻る。
三体の脅威は二人に向け、ゆっくりと距離を詰めてきた。
途中、キングが立ち止まり、大型二体だけがソウヤとミズキ、それぞれに相対する。
技を磨き上げた剣士たちが、互いに剣先を合わせるがごとき、静寂。
気づけばそれは始まっていた。
大型二頭が勇ましく向かう後ろで、これまで行動しなかったキングがのどをのけぞらせて吠える。
スキル『王威咆哮』。相手に『威圧』、味方に『鼓舞』の効果を同時にもたらす、キング系ならではのスペシャルスキルだ。
ミズキは冷静に耐えるが、ソウヤは歯を食いしばり、シオンは小さな悲鳴とともに耳をおさえた。
「シオン!」
「だ、だいじょ……ぶ……オレだってがんばる、からっ……」
涙目になりつつも、シオンは地面に風の上位錬成陣を描き続ける。
改めて見れば、サラサラと描いてゆく速さもさることながら、その正確さも素晴らしいもの。
それも、環境の整った錬成室でならまだしも、不死の狼たちに狙われ、吠えつかれているこの状況下においてである。
クラフターの心得を持つ者たちからは、ため息が漏れる。
「まってて……あとすこし……もうちょっとっ…………できたっ!
ミズキ、ソーやん! 力を貸してっ!
ミズキは聖なる力を!
ソーやんは炎の力を!
オレは、風の力を!
この魔法陣に、注ぎ込む!」
「はい!」
「おう!」
ミズキが、ソーヤが次々押し込み、シオンのもとまで後ろ跳び。
二人同時に錬成陣に触れ、チカラを流し込む。
「発動! メギドフレアッ!!」
最後にシオンが力を流し込めば、上位合成錬成魔術『メギドフレア』が発動。
キーンと微かに高音が響いたかと思えば、白く輝くプラズマの奔流が、前方にあるすべてを薙ぎ払う!
後に残ったのは――
BP30000 OVER KILL!
赤くつやめくそんなポップアップ。
そして、ランダムドロップの『キング・アンデッドウルフの歯』だけだった。
静寂のど真ん中、シオンはそれを手に取った。
優しく胸に抱き、ごめんなさいと呟く。
ソウヤがシオンの肩を支え、ミズキが祈りを捧げる。
その時になって、ようやく歓声が爆発した。
三人は手をつないで一礼し、いったん退場。すぐにもう一度、今度は鼓笛隊っぽい――ぶっちゃけいかにも少年アイドルが着てそうな――そろいのコスチュームで出てきた。
白、黒、緑。アカネさんが割り出してくれた、三人に最も似合う色だ。
三人はそして、渡されたマイクを手に歌い始めた。
レモン・ソレイユ『夏色アドベンチャー』。その、導入部分を。
「夏色ファンタジー――」
「きみとなら、そう、アドベンチャー――」
ミズキの澄み切った声が響けば、一瞬で空気が変わった。
透き通る余韻の消えぬうち、シオンのボーイソプラノが楽し気にはじける。
「揺れる波音にハートあずけて――」
「ふ」「た」「り、トキメキの予感!」
カラオケ慣れしていると思しきソウヤが、ほんのりハスキーな歌声とノリのよいアクションで誘うように歌えば、そこに二人が相乗りするかたちで声を合わせる。
ライトが回転し、紙吹雪がはじけ、大音量で間奏が流れだす!
初めてのステージパフォーマンスとは思えない盛り上がりの中、入退場ゲートから、シルバーのコスチュームをつけたイツカが走りこんでくる。
ミズキにさりげなく位置を直されつつセンターに陣取ったイツカは、これまたノリノリで歌いだした――おれの聞いたことがない歌詞で。
ちょこっと解説リターンズ!
オオカミの走行速度は約55-60km/h。ダーツの矢速は男子平均で約20-22km/h。
つまりリアルでは『走る狼の背後からダーツ投げて攻撃する』自体が無理ゲー。
あくまで、スキルあってこそ可能な離れ業です。
よい子じゃない皆さんも、真似しようとしないでくださいね!




