65-4 切り札はモッフモフ?! 救え、嘆きの女神!(2)<SIDE:ST>
保護結界の中はまるで、深い水の中のようだった。
聞こえてくるのは、かすかに響く、二人の女神の声だけ。
どこからともなくさしこむ、淡い水色の光のなか、ぼんやり白い床がどこまでも続く。
ふしぎと、心安らぐ。しかし、こんな状態ですら心が凪いでくるというのは、すこし恐ろしい気がする。
長く居続ければ、この結界の効果だけで廃人になる危険すらあることだろう。
目指す場所はひとめでわかった。
はるか向こうに見える、光の柱に向けて。
一秒ごとに弱まる、淡い星色のひかり。あれをけっして、消してはいけない。
「つかまれカナタ! 『短距離超猫走』!!」
文字通り、人をダメにする聖域を、イツカの全速力で駆ける。
ナツキを落とさないようしっかり抱え、行程の半ばほどまで来た頃に、高くもなく低くもない、聞き覚えのあるような、ないような声が響いてきた。
『ああ。おまえは。と、……なんだ、お前たち』
「俺はイツカだ! ステラのともだちだ!」
「おれはカナタです。イツカのバディで、ステラ様の茶飲み友だちです」
どうやら、ナツキのことはわかっているようす。
だからおれたちだけが名乗ったのだが、その反応はそっけないものだった。
『帰れ。ステラはもう、虚無を受け入れようとしている。
彼女が望むのは、無への回帰。
ワタシは、それをかなえるための存在。
大女神のつくりたもうた、力なき者へのさいごの慈悲』
声の源は、前方。
光の柱のもと、ぐったり横たわるステラ様を膝に抱いた、水色の人影だ。
おそらくは、女性。ぼんやりとした白の衣をまとい、長く清冽なせせらぎの髪を、周囲に流している。
その透き通るような綺麗な手は、目を閉じたステラ様の、青ざめたほほを優しくなでている。
瑠璃色の瞳を抱いたその面差しも、中性的なその声も、哀しみと慈愛に満ち、まるで彼女自身が女神のよう。
そんな彼女はおれたちが前に立つと、じいっとおれたちをにらみ上げてきた。
『わたしはずっと、見てきた。
ステラは、優しすぎる子。
女神の任務など、酷すぎる。
民を思い、裏切られ。立ち上がったところでまた。
もう限界だ。それを押して、彼女を起き上がらせようというのか。哀れとは思わないのか』
「ああ、気の毒だ。
けれど、そんな悲しい顔のまま消滅させるなんて、もっともっと気の毒だ」
ふと言葉を失ってしまったおれ。けれど、イツカは揺らがない。
「ステラが望むのは、消滅なんかじゃないはずだ。
ステラは、元気になりたいって言ってた。元気が出てきたって嬉しそうだった。
ステラがホントに望んでるのは、みんなと仲良く、女神の仕事もうまくやれて、笑いながら暮らすことだ。違うか」
『いまのステラにそれは、むりだ。
彼女はこの100年、女神としてのしごとを何一つできていない。
……そんな自分をずっと責めていた。自らが守るべきものたちに、心配をさせ、世話をさせてしまっていることを』
『女神さまとして、なにもできてないなんて、……そんなこと、……ない!』
沈痛な顔でステラ様を見下ろす『虚無』。
しかし、そのことばを否定するものがいた。
ナツキだ。おれの手の中、苦しそうにしながらも、声を振り絞る。
『……ぜったい、ないよ。
だってみんな、ステラ様だいすきだよ?
ステラ様は、いてくれるだけで、みんなの女神様なんだ……いなくなっちゃったら、悲しいんだ!!
オレ、しってるよ。
町で戦ってた人たち。
ステラ様がくびになっちゃわないよう、なんとか自分たちで戦争起こそうとしてたんだ。そうして、ステラさまなしで、必要な戦果をあげようとしてたんだ。
ステラ様に、ずっと女神さまでいてほしいから。
叱られるかもしれないけれど、それでもって!』
『そんなのただの身勝手だ。
まあ、お前たちはわたしをも身勝手というのだろうけれどな。
それでも、かまわない。虚無は役割を果たすために在るモノ。
邪魔というなら、打ち倒せ。
女神の心により生み出されたモノをそうできるものならな!』
懸命の言葉をすぱりと切り捨てた『虚無』は、再びおれたちをにらみつけた。
やさしくステラ様を横たえると、彼女を守るかのように、その前に立ちはだかる。
『ナツキ、こちらに来い。
お前は、ワタシの渇望が生み出したもの。
この小癪な結界のせいで、役割を果たすこともできず、さりとてステラを救うこともできぬまま、ずっと宙ぶらりんにされてきたわたしの!
『暴食』よ。お前は、我が子だ。ワタシに従え。ともにこいつらを打ち倒せ!』
これまでが別人のような、激しい調子で叫ぶ『虚無』。
さらさらと流れていた水晶色の髪が、一気にうずまき、逆立ち、明滅を始めた。
同時にナツキのちびドールの体が、同じ色、同じペースでまがまがしく輝きだす。
『やらないよ……オレは、そんなことやらないっ!!
あなたがオレのママだとしたって! オレはそんなこと、したくないもの!!』
けれど、ナツキは負けなかった。
一声さけぶと、逆に『虚無』を説得しだしたのだ。
『ねえ、もう、やめよう!
かみさまだって、3Sだって、ただただ役目だけじゃ、なくていいんだ!
オレはコトハおねえちゃんに、フユキに、イツカとカナタとなかまたちにもらったの。『ニンゲン』である自由を!
だからこんどは、オレがあげる。
オレのママであるあなたに、おなじしあわせを!
生き方を選べる『ニンゲン』である、自由を!!』
そしてナツキはかけだした。
一直線に。『虚無』の目を、まっすぐみつめて。
猫耳をはやした小さなドールは、やがてふわふわのこねこに姿を変える。
愛くるしいその姿はそして、母たる存在の胸に飛び込んだ。
『あ、…………』
戸惑ったような声をあげながらも、そっと優しく胸に抱く。
そう、『虚無』は、ナツキを弾き飛ばしたりしなかったのだ。
やさしく、きゅっと抱きしめれば、宙に逆巻いていた綺麗な髪が、ふたたびするすると流れ落ちる。
『あたたかい。
……いい、ものだな、これは』
不吉な明滅もぴたりと止まり、むしろ暖かく優しい、陽だまりのような光にかわる。
『はじめてだ。こんなのは。
……ワタシもずっと、疎まれてきた。
お前たちと同じように。現れては討たれ、そのカケラをはぎ取られてきた――戦いの力とするために。
そうして生まれ変わり死に変わり、最後にたどり着いたのが、ここだ。
ふふ、自由か。
無へと還す役目を果たせないなら……そうだな。
わたしが、還ろうか。
邪魔ものとしてあるばかりの生に、わたしも、少しばかり疲れた……』
湧き上がるあたたかな光の中、『虚無』の姿はゆっくりと透け始めた。
『て、……』
そのとき、小さな声が聞こえた。
ステラさまだ。なんと目を開け、こちらをみて、手を伸ばしている。
おれとイツカは駆け寄って、その体を支える。
からだの動きで分かった。立ち上がりたいのだ。歩きたいのだ。
目指しているのは、『虚無』のもと。
ゆっくり、ゆっくりと歩み寄ったステラさまはそして、『虚無』を優しく抱きしめた。
『じゃまじゃ、ないよ。
……じゃまじゃない。
あなたも、わたしをおもってくれた。百年間、そばにいてくれた。
わたしの、ともだち。わたしの、親友。
あなたと、わたし。いっしょに、生きよう?』
『ステラ……!!』
二人が抱き合ったところで、耳飾りから声。バニーのものだ。
『やってくれたわ、あのわんこ男たち。
デモは停止。町は歌声で満ちてる。
音を送るから流してあげて!』
もちろんすぐにそうした。
耳飾りを外して、送られてきた音を再生。
流れ出したのは、琴の音をはじめとした、いくつもの楽器の音と、たくさん、たくさん、たくさんの歌声。
このメロディは、三海和平協定締結記念式典できいたもの。
『これ、……『ソリステラスよ永遠なれ』……
みん、な……!!』
そう、ソリステラス連合国の建国にあたり、あらたに作られた国家。
二国の融和と幸せを願った歌には、しっかりと想いがこもっているのを感じる。
ステラ様に消えてほしくない。ずっといっしょにいてほしいという、きもちが。
目を閉じれば、聞き分けられた。
歌っているのは、ステラ領のひとたちだけじゃない。
ソリス領にいるひとたちも。それどころか、アスカがうまく手をまわしてくれたのだろう、月萌の仲間たちまでが歌声を合わせている。
ステラ様の声が震えた。
つゆ草色の目に浮かぶ、涙。
はかなげな女神はそして、再び一歩を踏み出した。
「わたし、元気になりたい……
弱くても、ダメでも。
この世界に、みんなといたい。
そのために、前を向いて、あるきたい!
まだ、すこし、こわいけど……
イツカ、カナタ。
もういちど、わがままいわせて。
……わたしの背中を、押してほしいの。
どんなことでも、いいから」
イツカがおれを見てニッと笑った。
おれは一つ咳払いをすると進み出る。
「それでは、謹んで……
いきます! 超・癒しの『もふもフォレスト』!!」
高らかに唱えれば、おれのうさみみが、みるみるモフモフ巨大化しだす。
寒く寂しい結界の中が、圧倒的モフモフで満ちていく。
ステラ様を、『虚無』を、その胸に抱かれたこねこ姿のナツキを、ひとしくふわふわ抱きしめる。
やがてあふれるモフモフは、結界の中からあふれ、『星の間』を、そこで待っていた女神たちをも、ふんわりもふもふと包み込んだのであった。
これでいちおう、ソリステラス編クライマックスおしまいです。
今回イメージ曲があります。『私の孤独(Ma Solitude)』です。
知ってしばらくは歌詞の内容にピンと来なかったため『私のこねこ』でなく(爆)? と思っていたのはないしょです。
次回、あとしまつのその前に。
どうぞ、お楽しみに!




