65-2 それどころじゃない問題! 飼い犬宣言とSOS!!<SIDE:ST>
【速報】シグルド氏、けもみみしっぽ披露【もっふもふ】
ステラの貴族は、星霊との契約により、けもみみしっぽを得る。
けれどそれは基本的にはしまっておかねばならない。見せてもよいのは、もっとも親しい者たちのまえか、古い形式の臣下の礼をとるときか、あるいはそれらをしまっておけぬほどの激戦のときだけ。
やつはさっきの戦いですら、耳も尻尾もカンペキにしまっていた。
なのに今、それをさらしてひざまずいている。
頭には、髪と同じ色合いの狼耳。腰の後ろからは、ふさりとしたしっぽが垂れている。
おれは――ぽかんとしてしまった。
だって、ちょっと、潔すぎて。
ほんとのことを言えばおれは、ちょっぴり話を盛っていた。
フィールドの地下を根っこで占拠したときには、そこまで考えついてなかったのだ。
ただ……そう、できるかぎりのこととして、やっただけで。
だからシグルドの買い被りも間違いではないっちゃないのだが、覚醒に至ったのは、イツカの覚醒を見た瞬間。植物たちを幻想植物に変換するアイデアも、やつが氷からメイド人形を作りだす光景からひらめいたものだ。
でも、今は言わないでおく。
というか、それどころじゃない問題が目の前にあるのだ。
「ええと……つまりおれ、これで、勝ったんですか?」
「はい。
ご覧ください、こちらを。そして、ご自分の薬指を」
やつがこちらにむけ差し出したのは、自分の左手の薬指。
第一関節の半ばくらいを、銀色のかがやきが指輪のように取り巻いているのが見える。
おれの左手薬指にも、おなじような光の輪。
狼の咬みあと、もしくは鎖を思わせる、大小のひし形の連なりが指輪のように輝いている。
ただしこちらの色は金色で、太さもシグルドのそれより大きいかんじだ。
「『天狼の薬指の誓い』。結ばれたそれの証です。
すなわちこれをもって私は、生ある限り貴方様の飼い犬です。
何なりとお申し付けを、我が主カナタ・ホシゾラ」
「え、……えええ……」
聞いてはいた。勝ったほうが負けたほうを所有することになるって。
でも、実際こんなふうにされると、ぶっちゃけ戸惑いが沸き上がる。
だって、こいつなのだ。さっきまで、まるで正反対の態度もとってたし。
そういえば。VIP席を振り返ると、サクヤさんもこちらに向けて膝をついていた。
「え、ええとっ!
わかりました。お願いですのでふたりともお立ちになってくださいっ!
臣下の礼とかいりませんから。
おれは誰かを所有とか、する気ありませんからっ!!」
『卯王の幻想園』を解除し、地表に降りた。
シグルドは立ち上がり、それでもなお丁寧に問いかけてくる。
「いいのですか? 私に一言命令すれば、一生貴方の奴隷として働かせることができるのに。
反和平派たちにむけて、デモを中止し、貴方の意に添うようにと呼びかけることも」
サクヤさんがかけてきた。少し不安げにシグルドに寄り添う。
そう、おれが望めば、この強く、美しい少女もまた、おれのものなのだ。
けれど。
「いや奴隷とかいりませんからっ。
だってそうでしょう?
そういうのが嫌じゃなかったら、Ω(オメガ)制の廃止、なんていいませんよ」
「では、下僕になれと……」
「そういう無理強いもやりません。
最初に遭った日に、言いましたでしょう?
おれたちは、『だれもが望まぬ境遇に落ちることのない、平和で幸せに満ちた世界』を目指してる。そのおれたちが、和平への協力を『強制』するのは、本末転倒のこと。
だからおれたちは、和平への協力を命じ、強制することを決闘の条件とすることはしないと。
たとえ誰かが、和平撤回の強制を条件に、おれたちに挑んできたとしても」
するとシグルドは、一つ大きく息をついて、こう言ってきた。
「無理強いなくして、私を従えることはできませんよ。
他国との戦争により人を、その魂を育て上げる――ミッション『エインヘリアル』は、女神の賜りし聖務。
我ら、選ばれし者たちが最優先とするべき、大いなる任務なのですから」
「けれど『天狼の誓い』ならば、それに反することができると?」
「ええ。これを破るとマジに死にますから。そしたら任務どこじゃありませんし。
……まあ蘇生はできるんですけどね」
本当に死ぬのか。やばすぎる代物である。
けれど蘇生は可能なあたり、ちょっぴりゆるい感じだ。いや、だからこその条件なのか。
だがそれでも、だ。
「それでもぶっちゃけ嫌すぎです、『おれに逆らったから死んだ』とか。
そんなくらいならもう一度、戦ったほうがましですよ」
「そんなこと言って。
私はまた挑みますよ。もっとあなたを研究し、力を磨いて。
……そうしてまた、被害を出す」
剣呑な光を瞳に宿してみせるシグルドだけど、おれの気持ちは変わらない。
なぜって。
「大丈夫です。
あなたは無下に誰かを殺しはしない。そのことはここまででよく、わかりましたから。
でも、もうあまり、恨みを買うような真似はしないでください。
これは、レム君の……おれが弟のように思う男の子のお兄さんへの、お願いです」
「……から持ち掛けたんですよ。『薬指の誓い』を。……
いえ。
ただの自由な男としてその願いを受けるなら、私もあなたにお願いをさせて下さい」
シグルドは、なにか小さくつぶやいたのち、まっすぐにおれを見た。
そして、深く、頭を下げた。
「レムを、弟を、よろしくお願いします。
あの子は、貴方を慕っている。自分もこうなりたいという、理想の兄として。
私ではその役割は果たせない。なれてもせいぜいが反面教師。
――それどころか、もう近くにすらいられないかもしれない」
そう、シグルドは暴動をあおっている。
口にしたのは『のろしを上げよ!』だが、やったことは穏健派の粛清。
その結果、デモ活動は一部で暴動に発展しているもよう。
つまり彼は、騒乱罪などの容疑で収監される可能性がある。
「きっと、あの子の兄でいてやれるのは……もう、貴方だけです。
どうか、おねがいします」
いつのまにかとなりにいたイツカが、まっすぐな目でおれをみた。
もちろん、おれの返事は決まってる。
「何言ってんですか。
兄貴はやっぱり、兄貴ですよ。
おれ、子供のころめっちゃイツカに手焼かされました。何度もブチ切れたし、ふたりでギャン泣きした日もありました。
それでも、どこまでいっても、イツカはおれの『兄弟』なんです。
イツカはおれを、ソナタをたすけてくれた。やつなりの一生懸命で。それでおれたちは『兄弟』になったんです。
血のつながりなんてないおれたちですら、そうなんです。
あなたならきっと、ちゃんと兄貴になれますよ。
レムくんのこと、だいすきなんでしょう?
あなたがこれから、収監されるのか、それとも反省文五枚で済むのか……それはおれにはわかりません。
でもレムくんはきっと、あなたに会いに来ます。
だって、あなたをちゃんと『兄』って呼んでましたから」
そしておれは、小指を差し出す。
「おれ、これからもレムくんの『兄貴』でいます。
たとえこのさき、月萌とソリステラスが戦うことになっても、あきらめません。
だから、あなたもあきらめないでください。レムくんの、よき兄貴になること。
……約束しましょう?」
シグルドはしばしきょとんとしていたけれど、ふわり、笑顔を見せた。
「小指の約束……か。
……なつかしい。
僕も幼いレムと、こうして約束をしたものでした。
たとえそれを知ってのことであったとしても、……わるくない。
ええ、お受けします。
改めて、よろしくお願いいたします」
おれたちが右の小指をからめると同時に、左薬指の輪が消えた。
照れたように笑うシグルドは、別人のような柔らかな表情。
ぶっちゃけ、今までで一番、魅力的だ。
「さて、敗北宣言をしなければなりませんね。
この様子、ぜんぶ外に中継されてますからもうグダグダでしょうが。
――それでも敗軍の将には、敗軍の将としての責があります」
そのとき、ぎゅ、と袖がひかれた。
イツカだ。いや、イツカのなかのナツキだ。
『くうっ、……う、うう……!!』
苦しげな声。何が起きたのかと思う間もなく、第二の驚きがやってきた。
どこからともなく、ソレア様の声がしてきたのだ……それも、これまでにないほどシリアスな調子で。
『ごめん、イツカ、カナタ! ステラが……
町の様子を見て、誤解したみたい!!
いまなんとか食い止めてるけど、あいつに……『虚無』に飲まれそう!!』
あやうく耳尻尾だすのを忘れるとこでした。最重要ポイント←
次回、策に溺れた策士は後悔する。けど、がんばる!
そして、ステラの塔にかけつけるカナタたちは……
どうぞ、お楽しみに!




