65-1 エクストラ! 黒猫騎士の第三覚醒!!<SIDE:ST>
もちろんおれはシグルドを信用なんかしていなかった。
だから、準備してあったのだ、神聖防壁を。
地表を氷で閉ざされていても、地下はすでにおれの森。『森の感覚』を通してはかったタイミングは完璧だった――そしてもちろん、全力だった。
けれど奴は、テーブルを爆破した上に、雪狼たちを一斉に突っ込ませた。
結果、防壁は砕け散り、ライアンさんはそのまま倒れ伏してしまう。
パレーナさんとエルマー君は間一髪、突き飛ばされて無事だったものの、たくましい獅子の背は白く、痛々しく凍て付いていた。
「な、……おいシグ! てめえそれはあんまりだろうが!!
ライアン殿は仲間だろ! それをっ!!」
ベニーさんの怒り具合からして、これは彼女も聞いていなかったことのよう。
詰め寄る彼女に向けられたのは、冷たい笑い。
「『やり方が気に食わない、だから、止まれ。』
それはつまり、この千載一遇の機会を、我らが悲願を放棄しろということです。
そんなことを言う者は、今の我々には要りません。
ベニー、貴女もそうですか?」
「ったりめえだ!
メイは切り捨てられるのを承知でやった。イツカナは和平派のボスだ。
だがライアン殿は」
「ベニー。あなたは疲れているのですよ。
ゆうべも遅くまでトレーニングをしていましたからね。
少し、休まれるといいでしょう。そう、『頭を冷やして』ね」
「なっ……?!」
シグルドがぱちりと指を鳴らせば、控えていたメイド型マリオネットたちがベニーさんに突撃。ライアンさんと同じように、氷の爆撃で吹き飛ばす!
「て、めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
イツカが吠えた。
ぶわりと金色の闘気をまとい、ルビーの瞳を怒りにもやし、ガン、と水牢を内側から殴りつけた。
それでも、薄青の壁は揺らがない。
それどころか、イツカはよろつき、転倒してしまう。
水牢の足元は水でできている。踏ん張りがきかないのだ。
下手に動けば、転げてしまう。
それでもイツカはあきらめない。転げては立ち上がり、もう一発。
もう一度転げては立ち上がり、もう一発。
らちが明かないと、体当たりしては跳ね返される。
そんなイツカを見て、奴は笑った。
「ハハハハハ!
むだ、無駄、ムダですよ!!
……まったく、無様なものですね。
戦争はそんな甘いものじゃない。何をしてでも勝つ! それだけが正義です!!
見よ、全国の志士たちよ!! 甘ったれの裏切者たちは倒れた! 次は月萌の二人だ!!
さあ、のろしを上げよ!
月萌が宣戦を布告するまで、我らの行進は止まらない!!」
両手を広げ、高らかに宣言した瞬間、町を満たしたときの声。
通信用オーブを通じてもたらされたそれは、この屋内闘技場を揺らした。
やつはベニーさんも吹き飛ばすだろう。わかっていた。もちろん今度も神聖防壁を張っていた。だが、ダメージのすべてを止めるには至らず、痛撃を食らわせる結果となった。
またしても。またしてもだ。
なのにベニーさんは、こんなことを言ってくれた。
「くそ……すまねえカナタ。
いらないからな回復は。
戦え。お前のチカラ、もう無駄に使わせられねえ……!」
さらにはライアンさんも、同じことを。
「そうだ、カナタ……お前は、戦いに集中しろ……
目の前の相手だけに、集中するんだ……!!」
せめて、回復を。そうは思ったけれど、確かにいまは、そのTPすらも惜しまねばならない状況だ。
フィールド全体を白く染め、ふたたび雪狼の群れをはべらせたシグルドは嗤う。
「カナタどの。これでもまだ、姿を現さないんですか?
物陰、仲間の陰で逃げ隠れ。こそこそと偽りを積み重ねて勝利をかすめ取る。
さすがは、アナウサギの王子さまだ。卑怯で姑息で、残忍で。
私とあなたはおなじ人種だ。すなわち私のもとでこそあなたは最も輝く。
さあ、いらっしゃい。今ならば、痛い目には遭わせません。我が配下たちの誰よりも、優しく丁寧に遇すると誓いましょう。それは、イツカどのもです」
虚空に手を差し伸べ、酔ったようなまなざしで、甘い声を出す。
こいつ。できるなら今すぐ飛び出してってぶん殴りたい。
けれど、それをしたところでふたりの二の舞になるだけだ。
考えろ。考えるんだ。
おれたちは、ここまでなんとかやってきた。
力を合わせ、知恵を合わせて。
ミライを、ソナタを、同じ境遇のみんなを救うために。
なのに、ここで。こんなところで。こんな奴に負けるわけにはいかない!
この国を、月萌を、戦火に包まないためにも、一刻も早くシグルドを倒し、奴の唱えたことが絵空事だと、天下に知らしめなければ!
「カナタ、挑発に乗るな。
イツカも落ち着け。それは水だ。その性質を思い出せ!」
と、パレーナさんの声が響いた。すっと頭が冷えた、ひらめきが降ってきた。
「イツカ! 脱出法が分かった!
お前の脚力とスピードなら、空気だって足場として蹴れる。だったら当然……」
急いで耳飾りに声を吹き込む。
帰ってきた返事は短く、力にあふれたものだった。
イツカは膝立ちのままパワーチャージを開始。
サクヤさんはさすが『涙硝』というべきか、ずばりと作戦を見抜いてきた。
「ふふっ。おおかた、こうですわよね。
この水壁は、イツカさまを内から外に出さないために稼働している。
である以上、内から面状に圧力をかければ反発し、凝集し、流動性を欠く塊のような状態の部分ができるため、そこを『断ち割る』ことが可能となると。
けれど、その状態でもこれは、一般的な『テラフレア』には耐えますわ。
そうですわね、ここがもっと暖かくて、耐水仕様テラフレアボム<カワセミ>の新型を使うのでしたら、あるいは」
そして水球から距離を取り、いとおしげな瞳でイツカを見つめる。
「でも、いいですわ、やってごらんになれば。
もし失敗すれば、イツカさまのお体は砕け散り、『泪篭』の泡となるでしょうけど……
そうしたら、ちゃんとサーヤが蘇生してさしあげますから。
わたしの水と魔力を使って、身も心もわたしだけのにゃんことして、生まれ変わらせてさしあげますわ」
そう、これは万一失敗すれば、命の危険を伴うやり方だ。
けれど、おれは確信していた。
今のイツカならば、確実に成功すると。
「んなことには絶対ならねえっ!
だって、そうだろ?
俺は、カナタのとこに帰るんだから!!」
――発動、『ムーンライト・ブレス』。
天を渡る月の恵みを受け、イツカの全身が月色の輝きに満ちる。
「『カナタを守ってやる』。それが俺のチカラの源。
そのためだったら不可能を可能にできる。
これまでも、これからだって!!」
――発動、『短距離超猫走』。
しなやかな両脚が、地上最速の誉れを得る。
「な、……くうっ!!」
『涙硝』サクヤから初めて笑顔が消えた。
イツカから広がる黄金の輝きに圧され、水球の牢獄はもう、内側からはじけんばかり。
両手をかざし力を注ぎ、何とか押し返そうと踏ん張る。
対してイツカは流れるように抜刀する。
トレードマークのブルーラインは、すでに紅に燃えている。
ゆるりと立ち上がり、腰だめに構えればその刀身は、一気に黄金の輝きと変わった。
ひたり、狙いをさだめた黒猫は、目にもとまらぬ速さで踏み込む――ドン!
ふわふわ揺らめく水に足をつけたとは、とても思えぬ轟音が広がる。
「離れろサクヤ!
――『0-GX』ッッ!!!!」
イツカの声にかぶさるように、二つ目の轟音。
無敵の水壁が断ち割られた。海でも斬れそうなほどにきっぱりと。
イツカの太刀筋が、いや、イツカそのものが、光となって突き抜ける!
まばゆく、つよく、暖かな輝きはそして、凍てつくフィールドに降り立った。
イツカ、ついに第三覚醒!
次回はカナタです。請うご期待っ!!




