64-8 『狼牙』斃る――意外過ぎる結末といにしえの儀式(2)<SIDE:ST>
『フィル』の薬指の決闘。
相手の左手の薬指を咬んだのち、勝敗を決することで『上下』が決まる。
本来は、婚姻をかけたいにしえの儀式だと、レム君に聞いた。
つまりこれは、偽りばかりの敵の首魁に、首輪をつけるまたとないチャンス。
魅力的な条件だが、飛びつくことなどできはしない。
「信用できると、お思いですか?」
そう、やつはここまでそれだけのことを重ねてきた。
しかし問いを掛けても、ただひたすらこうべを垂れ、ひざまずいたままだ。
声を上げたのはベニーさんだった。
「イツカ、カナタ。
信用できねえとは思うが、オレたち天狼の民にとって、正式に交わされた『薬指』はマジの絶対だ。
こいつのすべてが欲しい、身も心もすべて。
逆にこいつをわがものとするならば、身も心も捧げつくしてかまわない。
そう思う、たった一人にだけ行うもんだぜ。
その絆は天狼の加護を得る。されど粗末にすれば、死の呪いが降りかかる。世俗の結婚なんぞとは、ワケが違う」
すこし苦し気な彼女の声に、うその響きはない。
おれはみなまで語り終わる前に今度こそ『回復』。そして、彼女に問いかけた。
「つまり、この『薬指の決闘』を受け、おれが勝てば。
シグルドさんは一生おれのもの、絶対服従の身の上というわけですか」
「まあ、ある程度の自由を与えてやるのもいいんだけどな。
それは勝者の特権だ。クビにすんのも」
「マジかよ……」
イツカが嫌そうな顔をする。絶対服従とかそういうのは、とにかく嫌いなやつなのだ。
かくいうおれも、嫌だけど……
「お受けくださるというのなら、彼女を解放いたしましょう。
天狼フィルの名にかけて」
『それ』を見た瞬間、おれたちの選択肢はなくなった。
VIP席にはいつのまにか、巨大な水球がひとつ。
そのなかにはサクヤさんが、すっぽりと閉じ込められている!
「早まるなカナタ! てぇぇやっ!!」
イツカが跳躍した。ひととびでVIP席へ。
サクヤさんに当たらない軌道で、水球に斬りつける!
しかしまるで水面に斬りつけるかのように、水球の傷はふさがってしまう。
「くそっ、破壊できねえ?!
待ってろサクヤ!『0-G+』!! だめかっ、『0-G』!!」
イツカが繰り出す、最大級の攻撃も、水球を散らすことはできない。オリジナルである移動技でも、その中に侵入することはできない。
おれは一つ息を吐いた。
「……いいよ。どのみちやらなきゃならなかったことだ。
フィル=シグルド=シルウィス。天狼の名にかけてというならば、いま一度あなたを信じましょう。
彼女の解放を。そうすれば、あなたの前にこの薬指を差し出しましょう」
おれは左手を彼の前へとかるく差し出す。
やつが顔を上げる、と同時に水球は四散した。
「言っておきますが……」
「ええ。咬んで再び閉じ込める、などという外道は致しませんよ。
……たとえサーヤに、『水中呼吸』のスキルがあったとしましてもね?」
最後の言葉をささやくやつは、歓喜の表情だった。
いっそひっぱたいてやろうかと思ったところで、おれの手が引き寄せられる。
やつはそして、婚約者にでもするような丁重さで、手の甲にくちびるを落とし、薬指に歯を立てた。
「それで。勝負の形式は」
「そうですね。ここは後衛同士の一騎打ちとしませんか。
せっかくベニーもおぜん立てをしてくれたことですし、ね」
「いや、別におぜん立てしたわけじゃねえんだけど」
「ベニーさん、いっそこのままおれたちの味方しちゃいませんか?」
いい加減腹の立ったおれは彼女にスカウトをかけてみたが、さすがにそれは断られた。
「ああ、悪い。それでもオレ、開戦派なんだわ。
回復してもらっといて悪いけどさ……」
「いえ、あれはおれが勝手にやったことなので。
――そうですね、いいですよ。
あなたは『六柱』メンバーでもありませんし、ふたりでかかるのは絵面的にダメなかんじしかしませんからね?」
言外に、二人を相手するのはお前にゃ荷が重かろう、それともボスキャラ気取ってみるかとシグルドを挑発してみる。
もちろんこんなのに乗るやつでもない。
「では敬意をこめて、こちらはサーヤと二人でかからせていただきますか?
って、ああサーヤ! 何をやっているんですか!」
わざとらしく声を上げ、示す先をみておれは「はああ?!」と声を上げてしまった。
なんとさっきとは逆に、イツカがでっかいシャボン玉の中に捕まっている。そしてシャボン玉には、サクヤさんがうれしそうにもたれていたのだ。
「だいじょうぶですわ、なかには水を入れていません!
シグルド様、お勝ちになるのでしょう?
そうしたら、カナタ様のすべてはあなたのもの。イツカさまは、わたしに下さるお約束ですもの♪
これはただ数分予定を早めた、それだけのことですわ。
イツカさま、わたしのにゃんこになるとおっしゃって。
そうしたら、ここから出してさしあげます。
でも、言ってくださらないのなら……」
『涙硝』サクヤの腕の下、シャボン玉が少しだけ、その大きさを小さくした。
昨日はご心配をおかけしました!
おかげさまで元気出ました( ;∀;)
次回。ライアンさん怒る!
お楽しみに!




