64-7 『狼牙』斃る――意外過ぎる結末といにしえの儀式<SIDE:ST>
「いくぜっ!『天狼の息吹』!!」
「『ムーンライト・ブレス』!!」
ふたりが最初に打った手は、自己強化を発動しながらの斬りつけだった。
高く、重く、澄んだ音が、屋内闘技場に響きわたった。
『狼牙』ベルナデッタは、大精霊『天狼フィル』のチカラを身に宿して戦う、身体強化系の剣士だ。
ときに力の一端を斬撃に乗せ飛ばしてくることもあるが、近接戦を好み、大きく間合いを取ることはあまりない。
機動力に優れ、ダイナミックに間合いを変えられる『跳び猫』にとっては、得意なタイプの相手だ。
さらにラッキーなことに、イツカは同門の徒であるタクマ君とバトルをしている。つまり、彼女のリズムを身体感覚で推測できる状態だ。
装備品はアップグレード済み。耳飾りにもバニーの力が詰め込まれ、本人にはナツキが宿っている。もちろんここに来る前おなかいっぱいゼリーポーションを飲ませてある。
これだけそろって、イツカが後れを取るわけはなかった。
時に踏み込み、時に距離を取り、黒猫は紅の狼を翻弄する。
それでも彼女は、むしろ楽しそうだ。しなやかな体からあふれるバイタリティと豊富な経験とで、貪欲に食らいついていく。
身長差を生かした、上段からの斬り下ろし技『スマッシュ・ファング』をダメージソースに善戦するさまは、敵ながら応援したくなるなにかにあふれていた。
「なあベニー! これおわったらさ! またやろうぜ!
楽しい! すっげえ楽しいぜ!!」
「ハハ、いいな!
そうだな、決闘なんかじゃなしに!
そうだ、タクマもまぜてバトロワしねえか?」
「いいな! ハヤトも誘おうぜ!」
「もちろん! あいつともやりたかったんだ!
あー、たのしみだー!!」
そして本人たちは、斬りあってると思えないほどの能天気な会話をかましている。
それを見ておれは思った。
イツカがまた一人ふえた、と。
このフィールドには、とくに後衛スタートラインなどは引かれていない。
よって、おれは大体いい位置まで下がると、両手をゆるく垂らし――
斬り結ぶイツカを中心に、室内全体に目を配り、耳を澄ましていた。
ボディーガードとして一緒に来てくれた『Bチーム』のみんなは、待合で待機という名の締め出しを食らっているため、おれがしっかり見ないといけない。
というのも、全く信用がならないからだ。
『シグルド氏はサーヤさんとデート』『エイドリアンさんが話をしたいといっている』といっていたのは、どちらもミスリード。
『デートをここでしないとは言ってない』『エイドリアンさんについても名前を出しただけ』状態だ。
この時点ですでに、キレて帰っていいレベルである――闘技場の壁面に輝く遠見水晶がここの様子を、デモ隊をはじめとした外部に流してないなら。
反和平派にとって、これは千載一遇のチャンス。
ということは、おれたちにとっても、チャンスなのだ。
イツカが無様に負けたり、おれが興ざめな対応をすれば、それをネタにシグルド氏は反和平派をあおり、月萌の怒りを買って、事態は開戦へと大きく踏み出すだろう。
だが逆に、おれたちが見事なまでに勝てば。『こいつらを擁した月萌と、まともにやったところで勝てない』と思わしめれば、士気は低下する。
鎖国で平和ボケした月萌ぐらい、正面からやればひとひねりだ、そう考えているものが反和平派には少なくないからだ。
よっておれ的には全力でイツカを支援したいところだが、いまは信じるのみ。
さいわい一進一退を繰り返すうち、イツカが徐々に押しはじめ……
唐突に、それは起こった。
ベニーさんの背中で、銀色の光がはじける。
「は?!」
「おい……?!」
彼女の足元にころがったのは、どす黒い燐光を宿した細身のナイフ。
一撃必殺の攻撃『背刺撃』だ。
放ったのは、あいつ。
フィル=シグルド=シルウィスは、従妹を背中から攻撃したのだった。
まったく、気を付けていて正解だった。おれの展開した神聖防壁は、ギリギリでベニーさんを守っていた。
といっても、無傷では済まなかった。
必殺の攻撃をまともにくらい、ベニーさんはがくりと膝をついてしまう。
「おいてめえ! なにやってんだよ!!
ベニーは味方じゃねえのか、それを!!」
戦える状態ではない。イツカは彼女をかばい、シグルド氏に怒りの剣を向ける。
おれも彼女に駆け寄った。
「ベニーさん、回復します!」
「いや、いい。
オレの負けは時間の問題だったからな。
それより、無駄なTP使うな。まだ終わりじゃないぞ」
「って……」
ベニーさん本人に断られ、おれは手を止めた。
そこへ響いてくる笑い声。あいつだ。
「さすがに、ベニーは賢明ですね。
べつに味方じゃありませんよ、いまの彼女は」
「は?!」
「『その決闘、私も一枚かませろ』とはいいました。
『我々が勝ったら、デモを開始させていただく』とも。
けれど『私はベニーの味方だ』とは言っていません。
私はイツカくんの味方としてここで機をうかがい、必殺の一撃を放ったというわけです。
さあ、『我々』は勝ちました。反和平派によるデモを始めさせていただきましょう」
最高にむかつく笑顔、最高にむかつく論法。
だが、そんなのに流されてやるおれではない。
むしろ、ニッコリ笑顔でお返しだ。
「異議あり。
おなじことは、おれにも言えますよ。
いつおれが、『イツカだけの味方だ』と言いました?
さっきまでのおれはあなたの味方でもありましたよ、フィル=シグルド=シルウィス。
『おれたち』は勝ちました、あなたの機転でね。
ですので、それはなしです。開戦も、デモの開始も。
さて、どうします? 今度はあなたおひとりで、おれたち二人と戦ってみますか?」
するとやつは――シグルドは、嬉しそうに笑った。
「それでこそだ、カナタ・ホシゾラ!
最高だ。それこそが見たかった!!」
かろやかな身ごなしでVIP席を飛びだして、まっすぐこちらに歩いてくる。
そして、まるでプロポーズでもするようにひざまずいた。
「奸智長けた、麗しきうさぎの王子よ。
今こそ改めて申し込もう、『フィル』の薬指の決闘を。
敗者のすべては勝者の所有に。
これに偽りは存在しない。違えれば死、あるのみ。
受ける度胸はおありか、月萌最強の片翼よ」
ブクマ減ったり、いろいろとあり……。
いや、前向いていきましょう。
ソリステラス編、佳境です。
次回、美少女暴走(※計算のうち)!
どうぞ、お楽しみに!!




