Bonus Track_64-2 奏者の誇り! ニセモノ名探偵とホンモノの音~アスカの場合~<SIDE:ST>
メイ・ユエ氏のオリジンはクラフターだ。知識と技術への貪欲さ、ひたむきさはだから、僕たちと同じで、ゆえに好ましく思っていた――彼女がクロであっても、それは変わりえない。
そして、彼女の容疑を立証しきれたとして、状況は劇的に良くはならない。いずれにせよデモは始まる。ステラ領軍警察は鎮圧に動かねばならないし、イツカナも決闘を避けることはできない。
だがそれらは、手抜きをする理由にはならないのだ。
僕は一つ大きく息を吐くと、瀟洒な門構えを見上げた。
今日の主賓はミルルさんだ。真新しい制服姿も初々しい彼女に続き茶房のひとつに赴けば、すでに準備は整っていた。
靴を脱ぎ、床に座るタイプのそこには、鮮やかだが品のいい紅の敷物。
その上に、人数分の座布団とひとつの琴と、二人のメイドと女主人が待っていた。
黒髪のメイドたちとあるじは、いずれも青のつややかなチャイナ服の美女。まさしく、絵のようなあでやかさである。
「お出迎えもせずに、ごめんなさいね。
もし足がおつらいようでしたら、椅子をご用意いたしますけれど……?」
「お心遣いありがとうございます、メイさん。
わたしたちは、大丈夫です」
すこし硬い調子のミルルさん。しかたない、こんな場面に慣れている少女なんかそうそういはしないだろう。
自分のためにとプロが、個人的に演奏をしてくれて……
そしてそれをもって、彼女に容疑をかける。心中複雑どころの騒ぎではない。
それでも彼女は、この場に立つことを選んでくれた。
なら、僕も全力出すまでだ。
と、メイ氏の視線が僕のすぐ横、ハヤトの抱えた袋に向いた。
「そちらの包みは、琴ということでしたけれど……
お始めになったのかしら?」
「ええ、あの、アスカさんが」
「まあ、それはそれは。
後でお聞かせくださらない? アスカさん、きれいな指をなさっているから……きっと良い音を奏でられますわ」
「お耳汚しにならないといいのですけれど」
やんわりと笑顔で返した。もちろんわかる、これは社交辞令だ。
ただの野郎の僕の手が、やんごとなき女性より綺麗なわけもない。もっというなら、僕的にはハヤトの手のほうが綺麗だと思う。
鍛え抜かれた、大きくて、優しい手。いつも、僕を守ってくれるあたたかな手。
つい視線をやったら見とれそうになってしまって、あわてて咳払いした。
そうして始まった演奏はしかし、中途で途切れた。
ひどく弾きにくそうにしていたのでつい心配になったほどだが、やはりというべきか。
メイ氏は手を止め詫びる。
「ごめんなさい。
言い訳となってしまうけれど、ほかの方の奏法をまねるのは、思っていたより簡単ではないわね。……次お会いするときには、きっと」
「ううん。充分です。わたしのために弾いてくださった、それだけで、もう……」
素人目にもぎこちない運指に、ミルルさんは涙ぐんでいた。
この状態で始めるのは、正直やりづらい。マールさんも同じ気持ちのようだ。
けれど、ここで止めるわけにはいかない。流されるわけには。
あえて若干空気を読まずに言い出した。
「それじゃ、おれのやつ。聞いてくれますか?」
「ええ、お願いいたしますわ」
ちょうどよかった、と言いたげな美しい笑顔は、しかしすぐに怪訝なものに。そして、しまいにはひきつったものへと変わった。
「……なんですの、これ?」
たっぷり反オクターブは低い声が、演奏をぶった切る。
むりもないだろう。だって、これは。
「ええ、同じ曲です。
メイさん、もしかしたらこのようにお弾きになりたかったのかなーと」
そう、あの動画のなかの演奏を――彼女の『にせもの』がソリスで披露したやつを、プロンプターアプリを使って真似たもの。つまり、完璧に同じ『だけ』の、薄っぺらなシロモノだ。
僕はしゃあしゃあとこたえた。小綺麗なこの顔立ちが、こんなときはむしろ腹立ちを増幅するものと知りながら。
はたして、メイ氏は柳眉を逆立てた。
「ばかにしないで!
それ、あの動画の演奏をプロンプターで真似ているわね。形だけだわ。くだらない」
一発で聞き分けた。そして食いついてくれた。さすがは、というべきか。
僕はあくまで冷静さを保ちつつ、決め手となる言葉を告げた。
「ま、この体、くぐつですからね。
――急ごしらえの人形が弾いた音なんて、こんなもんですよ。
そんなもんが、ピュアな少女をあんなに惚れこませることなんか、できるわけがない。
あの日ミルルさんたちに演奏を聴かせたのは、本物のあなただ。そうですね。
……そのときの動画と、さきほどのあなたの演奏の録画から、様々な一致度を算出すれば。あれは間違いなくあなただったと、そういう結果になるはずです。
口紅は、既にフェイクと分かっていますけどね」
「………………!!」
チャイナ服のメイドたちが、厳しい表情で一歩前に出る。
しかしそれを止めたのは、ほかならぬメイ氏本人だった。
がくりと肩を落とし、つきものの落ちたような様子で語りだす。
「……いいわ。
あなたのいう通りよ、くぐつの名探偵さん。
あの日ソリスに赴き、弾き語りをしたのは。そしてミルルさんに3Sフラグメントをつけたのは、この私。
『エバーブルーミング』の新色を模した『3S入りルージュ』も、私が作ったものだわ。
くぐつを使って行うべき作戦だった。でも、どうしても我慢できなかったの。
この私のものとして、くぐつがプロンプターで模しただけの、薄っぺらな音をひとに聞かれるのは。
一度奏でただけの『私の』音にほれ込んで、可愛い鼻歌まで歌ってくれるようになった子を、突き放すなんてことも……!」
「メイさん!」
ミルルさんが腰を浮かせた。
メイ氏は彼女にむけ、深く、深く、頭を下げる。
「ごめんなさいミルルさん。本当に、申し訳ないことをしたわ。
わたしたちは一人の少女のこれまでを、これからを奪ってしまった。
言い訳をするつもりも、資格もないけれど……」
彼女の前に座るミルルさんは、そっとその手を取った。
「3Sフラグメントをこっそり使うのは、確かによくないことです。
でも、わたしはなにも、奪われていませんよ?」
そして、きらきらとした天使のほほえみを向けた。
「わたし、群れを出てここに来たことで、おともだちがいっぱい増えました。
いままで知らなかった、すてきな場所やものを知りました。
いっぱい、いっぱいもらったんですよ?
この世で一番、音楽にひたむきな、素敵なひととも出会えました。
だから、わたしに謝らないで。
どうしてもっていうなら、わたしのお友達になってください。そして、素敵な音をまた聞かせてください。
考え方やみえてるものは、いろいろ違うかもしれないけれど、それでもわたし、……
あなたの生き方、すきですから」
メイ・ユエ氏は声を上げ、泣き崩れた。
ミルルさんも優しく包んであげながら、一緒に涙を流している。
チャイナ服のメイドさん二人も、そばに膝をつきもらい泣き。
やばい、僕までなんか涙腺に来てる。
マールさんも鼻をすすりつつ、「わたし出番、なかったわね」なんて冗談めかし、泣くのを我慢している。
そう、本当ならここでマールさんか、学園長に確認してもらったルージュのひみつをとくとくとしゃべる予定だったのだ。
まあ、いいか。
まもなく泣き止んだメイ・ユエ氏は、しっかりとした様子で頭を下げてきた。
「わたくしは、ソリステラスの法を破りましたわ。
『3Sフラグメントの不法所持、密輸、無断使用』。
それだけは確実に確かなこと。その償いは、せねばなりません。
どうぞわたくしを、しかるべき場所へお連れくださいませ」
「……いえ」
表情を引き締めたマールさんが言う。
「今は外に出ないほうがいいです。
街のあちこちで、不穏な集会が開かれているようです。
ここで、すこし待ちましょう。
友達の友達はみな友達。友達には余計なケガなど、していただきたくありませんからね?」
最後にニコリ、笑った顔は、すこし小悪魔めいてみえた。
彼女はほんとうはわかっているのだ。
おれたちがここを出る姿、それが、デモ開始の引き金となるということを。
もしも三巨頭のひとりたるメイ氏を連行していれば、反和平派を狙った不法逮捕だと――
連れていなければ、いいがかりをつけてそれを立証できなかった馬鹿どもはとっとと消えろ、と言葉を投げつけ、状況が始まる手はずになっている。
しかしこれが、いつまでたっても出てこなければ。
焦れた者たちが騒ぎ出し、デモの統制は失われ、彼らは正義と有利を失うのだ。
もちろん、すでに商店は店を閉め始め、軍警察の人員も静かに配置についている。
おれたちができることは、ここで情勢を見守りながら、イツカナの戦いの開始と、勝利を待つこと。
動画が流出さえすれば、暴徒もしくはプレ暴徒たちの注意はそちらにゆく。
そして戦いとなればきっと、月萌最強バディはやってくれるはずなのである。
ついにこの回がやってきた――(感動)!!
ここまでの準備が長かっただけにちょっと拍子抜けするほどさらりと書けました。
次回は、ちょっとだけ月萌サイド。
日常回っぽくありますが、イツカナの決戦のヒントとなる、ちょっと重要なことを言う、そんな予定です。
どうぞ、お楽しみに!




