8-1 演目:旅の聖者とふしぎなふたり(上)
「ふいー、終わった終わったー!」
「お疲れイツカ!」
「おつかれー!」
入出場ゲートをくぐって戻ってきたイツカは、スッキリとした顔をしていた。
やつはつい今しがた、7匹のスパイダーマンティスを相手に無双してきたばかり。
しかもボスの超大型は、昨晩仕上げたばかりの『ひとりムーンサルト・バスター』で見事沈められたということで、鼻歌でも歌いださんばかりのご機嫌ぶりだ。
出迎えたおれに笑顔を見せ、ミライの頭をわしわし撫でる。
そんなやつに、ミズキたちも駆け寄ってきた。
出番直前でもう衣装も着ているけれど、それよりはイツカと話したい気持ちが勝ったらしい。
我が相棒ながら、なかなか立派なアイドルぶりである。
「すごかったよイツカ、あの空中でのアクション。
二段ジャンプなんていつ覚えたの?」
「昨日。ミズキのおかげなんだぜ?
三人との模擬戦で、空中蹴って姿勢立て直してたじゃん。だったら俺もできるかなーって」
「そこから二段ジャンプって、技術が飛躍しすぎっス!!」
「スキルだけで二段ジャンプできるの、オレたちの中でもソーやんだけなんだよ!
イツカは猫なのにすごーい!」
ソウヤがヒャッハーと盛り上がれば、シオンも無邪気に耳パタパタ。
「へへ、サンキューな。
……俺、ここまではカナタに頼りっぱなしだったからさ。
ここんとこでそれ思い知ったんだ。
だから、すこしは一人でもやれるようにならないとってな!
今日はさっそく役に立ってよかったよかったってわけだ!」
「オレもいつか、そんな風になれる日がくるのかな……」
「くるに決まってるだろ?
シオンはちょっと順番が前後しただけだ。
ここまでの経験は、ぜってー無駄にはなんねえよ!
がんばろうぜ、一緒に」
「うん!」
シオンの頭をわしゃわしゃとなでてイツカが笑えば、シオンもうれしそうに笑う。
その様子を見るアスカが、微笑まし気に目を細めた。
「はー。イツにゃんすっかりいいお兄ちゃんだねー。見ててなごむわー」
「お、おう……」
「ハーちゃんはさしずめ、それを見守るお父さんポジだねん♪」
「げほっ?!」
そうしてハヤトをからかえば、イツカとソウヤ、シオンとミライが、たちまち悪乗りする。おれは……うん、ちょっと納得してしまっていた。
「おー!」
「イメージぴったし!!」
「うんうん!」
「たしかにー!」
「よーしよーし。てわけでシオっち、ミーたん、ハーちゃんのことパパってよんでみそー」
「やめろー!! こんなでっかい子供俺にはいないからっ!! まだそんな年じゃねーしっ」
「そうなるとお母さんはアスカかな?」
「は」
だがミズキの無邪気な一言に、一瞬アスカが凍り付く。
そして、いつにない勢いであわてまくった。
「……あれ? 俺、なんかおかしいこといった?」
「みみみみミズきゅん?! おれこんなおっきーこどもいないよっ?! ていうかこんなでっかいおっ……おおお夫も妻もいないから!! い、いなっ、いないんだからねっ?!」
「お、お、おう……」
「ほーう。シオ~、ミライさ~ん、あーちゃんをママって呼んでみようかー」
「ソーやんモフるよ?!」
アスカがぷちキレれば、ミズキがごめんと仲裁に入る。
「あっごめんごめん、そういう意味じゃなくって。
……ほら、今日のこの日があるの、マネジメントしてくれたアスカのおかげでしょ?
アスカは『うさもふ三銃士』の生みの親だから。だからお母さん。だめ?」
小首をかしげて笑う彼は、どこまでもピュアだった。
清らかでたおやかな笑顔を見ていると、なんだかおれまで浄化されそうになる。
アスカはちょっと恥ずかしげに、指先をつつきつつ上目遣いになる。
「いやそのー……そんな清楚な笑顔で言われるとー……
いや、こーいう場合ってやっぱ『父』ぢゃん……?」
「たしかにそうかも。
それじゃあ、『お父さんたち』、行ってまいります」
「え……あっ、はあ……」
「応援してなー、おやじに兄貴たち!」
「ぜったいカッコよくキメるからね! 見ててねっ!」
そうして、白とグレー、緑のクロークをまとった三人は、フィールドの方へと歩いて行った。
いってらっしゃいと見送って、おれたちは関係者席への階段を駆け上がった。
三人の仲間たちの晴れ姿を見守り、めいっぱいの拍手と声援を送るために。
* * * * *
満場の観客が見守る中、ふいに入場ゲートから、白いクロークをまとい、フードを深くかぶった人物が駆け出してきた。
幾度か後ろを振り返り、焦った様子で。
理由はすぐに明らかになった。後ろから、三体の魔物が後を追ってきたからだ。
黒い外皮に身を包んだ、二足で走る肉食竜。体格は竜族にしては小柄で、体高2m程度。
ダンジョンクエストでの強敵、シャドウラプトルだ。
クロークの人物の足はかなり速く、逃げ切ることは不可能でもなさそうだった。
しかし彼は、フィールドの中ほどまできて一瞬、足を止めてしまう。
前方からも魔物が現れたのだ。
身の丈3m、中型のウッドゴーレムが二体。
ゴーレムの中でも動きの速い、意外と厄介な敵だ。
『ティアブラ』のゴーレムは、複数体一緒に出てくるときは連携をとってくることがある。
今回のかれらは、不運にもその厄介なほうだったよう。二体がかりで白クロークの行く手を阻もうとしてきた。
だが白クロークは、軽やかにその危機を脱した。
地を蹴って跳躍すると、ひらりとゴーレムの肩に飛び乗る!
不安定な足場で素早く抜刀。天に掲げた切っ先に、涼やかな一声で青白い炎をまとわせる。
「精霊の火よ、切っ先に宿れ!『セント・エルモ』!」
ぶわりと膨れ上がった炎の姿に、ラプトルたちがたじろぐ。
ゴーレムたちは、白クローク本体ごと、炎宿す剣をはたき落とそうとする。
白クロークの人物は身軽にその手をかいくぐり、ゴーレムの背中側に飛び降りた。
そうして、鋭く足首に斬りつけたが……
そこからはぶすぶすと煙が上がったのみ。
なんとこのウッドゴーレム、湿気っているようだ。
白いクロークの頭上から、ウッドゴーレムの巨大なこぶしが、鋭く叩きつけられた!
しかし、こぶしの下にあったのは、ふたつの足跡だけ。
白クロークの姿はすでに、5mほど向こう。とっさに剣を引き、後ろ向きにひとっとびして難を逃れていたのだ。
それでも、それはただ、激突の先延ばしにしかならない。
二体のウッドゴーレムと三頭のラプトルは、白クロークのもつ炎の剣を警戒しているふうで、遠巻きに様子を見ている。
やがて、相手は無勢とふんだのだろう。じり、じり、と距離を詰めはじめ……
ついにラプトルの一体が躍り出た!
「『ファイアブリッツ』!」
しかし勇気あるそいつは、横合いからの一撃で横転してしまう。
赤い残像を残す一撃は、見事にクリティカルヒット。ラプトルを一撃で黒い光球と変え、消滅させた。
同時に響くは、ほんのりハスキーな少年の声。
「へいへーい、そこのイケメーン! 助けが欲しいかなー?」
新たに開いた入場ゲート。そこから悠然と歩いてきたのは黒いクロークをまとった人物。
彼は赤い彩色の施されたダーツを構えて、にやり、整った口元を笑ませていた。
あわわわ……ブクマまたいただきました! ありがとうございます!
次回と次々回(……は後半例のライブです)でこの演目を描きます。
のんびりお付き合いいただけますと幸いです!
おかしいな、なんでバトルって一話で終わらないん……?




