Bonus Track_64-1 茶会、来るべき勝利を祝して~シグルドの場合~<SIDE:ST>
涼しき木陰の茶房には、再び、あの顔ぶれがそろっていた。
対面の女主人は微笑んで、われらに金色の茶をすすめる。
「さ、どうぞ召し上がって。
あしたは決戦の日。お互いに、しまってまいりましょう」
「はい! がんばりましょう!」
嬉々としてうなずく左隣の娘は、愛らしく一口を含む。
彼女の献身は、どちらかというと女主人に向けてのもの。目当てはあの黒猫だというのはとっくに承知済み。
かまわない、私の一番は弟で、手に入れたいのは青ウサギ。彼女もそれを承知している。
彼女にならって茶をすすれば、桂花の香りがまろやかな触感をもって口腔に広がった。
舌の上で転がし、ゆっくりとのどに通せば、すっきりと吹き抜ける爽快さ。
浮き上がる笑いを抑えることなく、私も言の葉を紡いだ。
「ありえませんよ、失敗なんて。
あれらは情にもろい。『0-G』の弱点もすでにつかんでいる。
一度罠にかけてしまえば、第三覚醒でも起こされない限り、逃れる手立てはありません」
「その前に、オレの剣で下しちまってもいいんだろ?」
右隣の同僚が、菓子を一口で平らげ笑う。
「ええもちろん。それで済めば、こちらはラクできますからね」
「だめですわよ、あの仔はわたくしのですからねっ?
もちろんときどき貸してあげますけれど、つやつやの毛並みをブラッシングして、きれいなリボンを結んであげて、おねむになったら子守唄をうたってあげるのはわたくしなんですからっ」
すかさず口をはさむサーヤ。むきになった口調、ちょっとふくれっつらなのがまた可愛らしい。
その気持ちはわれらが剣士も同じのようで。
「はいはい、サーヤはかわいいなあ。
取らないよ、オレにはもう、かわいい妹がいるからな。
シグルドはいいのか? あいつ、一応野郎だろ?」
「いいんですよ、『機能』は積んでいないそうですから。
そうですよね、メイ殿」
「ええ。
あれらのくぐつには、『夜戦』用の仕様は搭載されていないとのことですわ。
ハニートラップ対策なのでしょうけど、まあ、必要なら後から付ければいいでしょうね」
メイは意味ありげな流し目で笑う。
なるほど、私が必要とするだろうと。なかなかに酷いほのめかしだ(ちなみにサーヤはきょとんとしている)。もちろんそのままお返しである。
「おやおや、第三基地での勉強会に欠かさず出席していたのはそのためですか?」
「御冗談。
そんなものよりずうっと興味深いことがいくらもあの子たちには隠されているの。
この件を乗り切ったなら、月萌に留学したいくらいよ」
「そのときはわたくしも一緒に参りたいですわ。
ミソラ・ハヅキ学長は竪琴の名手。ミツル様とソラ様の美声も直にお聞きしてみたいですし。
シグルド様もいらっしゃるでしょう? オリジナルのカナタ様を手に入れるチャンスですもの!」
「いやお前たち戦争どーすんだよ?」
「ま、すぐに勝てるでしょう。こちらは連合国、あちらは小国にすぎませんから」
「違いねえ!」
そう、ミッション『エインヘリアル』は成功のうちに終わるのだ。
この世界に唯一残った敵国、月萌を落としてしまえば。
簡単なことだ。奴らから仕掛けさせればいい。
鎖国結界が解かれてしまえば、空から一気に攻め落としてしまうことができる。
そうすれば、あの勝負も、消えてなくなるだろう。
そして、僕は、もういちど――
「では皆様、乾杯しましょう?
明日の勝利に!」
「明日の勝利に!」
そのとき、女主人の声が私を現実に引き戻した。
乾杯だ。もちろん高らかに杯を掲げて飲み干した。
喉を吹き抜ける爽やかさ。ああ、実に良いものだ。
勝利の美酒は最高だ。しかし、すでに決まった勝ちを臨んで喫する佳茶もまた良きもの。
私は最高級の桂花の香りのなか目を閉じ、勝利の予感に酔うのであった。
優雅なる悪代官パートです。黄金のお菓子のかわりに金色のお茶をたしなみます。うまうま。
次回、作戦会議の予定!
どうぞ、お楽しみに!




