63-9 歌ってイツカナ! 心満たすお振舞い!<SIDE:ST>
「おおお! 広ーい! すげー!! ヤッホー!!」
町のはずれの発着場には、魔力式気球を擁した飛行船がスタンバイされていた。
風魔法も駆使して舞い上がり、窓ごしにのぞむ酪農区域は、地平までずっと続くパッチワーク。
広々とした眺望に、イツカはまたしてもハイテンションだ。
もちろんちょっとやそっとぴょんぴょんしたところで大丈夫だろうが、心配なのでおれがうさみみロールで確保している。
まわりの皆さんにはほっこりした目で見られているけれど、しらないふり。知らないふりである。
このパッチワーク地帯で生産されているものは、プレミア付きの超高級品である。
あれから地下通路から直接商業地区にあがったおれたちだが、もちろんこれを拝むことはできなかった。
卸の店舗にも小売店にも、並んでいたのは地下製のものだけ。
ただ僅かに、ソリスから輸入される農畜産品が高級品として専門店に入荷していた。
ソリスのマルシェでは逆に、ステラの地下製品が高級舶来品として売られていた。
なんだか、不思議なかんじがしないでもない。
しかし、広い。月萌で見た牧場とはくらべものにならない規模。イツカはもうルンルンだ。
「こんだけ広かったら、シゴトしがいありそうだなっ!」
シイラさんを見上げてきらきらしているイツカだったが、かえってきたのはやさしい笑みと『ごめんなさいね』だった。
「この規模ですから、とても人手では賄えないのですよ。
移動も小型飛行機を使い、作物や牧草には各種魔法薬を空からまいて与えます。
向こうで放牧されている群れは、畜産用に改良された大人しいサンドブルの変種ですが、あれを管理しているのもまた、ゴーレムです。
今のステラの農畜産業に必要なのは、体力ではなく、スペル技術。つまり技術者でなければ、お手伝いも難しいしごとなのです」
「ええ……じゃあ、人間が世話してやることってのはぜんぜんないのか?」
「現在それを行っているのは、王室御用達の数軒のみです。
あなた方の歓迎とお見送りの宴では、そこで産されたものが供される予定ですよ」
「そ、そうなのか……
いいのかな、俺たちだけ、そんな贅沢させてもらっちまって……」
なんてったってこちとら、筋金入りのド庶民だ。
イツカは耳を折ってしゅんとしてしまうし、おれも神妙な顔になってしまう。
シイラさんは手間のかかるガキんちょどもに、微笑んで言ってくれた。
「聞きましたよ。ステラ様が、寝台よりお立ちになったと。
混乱を避けるため、まだ広くは知らされていませんが、我々関係者にはその話は回っております。
あなた方は、それだけのことをなさったのです。どうぞ胸を張って、その栄誉をお受けになってください」
「……ありがとうございます」
おれは笑顔を返せたけれど、イツカはがくっとうなだれてしまう。
やつも直感したのだ。こればっかりはどうにもならないと。
まず、お金が足りない。
おれたちは『月萌でいちばんえらい人間』だ。専用の予算もいくらかついてるけど、王侯貴族レベルのごちそうを大盤振る舞いするほどの額ではさすがにない。
そして、仮に資金調達ができたとしても、量が賄えない。相手は自然と生き物なのだ。今から二週間で出荷を増やす、というわけにはいかない。
だからといって、狩ってくるというわけにもいかないのだ。動物の命を奪うことをいやがる人々が、このステラには無視できない数存在している。かれらはむしろ反発するだろう。
つまり、気持ちはあっても、打つ手はない。
「……どうしよう。俺、みんなにもごちそうしてやりたいけど、どうにもできない」
イツカの口からこぼれた言葉は、しかしシイラさんに優しくすくい上げられた。
「どうかその気持ちを込めて、歌ってください、宴の日のステージで。
みんな、あなた方を大好きなのです。
強くって優しくって、魅力的なお二人のことが。
お二人がこの国で見せてくれるステージは、皆の一生の宝物となります」
「そっか……わかった!
俺、歌う! めいっぱいの気持ちを込めて、歌うっ!」
「ありがとうございます、がんばります!!」
イツカの猫耳としっぽがピョコン。顔もパッと輝いた。
おれもお礼を言いつつも、顔がほころんでしまう。
みればマルキアや、『Bチーム』のみんなもうなずいてくれている。
そうだ、おれたちには、歌があった。
ステラから戻るその日、送別パーティーの様子は全国中継される。もちろん、俺たちのステージもだ。
そのときは、めいっぱい歌おう。みんなの心がおなかいっぱいになるような、最高のステージをプレゼントするのだ!
このときおれたちは、おれたちをアイドルバトラーにしてくれたひとたちに、もう一度心から感謝した。
* * * * *
おれたちが大人だったら、あるいはこの後、夜の街を回って食事会、という流れになったかもしれないが、やはりそれはないらしい。
ソリスでも思ったのだが、やはりおれたちが子供であるということが、ネックになっている気がする。
「大丈夫よ。あなたたちがするべきは、今まで見ていなかった土地を見て、その空気を感じ取り、譲れないところを確認すること。
グランドマザーとの謁見の結果いかんで、この世界は大きく変わるのだから。そのあとのことは、そのあとよ」
マルキアは励ますように言ってくれた。
ここは、素直に受け取っておこう。
よく考えたら大人であっても現状、見せてもらえないところはあるのだ――イングラム家のひいおじいさんたちが入れられた場所。Ωたちの収容施設だ。
ステラ国で罪を犯した者も、月萌同様Ωとして服役する。
すなわち社会奉仕活動を行い、得たTPやBPを決められた額まで国家と被害者に支払うのだ。
ステラにティアブラはないけれど、上級魔法院やステラ領軍では、シミュレーションバトルシステムを用い、さまざまな仮想敵と戦うことも可能だ。そのさいの『何か』にかかわっているとするなら、最高機密にも近い。見せるわけにはいかないというものだ。
そんなわけで、夕食前にはおれたちは基地に戻り、ステラ領視察一日目はつつがなく終わったのであった。
……これ、視察っていうより見学だとひそかに思ってます(爆)
次回、なぞの誰かのモノローグの予定です。
どうぞ、お楽しみに!




