63-8 ステラの地下の、ワンダーランド!<SIDE:ST>
そこに広がっていたのは、ソリスでみたそれとは対照的な景色だった。
総支配人マルク=シイラ=レクセルさん――どこかエルマー君に似た、褐色の肌と月色の瞳を持つ、背の高い女性だ――に連れられて、地下食糧生産区へと赴いたおれたちは、ステラの最先端ぶりにあらためて驚いていた。
分厚いガラス窓の向こう、一面に並ぶガラスタワーの各層に、野菜や果物の株がずらりと活けられ、ピンクの光に照らされている、といえばいいのか。
水耕栽培による『野菜工場』だ。
タワーの間を小型ゴーレムが音もなく巡回し、野菜たちの様子をモニターしているのが、なんともファンタジックである。
「ああ、ちょうどいい。あそこ。ご覧ください」
シイラさんのさすほうをみれば、一体の小型ゴーレムがタワーのわきに立ち止まったところ。
すこしくすんだ色のサラダ菜にむけ、かかげた手のひらから放たれたのは、おれたちもよく知る、清らかな白光。
「浄化、ですよね」
「はい。
かつては、病害虫にやられた株は、見つけて除去、廃棄するよりほかにありませんでした。
ですが、それはそれで手間とコストがかかるものでして。
ならば、スペルで治してしまえばよいと。
生育の遅れているものも、生育促進をかけてやればいい。
これならロスも出ませんし、除去からのプロセスもごっそりなくしてよくなるわけです。
貴国でも高天原では、これが導入されているのですよね」
「ええ。
これを全土で行いたいと主張する人たちもいますが、現状は一部試験的な導入にとどまっています。
理由は主に、警備面での不安です。
ステラ領では、ゴーレムの使用と結界術で対応していらっしゃるとお聞きしましたが」
「ええ。そのあたりはわれらの十八番ですからね。
そちらでは逆に、ステラでは廃れてしまった、ヒトによる管理技術が進んでおられる。
これを学ばせていただければ、ステラの技術もより向上するに違いないと考える者もおります――かくいう私もその一人です。
つきましてはいずれ、お互いのノウハウを共有できれば良いのですが」
「ええ、ほんとうに。
平和と幸せのために、豊かさは必要ですからね」
こうしたいわゆる『野菜工場』は、月萌のβ居住区にもある。けれどそこでは、スキルは使われていない。
ユーさんたちの『緑の大地』党は、β居住区においてもスキルを用いた農作物管理を行えるよう、規制の緩和を訴えている――
すでに現場で働いているシティメイドに、狭い範囲での『神域展開』を発動させてスキルを用いることとすれば、大規模な土地区分変更も、警備の問題もない、運用コストも大幅に下がるだろうと。
これにはいろいろな問題があったが、決定的な問題として、シティメイドはΩであり、Ωを人手として用いることは、数年内にはできなくなる。
ついては技術で先を行くステラから、ノウハウを仕入れる伝手を手繰っていただきたい、そうすれば我々も、もっともっと協力にはずみがつくのですが。先日ユーさんは、ライムを通じてそう伝えてきた。
もちろん、できる限りをするつもりだった。Ω制廃止をつつがなく進めることは、ソナタの安心につながるのだから。
さいわいここでの感触は良好。お互いできる限りのことをしましょうとおれたちはオフィシャルの連絡先を交換し合い、握手するのだった。
次に見学したエリアは、なんとも奇妙な心持ちにさせられるあの場所だった。
そこに並んでいるのはベルトコンベアだが、その始点が問題だ。
多重に描きこまれた、複雑な魔方陣がセットされている。
じっと見ていれば真上から、ひとまわり大きな銀色の円筒が覆いかぶさってきて――ぴかり。
錬成光が漏れ、円筒が持ち上がると、そこにはあの見覚えのあるお肉パックが現れるのだ。
これ、ぶっちゃけ言うと、ミッドガルドでモンスターを倒したあとにドロップする、あれだ。
高天原での視察でも、この光景は一度見ていた。
なんなら学園の地下にも、このコンベアはあった。
おれたちがいた「まえのセカイ」にはけして存在しなかったそれ。このセカイに現われてからはじめてみたそれは、いまだにおれに違和感を覚えさせる。
「大丈夫ですよ。これはいつも召し上がっている、普通のお肉です。
このシステムは、たくさんの問題を解決してくれました。
食べるために動物の命を奪う葛藤。それに基づく、国内外の対立。
畜産にかかわるコストの大幅減、品質の均一化」
「……はい」
何とも言えない気持ちでうなずくと、シイラさんは柔らかなまなざしでおれたちを見た。
「タクマ様も、同じお顔をなさっておりました。
スターシードの方々は、不思議ですね。
ここではないどこかの、けれどよく似たセカイを断片的にとはいえご存じで。それゆえに、葛藤を抱えることも。
このセカイしか知らぬわたしなどには、理解し尽くせるものではないのでしょうが……
それが、誰かへのやさしさにつながるのなら。どうか、大切になさってほしいと、そう願われてなりません」
そして、柔らかく、そう言ってくれたのだった。
広大な地下農場は、そのまま食品加工場につながっていた。
生で出荷するわけでないものは、ここで加工してしまえば、それだけロスも出ない。非加食部分についても、一括して処理できるためこうしているということだ。
「主だった商業施設とは、直接地下の通路でつながっています。
各施設も施設で、自社の加工場を有しているので、そこへ輸送するのですよ。
ちょうど……」
「ソリスの草原の民の、うさぎ穴のように」
と、おれたちの声が重なった。
シイラさんはふふっ、とわらって、シナモン色したうさ耳をちょこっとみせてくれた。
このひとのサーネーム――マルクの異名は『地兎』。素早さと知覚力、知力などに大きな恩恵を与える存在で、これと契約したものは、斥候、頭脳担当として地位を得る。
ソリスの、そしてステラのうさぎは、悪趣味な見世物のためのエサになどされていないのだ。
月萌ではなぜ、そんなことになったのだろうか。うさぎのはしくれとして、そのことはいずれはっきりとさせたいものだ。
そういえば、そんな体制を構築したセレナ・タカシロ。彼女のトーテム――もとい、装備は何なのだろう。
おれのなか、疑問はとめどなく、湧き上がってくるのであった。
今は根っこのところにミストで水と養分を与えるという方法もあるのですね。興味は付きません。
次回、続きの予定!
どうぞ、お楽しみに!




