Bonus Track_63-2 密談、とある邸宅で~シグルドの場合~<SIDE:ST>
「『お見舞い』、ありがとうございますわ。
さ、皆さまどうぞお召しあがりになって。佳き香りの茶葉が手に入りましたの。
……もちろんフラグメントなんて入っておりませんわよ」
四つの茶杯から立ち上る、ふくいくたる香気が茶房を満たす。
手ずから入れた香茶を勧めつつ、女主人はふふと笑った。
ここに集った全員が承知している。この『見舞い』はただのフェイクだと。
あの夜、隣席に坐していたのはまさしく彼女。入院していたのは、彼女の替え玉。
ばれる心配などはない。入院先は、ユエシェの息のかかった病院。そのカルテなど、いかようにも書き換えられるのだから。
わが弟はその同僚たちを使い、いろいろと嗅ぎまわっているが、たとえステラ領軍といえどしょせんは部外者。ユエシェのネットワークの内側に食い込むことなど、できはしない。
こうして、自ら飛び込まなければ。
閑話休題。
左隣に坐した乙女が澄んだ笑い声をあげた。
「まあ、よい香り……
喉のみならず、心さえ潤うようですわ。
ありがとうございます、メイお姉さま」
「よかったですわ、お眼鏡にかなって。
本家令嬢を安いお茶でもてなしたなどということにっては、アイリーン様からお叱りをうけてしまいますものね?」
「もう、お姉さまってばっ。
わたくしたちはみな『姉妹』。本家分家なんて、形だけのモノですわ。
そんな風に言われると、サーヤは寂しく存じます」
「あらあら。ごめんなさい、可愛いサーヤ。
悲しませてしまったお詫びに、この茶葉をおみやげに包みましょうね」
「まあ! でしたら許しますわ。ありがとう、お姉さま!」
仲睦まじく微笑みあう美女たち。なかなかに心潤う光景だ。
許されるならばいつまでも眺めていたいものだが、いまは話を進めなければ。
「麗しきお戯れはそのへんに。
あのソリスの少女、どうするつもりなのです?
弾いて聞かせて。取り込むつもりで?」
「ご冗談を。
あそこまでまっさらな子では、使い物にはならないわ。
……適当にフェードアウトすることとしますわ。
貴方もこれ以上おかしなことを考えないほうがいいわね。あの子供たちが友誼を結んでしまった以上、下手にかかわれば……」
なるほど、予想以上の逸材のようだ。
彼女にこんな、素直な言葉を吐かせてしまう少女。取扱注意といったところか。
「ご心配なく。
綺麗な小鳥は、綺麗な籠で愛でるもの。けれど私のもちあわせには、綺麗な籠などありませんからね?」
あの日、ソリスに赴き、あの少女らに琴を披露したのはメイ本人だ。
感染リスクを冒し、フラグメント入りのルージュを塗った唇で、弾き語りを行った。
くぐつにゆかせ、プロンプターで弾かせ歌わせればよいものを。
彼女の弁によれば、あれはこれまでに披露したことのない曲。演奏データを比較され、彼女のものと同定されることはない、ということだったが。
彼女は、あのとき提示した前提をみずから破ろうとしている。
封印したはずの音色を、よりにもよって当事者の少女に聴かせると。
そうして鳥籠に入る危険を冒すのか。一体、どんな酔狂だ――プライドすらも商う、ユエシェの一員が。
婉曲にそう詰めれば、彼女はまたしてもふふと笑った。
「うさぎの籠は、綺麗な籠ではなかったかしら?
私は『あの動画を見て、その演奏を学んだ』のですわ。
プロですもの。そっくりであることは、むしろ当たり前。
いちど、不自然でない範囲内で誤差を織り込み奏すれば、もうあの演奏は『私』のもの。
動画の中の偽物は、そして永久に消えてなくなるのよ」
優美なしぐさで持ち上げられようとした茶碗は、しかしかちゃんとソーサーの上に落ちる。
数ミリの落下ゆえ、周囲に被害はない――物的なものは。
「! お姉さま」
「大丈夫よ、サーヤ。……フラグメント検査は陰性。なにも心配することなどありませんわ」
「練習のし過ぎですわ。
あれからずっと、特訓を重ねていらっしゃるのでしょう?
お姉さまの琴は、わたくしたちの宝。それが損なわれたらと思うと、わたくしは……!」
目を潤ませる乙女を優しく撫でる、うるわしく白い指。
それを惜しむ気持ちは私も同じ。
切り返しへの切り返しをかぶせつつ、伝えることにした。
「あの耳の長い生物の正体は、角のある肉食獣ですのでね。
やつの餌として差し上げるつもりではないのでしょう、そのスノウフィッシュのようなお手を?」
「甘噛みくらいなら、許してもいいかもしれませんわね。
噛まれたくらいで服従を要求されたりはしませんでしょう? ……どこかの狼さんたちと違って」
いたずらな笑いが大丈夫と伝えてくる。
万一があれば、切り捨てるしかない状況なのだが、それでもかまわない、と。
それほどまでに入れ込んでいるのか。それとも、やはり、プライドか。
「もう、ダメ、ダメです!
お姉さま、男はみんな狼ですのよ?
甘噛みなんていいながら、二口目にはからだじゅう、ぱくりとひとのみにされてしまうに違いありません!」
「まあ。婚約者殿は、もうあなたを食べてしまったの?」
「ち、ちがっ……シグルド様とサーヤは、そんな……」
サーヤはからかうような物言いに、ゆで上げたように真っ赤になってしまう。
そう、私とサーヤの間柄は、両家の結びつきを得るための契約関係。
そこにあるのは、幼馴染としてのそこそこの親愛の情と、『同僚』としての連帯感。けして、おとぎ話の王子と姫のような、あまったるいモノではない。
そのとき、空になった茶杯がとんと置かれる音がした。
「やーれやれ、あっついあっつい。
で? 結局のとこ、作戦に変更はねえんだろ。
だったらオレはもう帰るぜ。明日もあるってのにって、妹に叱られるんでな。
サーヤも早めに帰って休んどけよ。んじゃ」
私の右隣、ここまで黙って茶菓を喫していた同僚が立ち上がる。
あいもかわらず、止める間もないサクサクとした去りっぷりは、いっそのことここちよい。
ふと時計を見れば、すでによい頃合いだった。
茶杯にのこった一口を飲み干すと、つづいて私も暇を請うた。
……はい、あからさまに怪しげな四人目です( ̄ー ̄)ニヤリ
次回、『六柱』との顔合わせ、と書いて手合わせ?!
どうぞ、お楽しみに!




