Bonus Track_62-2 ピュアと覚悟と、優しさと~アスカの場合~<SIDE:ST>
『アスカさんには、お琴を弾いていただきたいんです』
レム君にそう言われた時には、さすがの僕もへ? と思った。
プリーストは、助け守り癒すことがお仕事だ。その一環として、器楽をたしなむ者も少なくない。
だが僕は器楽なんて、小中学校でピアニカとハーモニカとリコーダーを習った程度でしかない――彼も、そのことは押さえていると思ったのだが。
『いえ、だからこそいいんです。
上手下手以前の門外漢だからこそ、意味があるんです』
そこまで言われればピンときた。
そうなると、気になるのは。
『ド素人でなくっちゃならハヤトとかでもよくない? なんでおれ?』
『今回に関しては、体格が近い人のほうがいいんです。
そのほうがよりインパクトが増しますから』
なるほどこれは、トリックスターの本領発揮案件だ。
僕はもちろん、とその頼みを快諾したのだった。
その一方、やっぱりと思ったのはこれだった。
『休暇明けに、事情聴取兼お見舞いにいっしょにきてください。お願いします!』
と言われたミルルさんは、休暇中でもかまいません、と一瞬も迷わず言ったのだ。
『これは大切なことですし、お休み返上といえばレムくんもです。
それに、メイさんのお見舞いでしたらわたし、行きたいですから!』
その一点の曇りもない、まぶしい笑顔ときたら。
ああ、まったく。なんていい子なんだろう。
このピュアさを利用しようとたくらんでいる腹真っ黒な職業僧侶は、心の中でちょっとだけ懺悔のことばを唱えるのであった。
そんなわけで翌日、おれたち一行はメイ・ユエ氏の邸宅を訪れていた。
「ご入院なさっていたと聞き、兄も驚いておりました。
お体の調子はいかがですか?」
「御見舞い有難うございます、レムレス様。
幸い発見が早かったので、簡単な分離治療で済みましたわ。
念のためにとそのまま入院することとなってしまい、連絡もできず……シグルド様にもご心配をおかけしてしまいました」
レム君が問えば、メイ氏はふわりと一礼してきた。
資料で見たより、はかなげな佇まいだ。体に負担をかけぬような、浴衣めいた軽い着衣のためか。
「けれどあの方は、ソリス領には私と一緒に行ったと不思議なことをおっしゃっていて……いかがなさいまして?」
ゆるりと小首をかしげる様子にことばに、ミルルさんはしょんぼりと視線を落としてしてしまう。
そんな彼女に、メイ氏は気遣う声をかけてきた。
代わりにこたえるのはレム君だ。
「そのようですね。……あ、彼女はソリス領に現れた『あなた』のお琴の弾き語りに、いたく惚れこんでおりまして。
一縷の望みを抱いて、同行してきたのですが……」
「まあ、……
……あの。わたくしでよろしければ、同じように弾いて差し上げられるかも知れませんわ。録画はお持ちかしら?」
「はい、持っておりますけれど、……いいんですか?
ユエさん、お体の調子が……」
意を決したようすで申し出るメイ氏に、ミルルさんは喜びつつも、気遣いを見せる。
「メイとお呼びになって、ミルルさん。
大丈夫ですわ。練習は、毎日するのですから。
たまには、誰かの演奏を真似てみるのも、よい稽古です」
「メイさん……はいっ!! よろしくお願いします!!」
手を取り合って笑みをかわす、優しい美女とピュアな美少女。実に素晴らしい光景である。
けれどこの美しい友情は、一週間後には消えてなくなる。それを思えば、胸が痛んだ。
彼女に大きな犠牲を強いた、事件の真相究明のためとはいえ。
せめて、追求のその時は、彼女を同席させないようにしよう。僕たちは目だけでそっと頷きあった。
動画をよく見て、改めてご連絡します。そう言われておれたちはメイ邸を辞した。
ミルルさんは弾む足取りで、弾き語りのメロディを口ずさんでいる。
やっぱりだめだ、このまましらばっくれるなんて、いくら僕でもとてもできない!
レム君を見れば、罪悪感いっぱいという顔になっていたし、ハヤトに至っては『苦悩』とタイトルをつけて美術館に飾ってもいいような様相だ。
そのときふわり、ミルルさんが振り向いた。
「どうされたのですか、皆さん?
なんだか今日は、浮かないご様子で」
「すみませんでしたっ!!」
レム君はその場で、2つに折れる勢いで頭を下げた。
「そう、……そうだったんですね。
わたしが、聞きたいと……そう、素直な気持ちを見せれば。きっと、答えてもらえると」
さすがに往来の真ん中でこんな話はできない。急いで基地に戻り、専用ラウンジでおれたちはことの真相を打ち明けた。
平身低頭のおれたちに対してミルルさんは、小さくため息をついた。
そして、レム君の頭に手を置いて、優しく撫でた。
それはまるで、小さな弟にするかのように。
「辛かったですね、レム君。
ごめんなさい、わたしがもっと強くて頼れる子だったら、こんなふうに隠し事なんか、させずにすんだ。
謝るのは、わたしの方です。
大丈夫。わたし、ちゃんと見届けます。
もしかしたら、あのメイさんは本当に、ソリスにはいらしてなかったのかもしれませんから」
「ミルルさんっ……」
レム君は泣きそうになっている。ここからさきは、年上の僕たちの役割。
いや、レム君もまた、おれが詫びねばならぬ相手なのだ。
半ば詐欺師野郎のおれだったが、せいいっぱいの誠意を込めて頭を下げる。
となりでハヤトも、だまって同じようにしてくれた。
「ごめんなさい、ミルルさん。
僕たちは、君たちのピュアな想いを利用したんだ。
いや、それをレム君にさせたのは、僕なんだ。
レム君もごめんなさい。
この事の責を負うべきは、年上の僕だ。
どうか、自分を責めたりしないで」
しかし子犬のような少年は、やはり一人前の狼だった。
しっかりと顔を上げ、真っ直ぐに僕を見てキッパリ。
「何をおっしゃるんです、アスカさんっ。
ハヤトさんも頭をお上げになってください。
僕は『シエル・ヴィーヴル』の参謀です。これまでも、様々な策を弄してきました。
あなた方に牙を向けたことさえ、あったじゃありませんか。
そんな僕へのお優しさ、本当に嬉しいです。けれどこれは、『僕が』立案した作戦。年齢を理由に、責任逃れをすることはしません」
ミルルさんもまた、真っ直ぐな芯の強さをみせる。
「アスカさん、わたし、あなたの言葉で気がついたんです。
このことを行った人をそのままにしては、次の誰かが犠牲になる。だから、見つけなければならないと。
もしも、メイさんがその人だったなら……
わたしは、止めてあげたい。
そう思う。思えるようになったんです。あの時のあなたの言葉で。
そのほうが、きっとずっと、みんなしあわせになれるはず。
アスカさんは、レム君は、間違ったことはしていない。
ハヤトさんも、元気を出して!
見つけましょう、隠された真実を。わたしたち、みんなで!」
そうして手を差し出す彼女。
どうやらこの地上にも、天使はいたらしい。
戦士のそれとは思えない、優しい手に手を重ねて、おれたちはこの作戦の完遂を誓い合ったのだった。
信じられぬ……ブックマークありがとうございます!
読んでみてお好みに合わなかったらどうしようとびびりまくってますがそれでもご縁をいただけたこと、ありがとうございます!!
次回、月萌サイド。明日のステージに向けて、アイドルバトラーたちは。
どうぞ、お楽しみに!




