62-1 お忍びはちっちゃかわいく! 皇女ヴァレリアとの出会い<SIDE:ST>
グラスの中でみるみる色づく虹色シャーベットを見て、ステラ様は大いに喜んでくれた。
ほんの小さく、笑い声さえ聞こえた気がした。
短くも楽しいお茶の時間が終わり、ソレア様を見送ってステラの塔を出れば、レムくんチームから連絡が。
『こちら、終わりました。一足先に戻ります』
「了解、おれたちも戻るね」
そのとき、腰のあたりにかるい衝撃を感じた。
見下ろせば、くるくるとした金髪。
見た感じ、7、8歳くらい。身なりのよい小さな少女が、おれの陰に隠れるところだった。
「え……?」
「しーっ! しらんぷり! しらんぷりしてっ!」
「え。えええ……?」
どうしたものか。硬直していると、向こうのほうから『お嬢様ー! どこ行ったんですかー!』『そこにいるのはわかってるんですよー!』と呼んで回る人たちが。
「……いいの?」
「いーの!
お姫様だってたまには脱走したい、ってあっ」
それが、ステラ最強の六人『六柱』のひとりにして第二皇女、光焔のヴァレリアとの出会いだった。
各方面に連絡を取り、一時間の遊び時間を手に入れたヴァレリア殿下とおれたちは、近く遠くさりげなーく警護される中、町でのお出かけを楽しんだ。
町の人たちにもこれはたまにあることのようで、『ちりめん問屋のお嬢様のリアちゃん』とそのお供、という役どころにあわせて、時におまけしてくれたり、気軽に声をかけてくれたり。
なんだかテーマパークで遊んでいるような気持で、すっかり楽しんでいたのである。
ちなみにおれたちはそうそうに『タメでいいから!』とのお許しをいただき、五分もすればすっかりお友達だった。
小物屋さんや洋服屋さん。足の向くまま一通り見て回ったのち、行きつけだという喫茶店へ。
オープンテラスの席でクリームソーダを飲みながら、小さな姿のお姫様はすっかりゴキゲンだ。
「いやーまさか脱走したさきにイツカナがいるとかねー。あたしもーラッキーすぎっ!」
ただ、一つ疑問なのは。
「あの……『お嬢様』ってたしか、三倍ぐらい年上じゃありませんでしたっけ?」
「あー。精神年齢よ精神年齢!
たまにはこう、若い気持ちで遊ばないとね!」
「だよな!」
のたまわるイツカ。おい。
「いやおまえは三分の一したら五さ……あ、違和感なかった」
「えええ!」
『オレは三分の一したら……さ、四歳くらい?』
「見たーい!!」
ナツキがちょっぴり背伸びする。可愛い。『リアお嬢様』は嬉しそうにバンザイする。
警備の一助にということで、ナツキもイツカから出てきてドールの中に。しかしあまり大きくなると今度は手足を持て余すので、結局いつもどおり、10歳くらいのねこみみブレザー姿だったりする。
というと、いまの『お嬢様』とあまり大きさが変わらないわけで、気づけばエスコート役に。いまだって隣の席で、すっかりお似合いカップルのようだ。
もっともそれは邪推というもの。ヴァレリア殿下には愛する婚約者がいて、ナツキはコトハさんが好き。二人の表情にも、おともだち以上の感情は見て取れない。
『えっ、見たいの? えっとそれじゃあ、やってみるね……むむむむー!』
ともあれナツキがむむむと気合を入れると、小さな体はさらに小さく縮み始めた。
『こ、こ、このくらいー?』
「あ、うんうんそのくらい。あとは服の大きさ……だけど……」
慣れない子供化のためか、服が一緒に縮まずぶかぶかだ。さらにはどういうわけか、顔立ちなどがちょっぴりコトハさんに寄っている。ぶっちゃけとんでもなくかわいいのだが、外でこの服装はちょっと、いやかなり問題だ。
「それはあたしがやったげるー! えいっ!」
と、リアお嬢様が手をひとふり。ナツキの服はサイズとデザインが一気に変更。小さなナツキにぴったりの王子様系コーデに。
さすがは一国のお姫様、目が肥えているというのか。しっかりゴシック系ではあるのだが、押さえるところを押さえてさりげなくも上質。そして絶対的にかわいい。
これはなんとしてでもフユキとコトハちゃんに送らざるを得ない。許可を得ておれはさっそく写メ。
しばらくして送られてきた、フユキからの返信にはただひとこと。
『ありがとう 尊いの意味を思い知った フユキ』と書いてあった。
そうこうしているうちに、約束の一時間が迫ってきた。
リアお嬢様はおれたちをちょいちょい、と手招きしてささやく。
「ねーねー、もーちょっとだけ遊んでたくない?
あたしがうまーく幻術で引き付けるからさ、まずは三人でバラバラの方向に……」
「それは面白そうな計画ですね、『お嬢様』?」
と、気配もなく一人の男性が、おれたちの円陣に加わっていた。
一言でいうなら、なごみインテリ系。銀水色の短髪をやわらかくなでつけ、ふちなし眼鏡。ニコニコと穏やかな笑顔の彼を見て、『お嬢様』は「げっ」と声を上げた。
「さあさ、帰りますよ。これでもだいぶ無理言ってスケジュールを開けてもらったんですからね?
来週になればまた遊べるのですから、今日はもう帰りましょう。ね、私の可愛い姫様?」
「うぐうう……しょーがないなあ……」
しかし結局、あまーいあまい口説き文句にほほを染めて折れてしまう。
「お初にお目にかかります、月萌特使の皆様。
ステラ『六柱』、水雷のエルナール。姫の婚約者でもあります。どうぞ、お見知りおきを」
片手で彼女と手をつなぎ、片手を胸に当てて、丁重に一礼。
やわらかい調子で名乗った彼もまた、この国の最強の一人だった。
クリームソーダの、アイスとソーダの境界線にできるシャーベットが好きです。
なお婚約破棄はない予定(爆)
次回、月萌サイドでのやんごとなき恋模様を描く予定!
どうぞ、お楽しみに!!




