Bonus Track_61-7 香りつきリップと、毒入りルージュ~マールの場合~<SIDE:ST>
ミルちゃんはほんとにかわいい。
ぶっちゃけ、リンから聞いて予想してたより千倍かわいい。
今だって、わたしのお気に入りの香りつきリップクリームを見せてあげたら、ぱあっと顔を輝かせた。
「うわ~、あまーい香りがする……!
それに色もすっごく可愛い!」
「でしょでしょ?」
「明日、買いに行こっか?」
「うんうんっ!」
こうしてはしゃぐ姿を見ていると、出会ったばかりの頃のリンを思い出す。
リンは緊張からか始終固い顔をしていて。言葉遣いどころか、姿勢も動作もがっちがちで。
でも、これを見せたら「……かわいい」と笑ってくれて。
そこから、仲良くなって。気づけば、コンビという扱いになっていた。
親しくなってから打ち明けてくれた、故郷の親友の話。
いっときはちょっぴり嫉妬もしたけれど、いまはそんなのどこへやら。
リンの話を聞いて、出会う前からわたしを好きになってくれていた、なんてかわいらしい子を、憎むなんてできやしない。
むしろこうしてここに彼女が加わってくれたことが、本当にうれしく思われる。
一時の修行なんて言わず、ずーっとここにいればいいのに、とも。
そんなちいさな幸せをかみしめていると、ベルの携帯用端末が鳴った。
「はい、……はい。ええっ?!
わかりました、ありがとうございます。
はい、また何かありましたら。よろしくお願いします!」
さっきまでと一転、引き締まった表情のベルは、若干浮かない様子だ。
どうしたのと聞くと、もしかして手詰まりかも、との答えが返ってきた。
「スポーンエッグは使われていなかった?」
ベルが発表した情報に、いくつもの声が重なった。
ちょうど、夕食後のゆったりタイムだったためだろう。折り返しがきた、との連絡が飛べば、すぐに男子たちもラウンジにやってきた。
かれらも一様に、驚いた顔をしている。
「ええ。
シグルドさんは散歩がてら、現場で立ち止まり、お祈りをしていたがそれだけだったと……」
「お祈りですか? あいつが??」
レムちゃんがうそでしょうと言いたげな様子で聞き返す。
しかしベルは、YESを返す。
「父は視察の決まった日、シグルドさんと外を歩きつつ、ソリスとステラの現状について話したそうです。
両国の一部の民にいまだ、ほかの民ヘの負の感情があること。イツカさんとカナタさんがこの平原の村にいらした際には、その力を間近で示し、平原の民のうちにあるそれを吹き払ってほしい。もしうまく群れが来てくれたら一緒に狩りをして。だめならば親善試合でもしてと……。
それを受けて、シグルドさんが祈りをささげていたそうです」
レムちゃんがあからさまに顔をしかめた。
「僕の知る限りですが、あいつにそんなスキルも心根もありませんよ?」
「現場の探査ではそのときのシグルドさんに、『幸運』のバフがついていたと出ています。それゆえのことのようです」
「それです!
……いえ、それはまたのちほど。
そのほかにはなにかありましたか? たとえば……メイ・ユエ氏のお琴とお茶会など」
「そちらにも、怪しいところはないようです。
むしろ邪なるものを祓われ、おかげで当日の雰囲気も予想よりずいぶんとよかったと、感謝の声があるほどです」
「わたし、弾き語りすごく感動しました。心にぐぐっとくる感じで……。」
ミルちゃんが思い出したのだろう、うっとりと目を閉じる。
一方で、あーちゃんはうなる。
「うーん。タイミング的にそのあとのお茶に混入されてたと見るべきだろうけど、ミルたんにはそんなログ、でてないんだよね……まるで自然発せ……ん?」
「弾き語り?!」
わたしはピンときた。あーちゃんと目が合った。
あーちゃんは確認をとってきた。
「マルりん、こっちって対3Sフラグメントのワクチンとか、耐性付加アイテムはあるよね?」
「ええ。
予めそれらで強い耐性をつけておいて……
3Sフラグメントを仕込んだルージュをつけて、至近距離で歌えば」
「可能だよね。
なおかつフラグメントに一定の条件下で発芽もしくは自壊する仕掛けを付加しておけば、オーディエンスのうちの誰かだけを狙うこともできなくない」
間違いない。わたしたちはうなずきあった。
「え、……まさか。それって。
わたしが、狙われたというの?
なんで、わたしなんかが……」
とまどうミルちゃんの肩を抱いて、リンが言う。
「ミルちゃんは『なんか』じゃない。
ライアン様をはじめ、上には可愛がられて、下には頼りにされてた。
同期の中でも1、2を争うほどの頑張り屋って言われてて。
……それと。私たちに、縁があった。
そんなミルちゃんが発症したら、私たちは一番動揺する。そうして無様をさらせば、イツカとカナタの求心力も下がり、それだけ開戦も近づく。
あわよくば誤射を誘って、そこから……おそらくそう考えたんだ、彼らは」
「それって、ミルちゃんがみんなの人気者だから、狙われた、てこと?」
ジュディが無邪気な顔でサラリ。さすがはクロンの天才少女、本質をつかむのが速い。
「そういうことね」
「そんな……」
ミルちゃんは可憐にほほを染めて照れる。うん、やっぱりかわいい。
「でも、狙われたのがわたしで、よかったかもしれません。
群れを出されることとなったとしても、こうして、温かく迎えてくれる友達がいるんだから。
もしかしたら、だからわたしにした……してくれたのかもですね!」
しかもそこからニコッと笑って、こんなことをいうものだから。
「ミルちゃん……!」
「なんていいこなんですか……!!」
「……!」
「尊い……!!」
わたしたちはみんな、メロメロになってしまった。
「え、ええとっ。
ともあれ、そういうことなら。
僕はあした、あいつ……シグルド氏を呼び出して話をさせます。
あいつの性格ですから、やめときゃいいのにほのめかしをくれる可能性が高いです」
最初に我に返ったのは、しっかりもののレムちゃんだ。
そうなれば、わたしたちも。
「皆さんはまず、予定通りにミルルさんに街を案内してあげてください。
メイ・ユエ氏はもっと曲者ですので、周りを固めるところからいかないと無理でしょうし、この先ミルルさんに協力してもらうにも、街の地理が頭に入っている必要がありますから。
脳内インストールされた地図なんて、ただの地図です。
まずは楽しんで、街を知って。生きた地図をココロのなかにつくってきてください」
と言い出す先に、可愛い笑顔で粋な答えをくれた。
「そんなら俺たちもレムと一緒に行くぜ!
レムだけひとりでほっぽりだせねーしな!」
「大丈夫ですよイツカさん。僕は『休暇を利用して、別居している兄とお茶しに行く』だけです。
行く先も、実家の周辺ですし。
イツカさんとカナタさんに来ていただくことになると、護衛をお願いしているBチームにも動いてもらわなければならず、大掛かりになりすぎてしまいます。
どうしてもというのでしたら……アスカさん、ハヤトさん。
あなた方を兄に紹介するという名目で、いかがでしょう。
イツカさんカナタさんの護衛という名目のあなた方でしたら、僕だけのエスコートでも大丈夫でしょうし、ミルルさん同様、街を知っていただくことにもなります。
もしものさいの連絡要員に、ナツキさんかバニーさんが同行できれば完璧です」
するとかわいいドール姿のバニーがぱちん、ウインクをくれた。
「あたしが行くわ。
まかせなさい、貴族様方にだって軽く見られないようなさいきょーの美女に化けて見せるから!」
やっときた晴れの休日……忙しすぎです。><
それでもがんばるっす!
次回、お茶会という名の兄弟対決?!
どうぞ、お楽しみに!




