60-9 ディナークルーズと照れ屋さん!<SIDE:ST>
再び身なりを整え、おれたちはクルーズ船に乗り込んだ。
そのセッティングと来たらとんでもなく優雅。
暮れゆく港に赤いじゅうたんをしいて、楽団の演奏とライトアップの中、燕尾服で決めた男性陣がドレスの女性陣をエスコートしてタラップを上がるのだ。
正直言うと、若干はずかしい。
先導役のパレーナ八世とマルキアの、堂にいった姿があるからまだ、ポーカーフェースも保てるけれど……。
「大丈夫ですわ。スマイル、スマイル!」
「は、はいっ」
おれにエスコートされてくれているのは、淡いグリーンのドレスで装った、可憐そのもののうさぎ美少女なのだ。
クローネさん。クローリンさんの娘さんのひとり。
ぶっちゃけ、クローリンさんをグレーのうさみみ少女にした感じで、どうしたってドキドキしてしまう。
おれには月萌に、待ってくれている人がいる。それなのに、ほんとうに悲しい性だ。あとで、ライムとルカに謝らなければ。
毎度平然としているイツカ――おれのまえで、ルリアさんをエスコートしつつ楽しそうにしゃべっている――をちょっぴり恨めしくにらむおれだった。
ちなみにおれに続くのはアスカ。クローネさんの妹のくろうさ美少女、クロートーさんと腕を組んでニコニコ笑顔。
その後ろは、ステファンさんの手を丁重に取ったハヤト。
このマッチングは、身長などの体格を参考に決められている。そのため、男女で最大級のこの二人が組み合わせられたわけだが、正直言ってなかなか映える。
ステファンさんは『ごめんねハヤト君。こんなおばあちゃんでね』と優しくハヤトに謝っていたが、いやいやどうして、優雅なものだ。
ちなみにハヤトは間髪入れず『とんでもないですっ!』と答えていた。おれも絶対そう答えるだろう。
ともあれ、その後ろには娘とそれを父にエスコートする父、という組み合わせが二組続く。
ベルさんとライアンさん、リンさんとお父上であるアークさん。
どちらもしばらくぶりの再会ということで、なんとも仲睦まじく微笑ましい。
つづいてエルマーくんが、半分フリーズしながらマールさんを。
ルゥさんが紳士そのものといったしぐさでジュディを。
レムくんは北の狼族の長の娘・ラーラさんを初々しくエスコートしてつづく。
ミルルさんは今回、群れを出されての修行者という立場なのでこの列には加われないが、それでもかわいらしいミモザ色のドレスに身を包み、ドール姿のふたりを両肩に、つつましく続く。
さらにそのあとに何人もの人々が続いて乗船。クルーズ船は華やかに出港したのであった。
ここまでに見てきたソリス領のいろいろは、第一にその場所の自然や事情によりそったものが多かった気がする。
たとえば、小さな漁船と船着き場。森の中、土を踏み固められてできた道。
陽都インティライムや天空島も、主流はレンガ組と石造建築。月萌や、ステラにあったような鉄筋コンクリートの建物はなかったと言っていい。
しかしこの船は、それを送り出した港は、バリバリの現代風だ。いっそ月萌よりも最先端かもしれない。
ソリスの底力、そしてホンキを見せられたようで、正直エキサイティングだ。
これはディナーも楽しみである。
実は朝から、『食べすぎ厳禁』と何度もくぎを刺されてきたので、いやでも期待は増す。
そうしてテーブルについたおれたちを待っていたものは、何とも美しい前菜。
天からの光を固めた鳥の巣に、宝石の卵が眠っているようなそれは――
「まずは空の民より、アミューズをどうぞ。
『雲ツバメの巣ごもり、とりどりの空模様のたまごを添えて』でございます。
こちらはレアモンスター『雲ツバメ』の巣をいったん煮溶かし精製、巣のかたちを再現し、そこにベリー等さまざまの色合いの食材のゼリー寄せをあしらい『巣ごもり』としました一品でございます」
雲ツバメ。まだお目にかかったことのない、レア中のレアモンスターだ。
ルリアさんの紹介におどろきつつも、そっとフォークを入れた。
青空の青はブルーベリーのような味。赤はきっとトマトゼリー。金色はたぶんコンソメスープ。
かすかに金色を透かす『巣』部分は口に入れると、卵のようなまるい風味をほのんかに残ししゅわりと溶ける。
まさに、声を失うレベルの逸品だ。
おれは決意した。可及的速やかに、できる限りの手段を講じて、ソーヤをソリステラスに留学させようと。
その後も六つの部族の誇る絶品が続いた。
草原の民から『高原野菜のフレッシュ・フレッシュサラダ~まずはそのままどうぞ~』。
フレッシュがふたつ重なっているのは伊達じゃない。一体全体どうやったのか、今朝畑のそばで食べたあのしゃきしゃきと、甘さがほぼそのままなのだ。
「簡単ですわ。土に植えたまま、ここまで連れてきましたの。
少し重かったけれど、みんなで頑張りましたわ」
クローリンさんの答えに膝を打った。なるほど、それなら鮮度も保てるというものだ。
しかし、植えたまま運んでくるなんて『少し重い』どころじゃないはず。とんでもない贅沢をさせていただけたものである。
ちなみにドレッシングは植物油とお塩とお酢でつくられたシンプルなもので、野菜たちのさっぱり感にすこしのまろやかさを添えつつ、ひたすら引き立て役に徹していた。おれ的にこういう徹底ぶりは、潔くって好きである。
つづいて森の民から『森の大地の冷製ポタージュ~星の湖に花びらの船を浮かべて~』。
とうもろこし、まめ、いも、カボチャのまろやかポタージュをベースに、キューブ状のきゅうりやトマト、星型のオクラの輪切りがアクセントを添える、見た目もかわいいスープである。
「みなさま、この花びらも食べられますのよ。
花びらを愛でて頂くための、花オクラというものですわ」
ふわりと浮かぶ黄色の花弁をそっと口に含むと、ほのかなあまみとねばねばが口に広がる。たしかにこれはオクラだ。
ものが花だけに、そう広くは出回っていないようで、ものめずらしさに話が弾む。
次は海の民からの魚料理『ウォーターメロンフィッシュのふわり蒸し』。
魚といってももちろん魚型モンスターなのだが、明朝漁業体験にいくおれたちのために、川に住むものを狩ってくれたとのことだ。
こちらも、まずはソースなしで。ふんわりと蒸しあげられた白身を一口いただけば、なんとスイカのような風味が広がる。
「ウォーターメロンフィッシュは透き通るほどの清流にのみ住まい、もし少しでも水が汚れれば、この風味は損なわれる。
すなわち、美味なるウォーターメロンフィッシュは、水辺の民の誇りにして至宝。
今日のこの日に供せたことを、誇らしく感謝する」
パレーナ八世の美声による、みごとな口上に拍手が起きた。
その後運ばれてきたとろりとした緑のソースは、ウォーターメロンフィッシュの住む水域で取れる藻からつくられたものとのこと。
これまたスイカっぽい風味を宿したソースは、ふわほろの蒸し身と混然一体となり、夢のような食べ心地をつくりだしてくれた。
お次はイツカお待ちかねの肉料理『ジビエ肉赤ワイン煮込み』。
ライアンさんは多くを語らず、「肉を誰よりも知る我らの渾身の作だ。味わってくれ」とだけ微笑んだ。
昼間のバーベキューとは一転、きれいに盛り付けられた優雅な赤ワイン煮込みはしかし、口に含むとがつんときた。
濃い。とにかく濃いのだ、肉のうまみが。
上品なソースを含んでやわらかくも、そのシンは野性をまったく失っていない。肉好きイツカが完全にダメになっている。これで『うちの子にならないか』って言われたらぶんぶんうなずくぞこれは。
もっとも誇り高き獅子はそんなことをせず、ただ微笑ましく見守るだけであったけど。
最後は、地の民によるデザート。
綺麗なグラスに満たされた透明な液体と、小さな氷砂糖のようなものが運ばれてきた。
これはもしかして、と思ったが、エルマー君と目が合うと、なんとニコッと笑いかけてきた。
つまり、ただ過冷却を利用した『目の前で出来上がるシャーベット』ではありえないということである。
「みなさん。この小さな結晶を、そうっとグラスに落として下さい」
わくわくと言われたとおりにすれば、沈みゆく結晶はきらきらと光をはじきつつ、グラスの中に小さな樹氷を作り出していった。
グラスの中のスペクタクルはそれだけじゃない。さらに驚くことに、グラスの中の液体も、みるみる虹色の層状に色づいていったのだ。
「新素材による、びっくりデザート……名前は、『インティライム』、です」
それぞれの客人の目の前、世にも美しいシャーベットが完成する。
食堂内はひときわ大きな拍手に包まれたのだった。
好みの飲み物といっしょに、うるわしの氷菓子を満喫すると、全員食堂を出て解散。運命のフリータイムが始まった。
そこここで、男性から、あるいは女性から声を掛け合う光景が。
うん、目の毒だ。
しかしそそくさと退散しようとしたおれたちの前に、赤い人影が立ちはだかった。
リンさんだ。ほのかにほほを染めて、おれたちをじっと見る。
「その、えっと……い、いや、なんでもないっ!
これからもよろしくとそれだけだ!!」
クールな顔して照れ屋の彼女は、それだけ言うとぱっと踵を返して走り去っていったのであった。
次回新章開始! ソリス領視察旅行が終わり、ステラ領に戻ります。
どうぞ、お楽しみに!




