60-3 お野菜うまうま! アスカとカナタ、うさ化習得!<SIDE:ST>
身支度を終えてフロントで待っていれば、ふたたびルゥさんのバステキがやってきた。
昨日同様、ゆっくりと揺られてゆくこと十分ほど。
南西の門を出れば、のどかな田園風景が広がった。
「おー! 広ーい!」イツカが歓声を上げる。
「同じ広いのでもこういうのはなんか和むねー、ねーカナぴょん?」アスカもゴキゲンに声をかけてくる。
「わかる。なんか和むー」かくいうおれも、なんとなくほのぼのだ。
広々とした緑の畑には、あの森の村にも負けないくらいの豊かな実り。
そこここで働く人たちが、笑顔で手を振ってくれる。
ゆったりとした空気の流れに、癒される心地である。
ルゥさんも昨日のイケイケぶりから一転、どこかのどかな調子でこういう。
「草食系の場合、本能的に思うんでしょうねー、ごちそういっぱいって。
さすがにそのままバリバリはあまりしませんけどね」
「あまりってことは、することもあるんだ?」
「ええ。たまーに無性にやりたくなるんですよね。うまいんですよこれがまた。
……戻りたくなりました?」
アスカの問いに答えたルゥさんは、いい笑顔でベルさんを振り返る。
ベルさんはぶんぶんっとかぶりを振った……さりげなく口元をふいて。
「ステラにいても新鮮な野菜は手に入りますからっ!」
「ふーん?」
ルゥさんはニヤニヤ。
「すぐ後にとれたて野菜バリバリ体験もご用意してありますよ。
イツカさんも絶対感動しますから!」
「むーん……そんな勧めるならまあ、一口だけ……」
そんな風に渋っていたイツカだが、いざバステキを降り、用意された新鮮きゅうりをさきっちょからぽりっとやると。
「……え? なんで、これ甘い!」
そのまま最後まで一気にバリバリバリだ。
おれはわが目と耳を疑った。ハヤトも驚いている。
「イツカが嬉しそうに野菜食ってる……だって……?!」
「ふっふー。新鮮なきゅうりは甘いんですよ!
きゅうりだけじゃありません。根ものも葉ものも、新鮮な奴はみんな甘いんです。
今の今まで吸収していた大地と太陽の恵みが、そのまんま詰まってますからね!」
ルゥさんが誇らしげに示すのは、地平までつづく畑と草原のパッチワーク。
空に向かってそびえる山のなかば、高原と思しき場所にも、その緑は息づいている。
「いまは、この辺の暖かい場所で夏野菜を。あのあたりの涼しいところで葉野菜を主にやってます。
あすこは雪が深いので、降ったらスキー場になります。温泉宿もあるんですよ」
「へえええ!」
イツカもおれも、リアルでのスキーは未体験なので、その情報は魅力的だ。
ハヤトも温泉と聞いて頭の耳がピンッとしている。
「以前は移動も輸送も大変でしたが、空の民や北の狼族との提携が結ばれたおかげで、あそこまで規模がでかくなったんです。
それをしたのは先代の兎家の長のクロッキー様で、それを発展させたのが今の長のクローリン様なんです。
北の者たち以外でも、スキーと温泉が楽しめるようになったのは大きいですよ。ぶっちゃけデートコー……ごふんごふん観光コースがどばんと増えて、商機も増えましたからね!
皆さんの滞在は長くても一か月だから、秋の実りにも間に合わないのが残念です」
ほんとに、残念だねと、かわいい小動物のけもみみを生やした優しい人たちが言ってくれると、ちょっと帰りがたくなってしまう。
黄色く熟れたズッキーニ、オレンジのつやつやしたにんじん、真っ白シャキシャキのだいこん。かじってみればどれもどれも甘い。
これが毎日食べられるなら、どれだけしあわせなことだろう。
「戦争がなくなったら、いつでも来れるさ! な、みんな!」
太陽の下、イツカがニコニコと声を上げれば、歓声が上がった。
* * * * *
今日の予定は、西の草原の農村、南の草原の村をまわってから、天空島へ。
農村で取れたて野菜まるかじり、草原の村で昼BBQののち、超絶景の展望レストランでお茶をいただくという贅沢グルメコースともいえる。
その後はインティライムに戻り、昨日決めたオプショナルツアー。
全員集合したら、海路でふたたびステラコーストに。豪華客船上でのディナークルーズののち、明日一番の漁業体験ツアーのために早めの就寝の予定である。
つまり、もちろん、野菜食べただけで満足しててはいけないのである。
おれたちのバステキがたどり着いたここは、大きな庭と蔵を持つ家。いわゆる豪農の家屋だった。
しかし現在は個人の邸宅ではなく、家の遠い役職者の宿舎や、お客様用の客室、事務所や博物館などを兼ねたものとして使われているのだという。
ここも、外観はいかにも昔風だが、内側には現代が。
クローリンさんのご案内で邸内を回れば、事務所や宿舎はもちろん、古い農具の展示館も、程よく空調がきいていた。
「今ではここで展示されているものの多くが、過去のものとなっています。
それでも、使われ続けているものもあるのですわ」
と、クローリンさんが示したものは、庭の一角にある跳ね上げ戸。
開けてみれば、なかは土でできたトンネルだ。
ただし、けっこう、いやかなりせまい。けして大きいとは言えないおれたちでもぐっと身をかがめなければならないし、でっかいハヤトなんかはもうぎゅうぎゅうで、装備なんか付けていたら確実に入り口でつっかえるだろう。
「このトンネルは、非常時の避難経路として、近道としても使われておりますの。ハヤトさまには、すこし厳しいかしら。
ごめんなさいね、わたしたち小さい民の逃げ道だったので、大きくは作られていないのですわ」
あの茶色いうさちゃんに姿を変えて、ぴょん、と飛び込めば、いい塩梅。
小首をかしげるようにして、きゅるっとつぶらな瞳で見上げられれば、はからずもきゅんとしてしまう。
いけないいけない、この方は人間で、人妻である。お子さんだっていらっしゃる。だからアスカ、『おれもやってみますっ!』じゃないだろちょっと。
しかしやつはやった。やってしまった。
『ぬおおおおっ!』と全身から光を放ったかと思うと、華奢な体格の真っ白なうさぎに姿を変えたのだ!
超うれしそうにぽんっとトンネルに飛び込んだやつを、クローリンさんは「まあすごいわ! おめでとう!」とやさしくいいこいいこしてくれる。
う、うらやましくなんかない、うらやましくなんかないんだから。
と思っていたらイツカも猫化しぴょんと飛び込んで、これまたいいこいいこされている。
なんだこれかわいいなこれ。うらやましさ半分もえもえ半分で見つめているとクローリンさんに、「ほら、カナタさまもぴょんって。きっとできるわ、がんばって!」と可愛い両手を差し伸べられた。
これは、やらなきゃ男として、うさ好きとしての沽券にかかわるっ!
思い定めたおれは、全霊を込めて念じた。そうだ、いまこそ本気出せ、おれの全身の細胞たちよっ!!
「ええええいっ!!」
気づけば、視点はずっと下に。ハヤトのひざすら、ずうっと上にある状態だ。
すぐにわかった。成功した!
おれはもちろん、そのままぴょんっと穴の中に飛び込んだのであった。
このところ、スーパーでもたまに明らかに甘いキュウリに当たります。得した気分になります。
次回、月萌サイド。地下闘技場で意外な? タッグとバトルします。
どうぞ、お楽しみに!




