7-3 伝説になるために
一つ、ふたつ深呼吸し、おれたちは同時に得物を構えた。
ミズキは表情を引き締め、こちらを見ている。
その視界には、後方にいるミライも当然入っているはず。
ミライはおれたちパーティーの生命線なのだ。それを潰されるわけにはいかない。
「発動、『超跳躍』」
あえて声に出す。
おれもうさぎだ、イツカのようには抜けさせない。
「うん、そうこなくっちゃね?
行くよ!」
ミズキはニッコリ笑うと、一気に距離を詰めてきた。
そうして、ガンガンと斬りつけてくる。
おれはミライを守るため大きな回避はできず、かと言って攻撃もままならぬまま、ミライの支援をたよりに防御し続ける形になる。
大丈夫、これでいい。
ミライの神聖強化のおかげで、速度にはついていける。パワーも、そんなに差のない状態だ。
あとはイツカがうまく立ち回ってくれれば、十分に勝機はあるのだ。
イツカは、ソウヤとシオンへの攻撃をあきらめて、こっちに向かってきていた。
二人はうさぎらしくぴょんぴょん逃げて、イツカを寄せ付けなかった。
そのうえで、これでもかというほどボムを投げまくる。
ミライの回復がなかったら、化け物体力のイツカであってもとっくに倒れていただろう。
ハヤトが恐れるのも無理はない――が、彼らの真の恐ろしさはこの先にあるはず。
そして、おれたちのとってのチャンスも。
だからこそ、慎重にタイミングを計らなければならないのだ。
「いくぜミズキ――!! てやぁぁぁっ!!」
イツカは勢いを落とすことなくミズキに斬りかかる。
対するミズキはおれから手を引き、ぴょんぴょんと跳ねまわってイツカを翻弄しはじめた。
よし。イツカのマークが外れ、フリーになったソウヤとシオンが地面に何かを描きはじめた――もちろん、錬成陣だ。
スキル『瞬即装填』を発動。エアロボムを五発ずつ、二丁の魔擲弾銃に一瞬で装填。そうしておれは声を上げた。
「よしイツカ! 錬成陣を潰してっ!」
ボムを投げているときならまだしも、錬成陣を描きはじめれば、クラフターはそこを動かなくなる。
あきらかにまずい状況ならばさすがに逃げるが、ギリギリで描けそうならば描き続ける。
おれはあえて、それを狙ったのだ。
しかし正直なことを言えば、おれはやや焦っていた。
ここから見え、『聴こえる』ものは、明らかに想定外の事態だったから。
まず想定より、二人が錬成陣を描く速度が速い。
というのも、驚くべきことに二人は、二人でひとつの錬成陣を描いているのだ。
あっという間にプロテクトサークルを描ききり――もちろん、こちら側に向けて穴が開けられているのだが――内側の本陣を描き込みはじめている。
ぶっちゃけ、初めて見る光景だ。
錬成陣を複数人数で描き、無事に発動させるのは、五つ星でも難しいことなのだ。
しかもあれはおそらく、炎系の上級錬成陣。
錬成魔術としてでなく、本当に暴発したならば、まさしく自爆ものの危険物。
だがそれをあえて描く、ということは、二人はあれの発動成功に万全の自信があるとみていい。
つまり決まればこっちチームは、確実にアウト、ということだ。
「だめ。行かせないよ?」
もちろんミズキはイツカの前に立ちふさがる。
彼はイツカよりパワーは劣る。けれど、高い速度と技量で、ことごとく攻撃をかわし受け流し、一歩も退くことはない。
大丈夫、想定内だ。おれのほうがやればいいだけのことである。
素早く魔擲弾銃を向けた。狙うは、炎の錬成陣。
発動、『抜打狙撃』!
「『抜打狙擲』!!」
けれど、おれが放ったエアロボムは、途中で爆散する。
爆音を裂いて響きわたったのは、ソウヤの声。
すでに立ち上がり、にやりと笑みを浮かべている。
「ふっふー。狙ってくるのはわかってたぜ? そしたらあとはタイミングってね!
ちなみに投げたのはただの石。錬成陣書くのに使ってたやつな。
あ、言っとくがあんまハデに動かない方がいいぜカナタさん?
ボム投げで後衛狙えるのは俺も一緒だからな!」
上等だ。こちらもにっこり問いかける。
「つまりソーヤは『かわゆいミライさん』にボム投げつけるんだ?」
「そっ!! そうしたくないからいってるんスッ!!」
そうしてエアロボムを連射した。
ソーヤはショックを受けた顔をしつつも、手製のダーツで半数を迎撃。
撃ち落としきれなかった分は身を挺して受けた。
回復用ポーションをあおりつつ耐えると、その空き瓶を投げて反撃すら試みてくる。
なるほど、万事タフなファイターだ。おれは笑顔で追撃をかけた。
「へーえ、そーう。
ミライはだめでもおれはいいんだね。空き瓶投げて、いたぶっても」
「っわああん!! カナタさんのいじわるー! どS――!!」
「ソーやんうるさい。」
「……スミマセン」
哀れ、シオンに撃沈されたソーヤだが、ガードの固さは衰えなかった。
おれは攻めあぐねてしまう。
そのとき、ミライが飛び出した!
「だいじょぶ、おれがいくっ!
ホーリーインフォースホーリーインフォースホーリーインフォース!! やああああ!!」
ミライはAランクハンターとして通用するだけの身体能力はない。けれど、決してダメな子ではないのだ。
わんこ装備の恩恵もあって、むしろ足は速いし、バイタリティもある。
そしてプリーストとしては文句なしの逸品だ。
そんなミライが、神聖強化を自分にかけまくって突撃すれば、ひとつも強化のついていない兼業ハンターでは止められない!
みるみるソーヤに迫るミライ。
だが、それこそがあちらの狙いだったようだ。
「きた! ソーやん!」
「っしゃ! いくぜ、」
「『ブレイクインフェルノ』!!」
ミズキが大きく跳ねて後退。
ソウヤとシオンはミライに構うことなく、雑に描きあげられた錬成陣に全BPを叩き込む。
瞬間、錬成陣が『爆発』した。
ほとんど暴走に近い魔術発動。プロテクトサークルの内側で渦巻いた炎が、予め開けられていた穴からこちらに向けて溢れ出す。視界が真っ赤に、体が熱さに包まれる。
意識が薄れていく中、中空にひときわ赤く、BP6000 Over Kill!! のポップアップが上がるのがみえた。
最後に聴こえたのは、おれとイツカの名を呼ぶミライの、悲鳴としか言いようのない声だった。
「ごめん! ごめんねミライ! ひどいのしちゃってほんとにごめんー!!」
「むぎゅ、シオン、だいじょぶだって! おれは、ちょっと驚いちゃっただけ!
あれは試合だもん。シオンたちはわるくないから!」
「うう、いいの……?」
「いいの!」
「ほんとに?」
「ほんとにっ!」
気が付けばシオンがミライをむぎゅーっと抱きしめ、半泣きで謝っていた。
二人が無事に笑いあえば、ミライの巻き尻尾がパタパタパタ。シオンのわた尻尾もピコピコピコ。
なんなんだろう一体これは。もはや『愛くるしい』という言葉しか浮かばない。
ソウヤとミズキとアスカも後ろでホワーンと和んでいる。
ハヤトだけはなぜか、恥ずかしそうに目をそらしているけれど。
そしておれのとなりからは、イツカのはずむ声がした。
「おう、いいバトルだったぜ! すっげーじゃんお前ら!
カナタのことオーバーキルしちまうし! 俺ももうちょっとでやばかったし!!
あー、バトったらまた腹減ってきちまった! 祝勝会では食うぞー!!」
「あわわ、ふたりとも!! 気が付いたんですね!!
ごめんなさい、オレ、つい……」
おれたちの意識が戻ったことに気が付いたシオンが、あわあわと頭を下げてきた。
イツカがきょとんと問えば、シオンは心底申し訳なさそうに言う。
「? どした、シオン?」
「あの、だってオレ……どかーんって……すっごくアレして……」
黒く短いうさ耳をぺこーんとたれて、しょんぼりしている姿を見ると、同年代の野郎とはわかっていてもほってはおけない。
イツカもそれは同じだったようで……
おれたちはいっせいに頭わしゃわしゃしてやりながら、シオンをなだめたのだった。
「いーっていーって。面白かったぜ? まーちょっとは熱かったけどさ!
またやろうぜ、今度はもっとカッコいーとこみせてやっからさ! な、カナタ!」
「うん、ほんとすごかったよシオンたちの作戦。いっぱい勉強になった。
だから遠慮なくもっといろんな作戦見せて。おれたちも見せるから。そうして一緒に強くなろう!」
「いいんですか……?」
「よし、じゃあこれからはタメでいくってことで。それでいいだろ?」
「い、いいんですかっ?! ありがとうございますっ!!
あっ、じゃなくってありがとうござ、じゃなくてえっと……」
あわててかんで、照れて笑うシオンのかわいらしさに、リビングは笑いに包まれた。
そうしてひととおり讃えあった後に、アスカが言い出した。
「いやー、ほんっと予想以上のバトルだったよ。眼福眼福!
たださ、ガチならこれでじゅーぶんブラボー!! なんだけど、エキシビにはちょっとだけ地味めだからさ。そこんとこまた、あとで考えよーじゃん?
……おれたちは、学園闘技場の伝説になるんだ。
おれたち以降のラビットハントなんか、全っ部価値がなくなるくらいのね!」
そう、おれたちの目下の目標は、『ラビットハントの撲滅』だ。
ミソラさんも言っていた。
『アイドルバトラーとしてTPを稼ぎ、ソナタちゃんたちを助けるにしても、下地作りが必要になってくる。
きみたちのバトルに、集中的に投げ銭が集まる体制の構築がね。
つまりは、現状投げ銭収益の柱となっているアレ。『ラビットハント』を潰す。
きみたちは新顔のイケメンだし、ドラゴンユニットとして目をつけられてる。ラビットハントのオファーは当然多くくるけれど、そのために、あえて受けて』
アスカはそのときのミソラさんと同じように言う。
「いま出てきてる『ラビハン活性化』の動きにあえて乗り、めちゃくちゃかっこよく、完膚なきまで撃破してやる。
同時にラビハンを上回るぐらいの、サイコーにエキサイティングでカッコいい、そしてまともな試合を『魅せる』。
おれらのパフォーマンスを伝説にすることで、それ以降を全部それ以下にしてやるんだ。
……ま、傷を深くするために、たまには負けて引っ張ってやることも必要だけどね~?」
にやりと笑ったアスカの目に一瞬、とてつもなく暗いものがのぞいた気がしたが、確かめるよりさきに、いつもの笑いに塗り隠されてしまう。
ただ、声音ににじんだ毒の量は、ごまかしようも比べようもない。
ミソラさんはこう言っていたのだ。
『そして、時々負けて気を持たせつつ、充分注目を集めたら、そこからは全部完膚なきまでぶち破る。
君たち以降のラビットハントが、やる価値なくなるくらいにね。
アスカくんがこれまでのパターンを全部解析してまとめておいてくれたから、ふたりもそれを頭に入れて、瞬時に戦況解析できるようにしといて。
ラビットハントをぶっ潰す。そしてその収益をかっさらう。
そのために、戦略的に勝ち、戦略的に負ける。いいわね?』
そして、アスカはこういう。
「ラビットハントをぶっ潰す。これ以上『イケニエのウサギ』を出させない。
そのために、戦略的に勝ち、戦略的に負ける。いいね?」
「おー!!」
そうでなくともラビットハントは、今一番身近な、『ヒトの人生を道具にするようなシステム』。
ここでぶっ潰せるなら、大歓迎だ。
おれたちは唱和し、こぶしを突き上げた。
以前オーバーキルがどうこう……と言われてましたが、実際一、二回程度やらかしたぐらいではΩ堕ちしません。
そして、模擬戦だとノーカンです。
ともあれ次回! やっとやっと『しろくろウィングス』がでてきます!
おたのしみに♪




