Bonus Track_57-3 ふあんなうさぎと、しつれいなおおかみ~アスカの場合~<SIDE:ST>
――扉を開けるとそこは露天風呂だった。
宿泊所として貸してもらったコテージのお風呂には、広々とした露天部分があった。
タカシロ本家にも贅沢な露天風呂はあった。けれど、僕としてはこっちの方が好きだ。風の音が違う、開放感が違う。
みあげる夜空もしっかり暗くて、降ってくるような星空を満喫できる。
まあ、あっちは高級住宅街のドまんなか。いかに月萌御三家の権威があったとしても、本物の自然を広々配するなんてことはできない以上、これは仕方ないことだ。
イツカはひゃっほーいとはしゃいで、かけ湯ももどかしくお湯にドボン。うああーしみるなーなんぞとおっさんのような声を上げている。
一度目の入浴の時にはカナタに取っ捕まり、まず洗え汗だく野郎とわしわし洗われていたけれど……
今回はお湯を満喫するためだけの二回目なので、カナタも文句は言わない。
丁寧にかけ湯をしたのち、ゆっくりとお湯に入っていった。
こちらは静かに星を見上げ、ほうっとため息をつくのみである。
一蓮托生、幼馴染のバディでも、こんなところはみごとにバラバラ。
なんだかおかしくって、ハヤトとくすっと笑いあってしまう。
ともあれ、昨日のことを聴くのに、今はいいタイミング。イツカをハヤトに任せてカナタに近づき、声をかけた。
「でさーカナぴょん。
ぶっちゃけ、不安じゃない?」
え? と見返すカナタに、ゆっくりと説明を重ね問いかける。
「ふたりはほとんど予行演習もできないまま、『くぐつ』使うことになったじゃん。
しかもさ、ふたりともスターシードだから、そうでないおれたちとちがって、どうしても違和感強いと思うんだよね」
するとカナタは目元を緩めて微笑んだ。
「……ありがと。
イツカはいまのとこ気に留めてないみたいだけどさ。
昨日ふっと気になったんだ。
おれはおれでふつうに……飲んだり食べたり眠ったり、してるけど。
この体はもとのおれじゃなくって……おれも、ほんとはおれじゃなくって。
いずれ、消えてなくならなくちゃならないのかな、なんて……
どうしても思っちゃうんだ。まえのセカイではこんなのはなかった、だから、って」
ぽつり、ぽつり。語るにつれて不安が浮き彫りとなったのだろう。あったかいお湯の中にいるはずなのに、カナタの肩はちいさく震えた。
「そっか。……そっか。
スターシードも、タイヘンだね。
このセカイにうまれたキオクしかないおれたちよか、ずっとずっといろんなことを知ってて、だからこそいろいろ不安になる」
「うん……。」
いつになくすなおなカナタ。うつむく様子がいじらしくて、おれはそうっとうさみみをさしのべた。
おれよりはしっかりしてるけど、それでもきゃしゃさのある肩を、柔らかく包み込む。
カナタはおどろいたうさぎのように、きょとんとこちらをみた。
「……え」
「へへ。おれも見習ってこそっと練習したった。カナぴょんのうさみみロール。
まーカナぴょんほどのデカもふ様じゃないからこれがせいいっぱいだけどさっ」
「ううん、うれしい。
ありがと、アスカ」
そうしてやってきたのは、きょとん、からの、にっこり。
ぶっちゃけ 超 絶 可愛い!
カナタは可愛いって言われるのを嫌がるから言わないけれど、それでもこのうさもふ尊さたるや、そのままよいしょとおもちかえりしたくなるイキオイだ。
いろいろキケンなのでそっと耳をはずして、何食わぬ笑顔で先を続ける。
「どったましてー。
だいじょぶ、カナぴょんはちゃーんとホンモノだよ。おれたちが保証する。
それでも不安ならさ。『おれこそがホンモノなんだ、いまはIFルートを見るためにちょっぴり出張してきてるのだ』って、そう考えればいいよ。
まっこれ、父さんの受け売りなんだけどさっ」
「アキトさんの……」
「うん。前にね、おれたちもそろそろくぐつを使うことになるだろうからって、話してくれたんだ。
おれなんかはほら、ゲームっ子だったし第一覚醒だってアレだし、ライカに意識のっけたりとかもサラッとやってへーきだったんだけどさ!」
「あはは、だよね。
ハヤトのほうはどうなの? なんとなくイメージだけど、そういうの苦手そうじゃない?」
さすがカナタ、鋭い。
負担にならないよう、冗談めかせて教えておいた。
「あーねー。
あれでてハーちゃんセンサイだからねー。
それでもおれのためにって頑張ってくれてさ。今日なんかさらにけも化までばしっと覚えてくれてさ。もー惚れ直したね! 一生毎日全身シャンプーからのドライヤーからのブラッシングキメちゃう勢いだねっ!」
「あー、狼ハヤトおっきいからやりごたえありそうだよね!」
「まーイツにゃんみたくちっこいのもかわいいんだけどさ~。そのうち子犬化も覚えてもらわないと♪」
そう、今日はめでたいことにイツカもけも化を習得してくれたのである。
カナタの予想通り、子猫に。それも黒いツヤフワの毛玉のような、かわいいやつに変身した。
その瞬間、ルリアコーチのテンションが天元突破しライアンさんが尊さに涙ぐむ事態となったのは記憶に新しい。
「イツカは……おっきくするなら化け猫化かな?」
「どうがんばってもイエネコだからねぇイツにゃんは。乗りたいんならそっちだよね。
あ、っとかライアンにゃんみたく全身モフモフ化を習得させるとか。おれもハーちゃんにリクエストしてんだよねアレ!」
「あー、かっこいいかもっ! ってかハヤトは絶対確実にかっこいいよそれ!!」
ついついモフ話が弾んでしまうと、ざぶざぶと寄ってきたハヤトに突っ込まれた。
「お前ら人にやらすなら自分もやれよ?
っていうかそろそろアスカは上がって水飲むぞ」
「へーい!
ってなわけでおれたちはお先にね~」
「はーい!」
すっかり笑顔になったカナタは、ニコニコとおれたちを見送ってくれた。
よしよし、明日もし時間があったら、おれたちもけも化習得にチャレンジしてみるとしよう。
もっともこっちの身体で覚えても本体の方でそのままできるとは限らないが、習得時の記憶をフィードバックすれば『再習得』も早まるだろう。
今朝のハヤト狼の乗り心地を思い出すと、思わず笑いがもれた。
あれはいいものだ。ぜひとも頻繁にのっけていただきたい。
そんなことを考えていると、ハヤトがいぶかしげに聞いてきた。
「おい、アスカ? なに、不気味に笑ってんだ?」
「ひどっ!」
モフ話突入からの筆の進みが異常でした(爆)
次回、新章突入。ソリス国を観こ……ごほんごほん、視察します。
どうぞ、お楽しみに!




