56-5 イツカナ・プチ拉致事件!(1)<SIDE:ST>
お茶をいただきながらの公聴会は小一時間ほど続いた。
その内容を簡単にまとめると『皆、ステラ様には回復してほしい』『その後、再び開戦するかどうかで意見が違う』ということだった。
ルイーズ殿下が『これはあくまで事実として』=私個人の主張というわけではないと前置きして伝えてくれたことによれば……
『戦いが再開されてほしい』という人たちは王族貴族や、それに近しい富裕層・資産家層に多いという。
あるいは、選ばれし戦士としての本来の役目をしっかり果たしたい、果たしてほしいとの望みから。
あるいは、戦わなければミッション・エインヘリアルが終わらないが、鎖国状態で反撃のない月萌への作戦行動は、との考えから。
または純粋に、戦いによる商機をもとめて。『平和ボケ』で鈍化した、技術の発展速度を取り戻すためという向きもある――これを口にしたのはアイリーンさん。
『わたくしどもの主張、と取っていただいても構いませんわ』と彼女は微笑み、こう結んだ。
『それでも、国のすべてを戦に染めて、嫌がるものにはくびきをつけてでも戦わせ、あるいは動員するということには絶対賛同いたしませんけどね』と。
当時それに反発し、Ωの身分に堕とされて、最終的に国を出たひいおじいさんがいるというご老人の話は、まずまっさきに聞きに行かなければならないものだと感じた。
コルネオさんからそれを聞いた瞬間にイツカは「そのおじいちゃんたちと会えないか?!」と立ち上がり、おれからもお願いして、お会いする日をセッティングしてもらうことになった。
ちなみにこのとき貴族議員の数名がかすかにいやな顔をしていたが、エイドリアンさんがさりげなくお茶のおかわりをすすめてフォローしていた。イツカは気づいたのか気づいていないのか。おれもそこはスマイルのままでスルーしておく。
フィル・エイドリアン・シルウィスさん。温厚な見た目の通りに、気遣いの人のようだ。ルイーズ殿下たちは頼りにしているようすだし、おれとしてもこういう人は尊敬してしまう。
戦争は嫌というのは、何も知らぬまま動員された記憶を持つ高齢の平民たちと、かれらの話を聞いて育った世代の共通認識だ。
逆に言えば、その記憶の薄い若い世代においては、その考えが薄まってきている。
それどころか『自分たちも月萌のαプレイヤーみたくカッコよく戦いたい』という人もいて、高等魔術学院の受験者はどんどん増えているとのことだ。
おれたちがアイドルバトラーデビューしてから、その人数はどんと増えたという。
たしかに、おれたちのオリジンは『ミライとソナタを助ける』ことだった。
そのために、戦った。二人を、仲間たちを狙う者たちに負けないために、その挑戦を集めて打ち破ってきた。
しかしミライをΩの身分から救い出し、健康を手に入れたソナタがおなじ轍を踏まぬための道を整えた今、おれたちの求めるものはもっと大きくなっていた。
ハートチャイルドたちの救済。三人の『マザー』を通じて、世界中をウォーゲームにまきこむ『ミッション・エインヘリアル』の廃止もしくは変更。
つまり、今のおれたちは、平和を求めてここにいる。
というのに、そのおれたちの過去の姿そのものが、旧ステラ国領の若者たちに、戦いを求めさせるきっかけになっている。
なんとも、皮肉な事実だった。
もしかしたら、はじめて『ステラの塔』に行った帰り道、感じた冷たい視線の正体は。
それを確かめる機会は、早くもその帰り道に訪れた。
「あ、ジュジュ~!」
今日、ボディーガードを兼ねて同行してくれているのはジュディとレム君だ。
そのジュディに、小さな女の子たちが駆け寄ってきた。
なかのひとりの手には、一通の封書。
おれたちはもちろん足を止め、ジュディはしゃがみこむ。
「どうしたのみんな?」
「あのね、あのね、すっ……ごいかっこいいおじさんがね、これ!」
「ジュジュに渡してくださいって言ってー!」
「もー、すっごいかっこよかったぁ~!」
「えーホント?!」
キャー! と盛り上がる三人。
いっしょになって盛り上がるジュディ。
微笑ましく見ていれば、横合いから殺気、じゃなかった、覚えのあるあの気配。
バッとおれを背にかばうレム君の向こうには、つかつかとこっちに歩み寄ってくるシグルド氏がみえた。
「カナタさんに何の用ですかっ」
「本当につれないな、弟よ。
兄が弟に構ってほしくて近寄ってはいけないのか?」
「はああっ?!」
その瞬間、おれたちは後ろからぐいっと引っ張られていた。
「すみませんごめんなさい少しだけお話をっ!!」とささやかれながら。
お話まとめパートが思ったより長くなってしまいました。
次回、苦悩する者の声。
例によって明るく終わる予定です。
どうぞ、お楽しみに!




