55-4 弟が、できました<SIDE:ST>
2021.04.29
一か所ミスがございました、すみません……!
シュナイザー→シュナイダー
2021.06.04
なんてこった! シュナイザーで正しかったのでした。
再修正させていただきました。
「そういえば、レム君たちの名前って、どういう構成になってるの?
おれたちとは違うし、ライアンさんともまた違うみたいだから気になって」
そう、おれは『超聴覚』を全開にすれば、たとえ初対面でもフルネームや略歴程度なら知ることができる。
けれどそれ以上、たとえば、名前の背景なんかはわからない。
月萌は長く鎖国をしており、そのあたりの情報もないに等しい。
おれはさっそくレム君に教えてもらうことにした。
「そうですね、何から答えたらいいか。……
そもそも、月萌国はもっとも特殊なんです。
というのは、もともと『姓 名』の形式がほとんどだったところに、移民とともにステラ流の形式が入ってきて、公式ルールであとからいろいろ統一しているからです。
人名の公式表記に表意文字を使わないこと。公人については個人名を先頭にする。
ただしこれは、セレノ国で旧来使われていた表意文字の類を禁止するためのものではない、そのことを現すために、国名を表意文字での『月萌』とし、地名その他においての表記はそのままにされているんです」
「そうなんだ……」
おれたちは、この辺りについてはほぼ習っていない。
おれたちのさいしょの先生だったカナン先生からも『海を渡って漂着した未知の大陸のマレビトがいろいろ持ち込んで『マザー』が採用を決めた……としか言いようがない』としかきいていない。
高天原でも、そのあたりは四ツ星以上の自主学習でということになっていたため、おれたちはそこを学ぶ時間がなかった。
つまりこれは絶好の機会。おれはメモを取りつつ、興味深く拝聴する。
「ステラ国はもともと『名 姓』もしくは『名 ミドルネーム 姓』が主流だったのですけれど、強い『力』を有する者はさらに『レイ・ネーム』というものがつきます。
たとえば、僕なら『フィル』。マルねぇさまなら『アリエ』。ジュジ……ジュディなら『クロン』です。
これは力の源となる存在の名前で、鍛錬と研鑽によって認められ、後天的に得ることもあれば……
貴族のように、血統によって生まれつきに得る場合もあります」
というか、血統の確立した家のものが、貴族として国に囲われるのですけどね、とレム君は、ちょっと悲しげに笑った。
「後者については、形がい化していることもあります。
たとえば、かつての僕です。
僕は父の子として、『天狼フィル』の『血』を受け継ぎました。
けれど、戦う力がほとんどなかったんです」
「それで……。」
そのときいくつかの疑問が、おれの中で氷解した。
資料によれば、シグルド氏の名はフィル・シグルド・シルウィス。ステラ国の貴族シルウィス家の嫡男だ。
レム君そっくりの銀髪碧眼。『フィル』は同じで、兄弟で。でも苗字は違い、レム君は施設の子だけど、シグルド氏は御曹司。
レム君はうなずくと、悲しい身の上をあかしてくれた。
「はい。
そのため母ともども家を出され、姓も父方を名乗ることは許されませんでした。
母は、お前はなにも悪くない、生きていてくれるだけで私の天使だと言い続けながら、病で逝きました」
まるい眼鏡のむこうの瞳が、小さく潤む。
けれどレム君は、自分から顔を上げて、明るく力強く笑った。
「……まあ、おかげで『エルメスの家』の子になってマルねぇさまやジュジュ、きょうだいたちと出会えたんですから、結果オーライですけどねっ!
その後、僕にレア能力の『知力ブースト』が開花したので戻ってこいと言われたのですが、『もう遅い』ってなもんですよ。
そんなわけでバカ兄とかはことあるごとにちょっかい出してくるんですけど、知ったこっちゃありません。僕はここで楽しく暮らすんです。
ターゲットにされた月萌のみなさんや、カナタさんには申し訳ないのですけれど……」
おれにはわかる。その言葉は嘘じゃない。
特殊チームの情報担当として立派に仕事をこなしながらも、敵さえ案じる優しい気持ちが彼にはあるのだ。
もちろん、おれがいうことはひとつ。
「レム君は優しいね。
大丈夫だよ、そんな風に争わないで済む世界を、おれたちはこれから作るんだからね。
できる限りで力を貸してくれれば、それでいいよ」
「カナタさん……!!」
レム君が目を潤ませておれを見つめる。このあたりは、どこの子供も同じだ。おいで、と両手を広げると、ぽんっと胸に飛び込んできた。
レム君はおれの胸に顔をうずめて、ぽつんとこんなことを言う。
「カナタさんが僕のお兄ちゃんならよかったのに」
「いいよ、そう思ってくれて。
おれ、故郷にもおなじような弟と妹たちがいるんだ。
血はつながってないけど、そのぶん心はしっかりつながったきょうだいたちが。
だからひとり増えても、ぜんぜん問題ないからね!」
「はいっ!」
これが可愛くないわけがあるだろうか。
また頭を撫でれば、レム君はとびっきりの笑顔を向けてくれた。
そのとき、横合いの物陰からキラッキラした視線(一部ハラハラした気配)を感じた――よし、こういう時はスルーだスルー。
レム君は気づいているのかいないのか、嬉しそうに身を離すと、最後の答えを教えてくれた。
「ごめんなさい、話がそれちゃいましたね。
ソレア国では一般に、家名はあまり用いません。
『ライアン=レッドストーム』のように、個人名の後ろに二つ名をつなげるか、親の名前+関係性を表す接尾辞をつけたもので名乗ります。
ベルさんの新しい名前『ヴェール・ライアンドゥーテ・シュナイザー』は、それとステラ風の合成です。ライアン+ドゥーテで『ライアンの娘』という意味なんですが、それをミドルネームとしてつけているんです。
もっともライアン氏たちくらいの名門になると、著名な先祖の名を姓として用いることもあります。そんな感じですね」
「なるほど、よくわかったよ。
ありがとう、教えてくれて」
「どういたしまして!」
こうして、なんにも怪しいところなんかないレム君のお名前講座は無事終了したのだが……
物陰からの視線はいまだにキラッキラしまくっている(一匹だけはいまだハラハラ)。
こんにゃろう。心の中で盛大に舌打ちをしたおれは、とりあえずそっちに向けてふとももの銃を抜くのだった。
気が付いたらこうなっていた、パート2!
次回は月萌サイドへ。イツカナ、初めての本格休暇です。
どうぞ、お楽しみに!




