6-5 ワイルドサイドを行け!
イツカはまっすぐ立ち上がる。
ぐっと強く、こぶしを固めて。
「ああ、よくわかった。
この国にとんでもなくクソなシステムが、いくつもいくつもあるってことが。
変える。変えてやる。全部全部。
人ひとりの人生を、ただの道具にするようなシステムなんか。
戦争してる? そんなのこれ以上、言い訳にされてたまるか!!
ミライ。おまえは、俺たちのフットマンになる必要なんかない。
いまここで俺を1000発殴って、1000BP稼げ!
そして、いっしょにこのクソな世の中ぶっ壊すぞ!!」
「それでいけるなら、とっくに俺を1000発殴らせてる」
そんなイツカを止めたのは、ノゾミお兄さんの冷静な声だった。
「ただ単純に暴力でもってBPを稼ごうとしたりすれば、『不適格者』として研修をオミットされてしまう。
そうなれば、待っているのは『ただのΩ(オメガ)』としての未来だけだ。
そのあとは問答無用で、お前らの部屋に派遣されるだろうな。
場合によっては、メイドとしての表面換装を施したうえで。
――それはお前もだ、イツカ。
そもそも『ドラゴン』として目をつけられてんだぞ。自分を1000発殴らせるなんてイカレた事件を起こしてみろ。気がふれたとされて即Ω堕ちだ。絶対にそんなことするな。絶対にだ」
イツカは歯を食いしばる。
そして一度、二度。自分の太ももにこぶしを叩きつける。
「だからって。
できねえよ、そんなことっ……
ミライは仲間なんだぞ。二年間一緒に高天原目指してきた。
そのミライにフットマン役をさせるなんて残酷なこと、俺には絶対にできない!」
そのとき、ふとひらめきがふってきた。
「あのさみんな、こういうのってどうかな。
ミライはいま、Ωなんでしょ?
ということは、充分なTPさえあれば、βに『なれる』んだよね?」
Ωは月萌国の所有物だ。だが、定められたTPを支払えば、『身請け』することができる。
もちろん安い額ではないが、それでも支払う人はいる――おれたちのように。
仲間や家族が『堕とし』や放校などにより、Ωになってしまった場合。
そして、Ω位にあるひとと、恋に落ちた場合。
言い値で支払われるTPは、相当な額になるだろう。
戦争状態にあってすこしでも戦費を稼ぎたい月萌において『それ』は、収益の一角として位置づけられているはず。
つまり、研修中のΩであっても、売れるとなれば喜んで売ってもらえると考えられるのだ。
はたして、先生のこたえは。
「そうだな、それは間違いない。
その場合、高天原入学前研修もその場で終わる。
身柄は、身請けしたお前たちのものになる。
お前たちが望めばうちに帰してやることもできるし、付き人待遇で高天原に置くことも可能だ。
その間、市民ランクは空白となるが、その状態で『戦士昇格』を再び目指すことはできる。
……俺がかつて黒狼として、ミソラにそうしてもらったようにな」
ドンピシャだった。おれは立ち上がって、頭を下げた。
「だったらいける!
ノゾミお兄さん、ミソラさん。
お願いです、TP貸してください。出世払いで返しますから。
これなら、イツカに敷かれたレールからは一応外れない。ミライもすぐに自由になれますから!
そしたらミライにはおれの500ポイント固定ボムをあげるから、それをバトルフィールドでおれたち二人に投げつければ、ミッションコンプリートです!」
「カナタ……!!」
頭を上げれば、イツカとミライが見守る前で、ミソラさんとノゾミお兄さんは顔を見合わせている。
無理だという様子では、ない。おれは勢いづいて言葉を重ねた。
「部屋のことならおれたちで何とかできるからだいじょうぶ。ね、どう、ミライ?」
「で、でも! それって結局思うつぼだよ! うえのひとたちの!!
きもちはうれしいけど、それじゃだめだよ。それに……
だれかからお金借りれるなら、まず、ソナタちゃんに手術受けさせてあげたい。
おれの自由なんかより、そのほうがずっとずっと、大事だよ。
ソナタちゃんが幸せになれるなら、おれの人生、あげてもいい。
おれは、そう思ってるから……。」
自分を弱っちいという、けれどこれっぽっちも弱くなんかない男は、そんな風に言う。
そんなやつにかける言葉なんか、ひとつしか思いつかない。
おれはミライの隣に腰かけて、膝の上のこぶしに手を重ねた。
「ミライ。
そんなふうに言ってくれるやつじゃなくっちゃ、おれはソナタを任せられないよ。
だから、ソナタがそばで笑って暮らせるよう、ミライもちゃんと幸せになって。
どうせ人生くれるなら、ソナタのそばにいてやってよ。お願い、ね?」
「あ、……!」
そう伝えればミライは、はっと息をのんだ。
すっかり優しい顔になったイツカも、おれの反対側に座り、むぎゅっとミライの肩を抱く。
「そうだぜミライ。だからそんな風に全部あきらめんな!
『タイムリミットはソナタちゃんの方が近いし、ミライも今んとこひどい目にあってるわけじゃない。だから、さきにソナタちゃんを助けることにする』。
これならいいだろ? お前も遠慮なく、助けられてくれよ!
俺は、俺たちは、全員助けるんだ。
ソナタちゃんもミライも、ミソラ姉ちゃんノゾミ兄ちゃん、『うさぎ男同盟』の連中も、そのほかこんな世の中が嫌だってやつらみんな! いいよなカナタ!!」
おれがもちろんとうなずけば、ミライはニッコリ笑った。
「わかった。じゃあ、その間おれにも、手伝わせて!
よく考えたらさ。いまのおれができるのは、お掃除とかお洗濯だけじゃない。
前みたくカナタの錬成のお手伝いしたり、イツカの手合わせにつきあったり……
ときどきお茶入れてあげて、勉強や試合とかの相談に乗ったり。
そうやってどんどん勉強してけば、ふたりがα目指すのを『ただ見てるだけ』になんか、ならないよね!
ねえ、おれはふたりのこと、よーくわかってるよ。だから、誰よりうまくフォローしてあげられる。
こればっかりは、ほかのひとには負けないから! ね? いいでしょふたりとも?」
「……確かに、そのとおりだね。
うん。そういうことなら、おれとしてはぜひお願いしたいけど……イツカ?」
言われてみれば、全くその通り。なんて、なんて頼もしい援軍だろう。
イツカに同意を求めると、やつはとってつけたようにポンっと手を打った。
「あ、ああーそうだー! よく考えたら俺、掃除とかあんまうまくないんだよなー。ミライに教えてもらえたら、すこしはマシになるかも!
誤解すんなよ? あくまで教えてもらうってことだから! 実質師匠だからフットマンなんかじゃないし! ただそのやっぱ、実例見せてもらうことはあるかもだけど!」
ちょっと棒読みめいた言い草からは、あれだけ激しく反対した手前……という恥ずかしさが感じ取られて、なんだかほほえましい。
それはミライも同じようで、ほのぼのとした笑顔で冗談めかす。
「えへへ、了解!
……みっちり仕込むから覚悟しといてね?」
「……あ、ちょっとお手柔らかにお願いします」
学長室がふたたび笑いに包まれ、ミソラさんが音頭を取った。
「決定だね!
イツカとカナタは、勉強とトレーニングをしながら稼ぐ。
ミライは当面、ふたりのお手伝いと指導をしつつ『予習』。『カタチ上だけ』フットマンとしてね。
とりあえずは、二人が部屋に戻る放課後、一日二、三時間ってことでどう?
もちろん研修だから、イツカとカナタにTPの負担はないよ」
「そうしてくれるとありがたいけど、ノゾミお兄さんちでもうちのことしてるんでしょ。そのへんはだいじょぶなの?」
「そうだ! いっそノゾミ兄ちゃんも一緒に住んじゃえよ!」
「馬鹿、表向きは他人で通すんだぞ。どう言い訳つけるんだ」
「わー、なんかこないだ見たドラマみたい。先生と生徒が秘密でど」
するとミソラさん、おめめをきらきさせてポンと手を打つ。
そうしてさらっと出てきたど天然全開のセリフにおれたちは慌てた。
「おいやめろそれいじょういけないっ」
「がくちょーがそれいったらだめだからミソラ姉ちゃん!!」
「……???」
「ど、……ど、ど、『同居』はむずかしいからねいろいろと!! ライフスタイルのもんだいもあるし!!」
ノゾミお兄さんとイツカが慌ててストップをかける。
おかげでおれにお鉢が回ってきた。重すぎる任務だとおれは思う。
それでも、純真な瞳を向けてくるミライにその先を知らせてはいけないというのはおれたちの共通のミッション。知恵を絞って何とかごまかした。
「話を戻すが俺なら大丈夫だ。もともと俺も、家事はできるからな。
それにそろそろ、かわいい弟に夕飯くらいは作ってやりたいと思っていたところだ。問題はない」
「かえりが早い日だけでいいよ、お兄ちゃんもおしごと大変なんだから!」
「それもそうだな、それじゃ遅い日は引き続き頼む」
「はーい!」
「うむうむ、よきかなよきかな♪」
なかよし兄弟のやりとりにニコニコしているミソラさん。
もしかしてさっきのアレは、この辺まとまるの狙ってたんだろうか。
『銀河姫』の底は知れない。
シロフクロウの超天才軍師はそして、さらにおれたちの上をいく。
「イツカ、カナタ。
きみたちにその覚悟があるなら、ひとつプランがある。
ソナタちゃんの手術費用、ミライの身請け代、どっちも在学中に稼ぎ出せて、『ミセモノバトル』に苦しむ生徒たちにも救いをもたらすことができるやつが。
……ただこれは、『敷かれたレール』以上の、過酷な道だよ。
正直言って、勧めたくないくらい。
きみたちが生徒でなくても、弟みたく思う存在でなくともね」
「だいじょぶだよミソラ姉ちゃん!」
「勝算はあるんですよね。だったらやってみる価値はあります!」
「それじゃあ。……
君たち。
学園闘技場で、アイドルバトラーになってくれない?」
「へっ?」




