Bonus Track_54-3 シャモアの恋の物語~ハルキの場合~
シャモアとは、かっちょいい系のカモシカです(雑な説明)。
『高天原の名家『イジュウイン』の子息として、また高天原学園の学生代表として、休み時間の皇女に居城の案内をして差し上げよ』
『マザー』のお城の地図とともによこされた、俺へのご指名依頼。
その内容は、信じられないものだった。
うそだ。まさか、こんなことがあるなんて。
だって、これじゃあまるで――
* * * * *
『まさか、こんなことがあるなんて。』
――最初にそう思ったのは、兄貴の初試合。
バディ制が基本の高天原で、単騎で出場しているのを見た時だ。
兄貴はクラフターとして、サポート役としては優秀なんだけど、単騎で戦うのは苦手なのだ。だから絶対、前衛が必要なのに。
俺を待ってくれてるのだと、すぐに分かった。
届くかわからない手紙やメールを出し、掲示板に『誰でもいいから前衛と組めばいいのに』などと書きこみ、できる限りの方法で説得を試みたものの、みょうなところで頑固な兄貴は、臨時はあっても正式にバディを決めることはなく、ついに星を失ってしまった。
必死に急いでAランクTP100万を達成、とるものもとりあえず高天原入りした俺は、兄貴を救ってくれた『うさねこ』の皆さんにお礼を言い、しようのない兄貴には一年分のお説教をした。
もっとも兄貴は終始、それはうれしそうにニコニコしていて。
『きーくんはほんと、りっぱになったね。お兄ちゃんすっごく嬉しいよ!』
そんなことを言いつつむぎゅっと抱きしめられたら、もうお説教なんかできなかった。
――二度目にそう思ったのは、兄貴と組んで出た初試合。
『こよみん事件』の有名セクシー美女テロリストが、直接闘技場に乗り込んできた。
めちゃくちゃ腹が立った。
けれど、すぐさまそれが吹っ飛んだ。
俺は、天使に出会ったのだ。
そのひとは、異国の皇女様だった。
しかも、テロリストたちの上司。つまり、敵幹部。
なのに俺は、彼女に恋してしまっていた。
いつか世界一強くなって、和平の使者としてあのひとと結婚できるようになってやる! なんて考えてしまうくらいに、強く強く惹かれていた。
――三度目は、ついこの間。
何年もあとになるだろうと思われた再会が、俺のもとに降ってきた。
式典の日、俺はあの作戦に参加した。
そうとしりつつ『ブルー』にわざと騙された。
そうして、皇女の御前に案内された。
もちろん対面した俺たちは、どっちもくぐつだった。
『やはりか。
……このような形で若き芽を摘み取らずに済んで、よかった』
彼女はそう言って、何もすることなく俺を解放してくれた。
で、四度目は、その直後だ。
くぐつの記憶をインストールした俺の脳内に、なぜか『マザー』のパレス、深部以外の間取りと簡単なグルメ&観光情報、こんな指令が入ってきたのだ。
高天原の名家『イジュウイン』の子息として、また高天原学園の学生代表として、休み時間の皇女に観光案内をして差し上げよと。
いやいやいやいやいやそこはまず御三家の誰かじゃないですか――っ?!
俺はぶっとんだ。
あわててアスカさんに相談すると、帰ってきたのはこんな答え。
『んー。本来ならこの役目レインだったんだろーけど、あいつしばらくそれどこじゃないからね。
かくいうおれも、マックス被害者だけどいちおー親戚だし、そろそろ本格的に助けに入ってやらなきゃだし。
っで、クゼノインのミズきゅんはもうブルーベリーちゃんがいるじゃん? ソレイユは女の子ばっかだから婿は出せないし。
となると必然的に御三家に近い名家のどれかからーってことになるわけよ。
いやー、ごめんね大変なことまたやらせちゃってー。だいじょぶおれたちそっと見守ってるから! 決してのぞきじゃないから心置きなくあぷろーちしちゃってプリーズッ!!』
そうして、俺は、ここにいる。
和平交渉の間の休み時間。皇女エルメスと、ボディーガードを兼ねた侍女二人の案内役として、俺は彼女たちの向かいの席に座っている――『マザー』の居城内にある、おしゃれなカフェで。
「ええと……どう、いかが、ですか?
ここのパンケーキは、おいしいと職員の皆さんにも評判だそうです」
「ええ、とても美味です。
ふっくらほっくりとした焼き上がり……やさしい味わい。
『エルメスの家』の子供たちにも、食べさせてあげたい」
イチオシのメープルクリームパンケーキを品よく召し上がる彼女は、まさしく皇女様。
どうしよう、なんかもったいない、っていうか俺、近すぎる気がする。
ぶっちゃけいってまばゆい。
なのに、真っ先に出てくる言葉が、施設の子供たちに食べさせてあげたいという言葉。
天使か。
神様、俺、どうしたらいいんでしょう。
尊い。尊すぎてヤバいです。
「あの、えっと……きっと、だいじょぶです。
おみやげに持っていけますように、用意します!」
もちろんなりたて三ツ星にすぎない俺に『土産を持たせよ』なんて誰かに命令する権威はないし、もらった予算でも足りるかどうかはわからない。
あとで侍女さんに人数確認して、不足の分は俺が自腹で出そう。
決意して言い切った俺に彼女は、花開くような笑顔を見せてくれた。
「ありがとう、ハルキ殿。
あなたはとても、優しいのですね。
敵に過ぎなかった私たちの、度重なる無礼を許してくださり、さらに心を尽くしてくださる」
それは、あなたが素敵だからです!
……なんてことは、言えなかった。
「その、はい、当然のことです、のでっ」
顔が熱い。俺はごまかすように、薫る紅茶を口に運ぶのだった。
こっちはまだまだ春まで遠そう……なのか……?
次回、式典(予定)!
お楽しみに!!




