6-4 ドラゴンの花嫁
「くう、はく……?!
こ、れって」
イツカも直感したようだ。
『市民ランク欄空白』が、何を示すのかということを。
ミソラさんは一息おくと、苦し気に続ける。
「誰かから、言われなかったかな。……
『高天原生は無級』『宙ぶらりんの存在』だって。
高天原生はα候補であり、Ω候補でもある。
そうでありつつも、高天原の内情ほかの機密に触れてしまうから、αになれなかったら、Ωにしかなれない。
だから『無級』の存在とされる。
……この情報も機密扱いなの。だからそれを知るわたしたちは、高天原を目指す子たちに、それを教えてあげることができない。
ただなんとか、ぎりぎりのところで支え続けるしか……
理由をつけてポイントボーナスをあげたりして、這い上がれる日を待って。
それでも救いきれない子たちがいて。それでも、……!」
ミソラさんが膝の上でこぶしを握り、つらそうにうつむけば、ノゾミお兄さんがそっと手を重ね、ミライも心配そうに寄り添う。
一秒、二秒。するとすこしほっとしたようすでミソラさんは、だいじょうぶ、と顔を上げた。
「あのね。
……ひとつ、訂正。
イツカたちが実習で戦ってたのは、正真正銘のモンスターだよ。
月萌辺境のVR空間制圧のために、他国が送り込んできた攻撃プログラム。いうなればコンピューターウイルスだね。
ヒトと戦うのは、αの役目。それにしたって『ティアブラシステム』の仲介が入るから、実際に戦ってるのはお互いアバターだけ。
最悪オーバーキルでアバターが壊れたりもするけれど、その『向こう』にいる人間は、死にはしない。
それが、このセカイの戦争なの」
ミソラさんが静かに説明を加えれば、イツカはソファーの上で頭を抱え込んだ。
大きく大きく、ため息をつく。
「人が、死んでないのは、いいけどさ……。
なんで、俺たちそれを、教えてもらえてなかったんだよ。
高天原生は、どっちにしろ機密に触れちまう存在……なんだろ?」
「知らずに済めば、知らせないでいいことだからね」
「………………たしかに知りたくなかったよ……」
静まり返ったイツカの頭の上で、黒い猫耳が伏せられていた。
放っておけずに、そうっと撫でれば、微かなふるえが伝わってくる。
「イツカ。いったん部屋に戻る? あとは……」
「聞く。
……俺だけ、逃げたくない」
イツカはそして顔を上げ、ぎゅっと俺の手を握ってきた。
負けるな、というように。
その時に気づいた。おれの手もまた震えていたことに。
「それだけじゃ、ないんだよな。
ミライが『そう』なった理由。俺たちのフットマン候補として『定められた』理由。
聞かせてくれよ。ミソラ姉ちゃん」
するとミソラさんは、泣き出しそうな顔で笑った。
「……ありがと、イツカ。
それじゃ、話すね。
長い話になってしまって悪いけど、ここからが肝心なところなの。
ミライがトラップクエストを仕掛けられ、拉致同然に二人のフットマン役とされたのはどうしてなのか。
カナタの家具に突然高値がついて、イツカと同時に高天原に来れることになったのはなぜなのか。
いい、三人はなにも悪くないからね。どうかそこのところは忘れずに、この話を聞いて」
ミライが小さくうつむき、おれたち二人がうなずく。
隣に座ったノゾミお兄さんの手をもう一度ぎゅっと握ると、ミソラさんは静かに息を吸い込み、もう一度語り始めた。
「第一にこの高天原学園は、月萌の国策にもとづく人材工場だ……ってさっき言ったね。
第二の目的は、特定の条件を満たす子たちを集め、月萌のために戦う人材として『飼いならす』こと。
そうした子たちは『赤竜』、『黒狼』と呼ばれる。
この呼称は『能力適性』によるものだから、今は説明を省くね。
とにかく、規格外に強い子。へたしたら、ひとりで月萌をぶっ壊すだけの、心と体の強さを持った子たちと思って。
そうした子たちをつなぎとめるために使われるのが、『白妃』と呼ばれる子たち。
つまり……」
「カナタが『ドラゴン』で、ミライが『プリンセス』っ?!」
イツカが叫ぶ。いや、どうしてそうなった。
ミライの『プリンセス』もたいがいっちゃたいがいだが、まあミライなら可愛いから許せる。
だがおれはどう考えたっておまえより規格外じゃないだろ。
まあ、話の流れを止めるのも何なので、ここは突っ込まないが。
「半分あたり。
ミライが『白妃』。『赤竜』は、イツカだよ。
強くて身軽でフリーダムで、何においても規格外のイツカは、いずれこの国を滅ぼしかねない。ミッドガルド時代からそうみられてた。
だから、ふたりは……ううん、三人は監視されてたんだ。
イツカは、くびきをかけられ、管理されるべき『ドラゴンの卵』として。
ミライは、イツカのくびきとなるべき『プリンセスの卵』として。
カナタはそして、イツカをそばでフォローするための付人候補として」
「どう、いう……」
「イツカは、ミライが大好きだよね。
万一Ωになっちゃったら、絶対絶対に『身請け』するでしょ。
どれだけTPを積んででも、自由な身分に戻してあげたいってがんばるよね。
そのために働いている間は、この国を滅ぼせない。
その状況を作るためにミライは『天使堕とし』されたの。
イツカが高天原いきを決めたすぐあと、『竜の涙とエンジェルティア』というトラップクエストを仕掛けられてね。
カナタの家具にいきなり破格の値段が付いたのも仕組まれたこと。入学時期を合わせ、イツカに付き添わせ、フォロー役をさせるためにそうされたんだ」
そのとき、それまで黙っていたミライが、かばうように立ち上がった。
「あのね、あのね!!
ミソラお姉ちゃんやお兄ちゃんは悪くないから!
そういうことはね、政府内部の運営組織がやってることなの。戦争に負けたくない、国を滅ぼしたくないって!!
ていうか、お兄ちゃんたちももともと『エンジェルティア』をしかけられた側なんだ。
だからこそ、そんな世の中を変えたくて、がんばって先生になったの!
ふたりはこんなこと、いいと思ってないし加担もしてない。それはほんとにほんとだからっ!」
ノゾミお兄さんになだめられて、ミライはソファーに腰を下ろした。
けれど、小さなこぶしをぎゅっと握ってさらに続ける。
「イツカたちも、悪くなんかないんだよ。
これは、おれが、弱かったから……
おれたち『プリンセスの卵』ってのはね。もともとそういう人種なんだって。
よわっちくって、なのにコミュ力だけは高くって、みんなの足手まといになるように……
いざとなったらこうして、助けを待つお姫様みたく、『ドラゴン』の子たちの足かせになるように作り出された。
でもね、おなじ『プリンセスの卵』でも、それ乗り越えた子たちはいっぱいいるんだ!
たとえば、まじかるあーちゃんとか!」
「……アスカが?」
思わぬ名前が飛び出し、おれたちは顔を見合わせた。
「うんっ。
あーちゃん……アスカくんは『エンジェルティア』でも『天使堕ち』しなかったんだよ。
おれみたく馬鹿正直にひっかからないで、ちゃんとクリアして高天原に迎えられたんだ。特待生の二ツ星として!
……だから、いいんだ。
おれはそもそも、こういう役回りだった。
ヒーローにはなれない。裏方として、支えることしかできない。
でもね、支える相手が二人なら、それでいいかなって!
おんなじだからさ。これまでと。
カッコよくかけてくふたりの後ろ姿を、まぶしく見てるのは。
イツカ、カナタ。
おれをふたりの『フットマン』として使って。
身請けは、しないでいいから。
おれ、ふたりの足かせになりたくない。
ふたりは、αになって、自由に生きて。
そしてできるなら、こんな悲しい世の中を変えて」
ミライは、笑っていた。
とてもとても寂しそうに。だけど、涙はひとつも見せないで。
「……事情は分かった」
やがて、イツカが低い声で言った。
あわわ! 昨日評価いただけておりました!! ありがとうございます♪
PV、スマホアクセスとも増えてきておりますことも、じわっとうれしい今日この頃……
つねに悩みがちな日向ですが、救われたり、励みになったりです。いつもありがとうございます!!




