53-6 ステラの涙
さいしょからこの目的で作られていたのだろう。謁見の間の横手のドアをくぐれば、そこがガーデンテラスだった。
緑と花々に満ちた中庭にむけ、大きく突き出すようにつくられたテラスは、まるで『森の中のかくれ茶所』。このロケーションだけでも、癒し効果は抜群だ。
花で飾られたティーテーブルのうえには、さらにちいさな天国があった。
つやつやのチェリーパイ、ハーブの練りこまれたクッキー、そして一口サイズのチョコケーキとモンブラン。どれも繊細な意匠で食べるのがもったいないほどだ。
お菓子の甘い香りを、白とブルーの茶器からあふれるお茶の香りがまとめ、目も鼻も楽しいお茶席である。
ただし、しつらえられていたティーテーブルに、椅子は六つだけ。
つまり『闇夜の黒龍』あらため『シエル・ヴィーヴル』の六名は、少し離れた背後で立って待機となる。
やさしいナツキは気になったのだろう、こそっとバニーの袖を引いた。
「ねえバニーお姉ちゃん、あっちのお姉ちゃんたちは?」
「ナツキはやさしいのね。
あのお姉ちゃんたちは警備のおしごとよ。わたしたちはどんと構えて、守られてあげましょうね」
「うん、わかった!」
実はおれもちょっぴり気にはなっていたのだけれど。だってこちとらド庶民だ。
かれらは月萌でテロ活動や諜報活動を行ってきており、おれたちとも何度か対峙してきた。『おなじく女神の意のもとにあるもの』同士であるとはいえそんな風に思うあたり、結局おれも甘いのだろう。
その一方で、おれたちには利用価値がある、このお茶とお菓子は大丈夫、なんて計算しているおれもいるのだが。
雑念を振り払い、勧められて着席。香り高いお茶に口をつける。
とたん、ふわりと初夏の風のようなあじわいが吹き抜けた。
「うまっ!」
「おいしい!」
「おいしーい!」
「これは……素晴らしいですわ!」
つぎつぎと歓声を上げてしまうおれたちに、ステラマリス女王はにっこりふんわり笑った。
「お気に召していただけて良かった。
ソリステラス・スペシャル。各地より集めた茶葉を、私たちでブレンドしたものですわ。
ソリステラスの協調の象徴でもあります」
「近いうちに月萌のハーブも、ここに加わったらいいんだけどね……」
「ええ、本当に」
微笑み合う女神と女王。もともと戦争していた国の代表同士とは思えないほどの和やかさである。
イツカがこそっとおれに耳打ちした。
「なーカナタ、ハーブ出してやったら? おまえのハーブいい香りするじゃん」
「あれはおれのハーブであって、月萌のじゃないよ?
でも、そうだね。
お二方、よろしければ第二覚醒で、ハーブのブーケを咲かせてお贈りします。今日のこの日の記念に」
「ほんと?」
「よろしいのですか?」
「ええ。……警備の皆さんがご心配なようなら、後日お届けするという形でも」
そう、以前マルキアがおれたちの拉致をあきらめた理由としたのは、ほかならぬおれの第二覚醒だったりする。
しかし、ツートップが身を乗り出した。
「警備の皆さんはボクたちが守るからモーマンタイだよ!
みせてみせて、カナタの『ラビキン・プチ』!」
「わたくしからもぜひお願いいたしますわ!」
どうやら強さでもツートップらしい二人がこうなっては、もはや逆らえるものなどいない。
謹んでおれは、両手に力を集める。
基調は、白と緑。大きさは、わたあめほどにしよう。
「薫り高く、美しく。
健やかなる幸せをもたらす、おいしいハーブの花束を。
『卯王の薬園』・プチバージョン!」
念じればぽん、と小さな音がして、ハーブフラワーのブーケが出現した。
じつはこれ、『しろくろ』学園ラストライブで初披露したものだったりする。
そのとき、ルカとルナはすごく喜んでくれて……
はたして、やんごとなきふたりも華やかな笑顔に。
せっかくだからと、メイドさんに花瓶をもってきてもらってテーブルに飾ってくれた。
そうしてひととおりほのぼのしたのち、ここに来た目的――うちあけ話の続きが始まった。
「そうそう、すっかりお待たせしてしまいましたわね。
お話ししましょう。
――ステラ様が臥せってしまわれた責は、わたくしたちステラの民にあるのです」
そうして、ステラマリス女王は話してくれた。
いまから数百年前、この地上には三つの国があった。
『セレノ』『ソリス』『ステラ』。
スーパーコンピューター『マザー』を用いて治められし、三つの国だ。
当時すでに、三国は他との交戦状態にあった。
『マザー』の元締めというべき『グランドマザー』が『マザー』に下した、ある過酷なミッションのためだった。
そのミッションについて民にあかすかどうか、ひいては民をいかに導くかは、『マザー』のうつしみである『女神』にゆだねられていた。
ソリス国のソレアは、最初からすべての民になにもかも明らかにした。そして、強きも弱きも、全てがそれぞれの形で戦うこととした。
セレノ国のセレネ、ステラ国のステラは、ミッションを秘密にした。
力あるものだけに集中的に力を与えて戦わせ、さらに選ばれし者たちのみに秘密を明かす一方で……
弱き者たちには余計なことを知らせず、心安らかに社会をはぐくませ、その中から力ある者たちを選び出す体制をとった。
しかし、どれほど心を砕いたところで、秘めごとはひずみを生み出す。
先の見えぬまま延々と続く戦争に民は苦しみ、世のゆがみから生まれる3Sが頻繁に生まれ、国は混乱した。
それを見かねて、ステラはある日、全てを明かした。
ステラ国は割れた。
一部の民が、セレノ国に走った。
残った民も混乱し、ステラを糾弾する者、かばうものの間で激しい争いが起きた。
私はなんとおろかなのか。
守るはずの民を逆に、ひどく傷つけてしまった。
女神ステラは自らの判断と行動を悔いつづけ、ついには自らも、3Sに憑かれてしまったのだった。
……警備の人たちの立場っていったい。
次回、なんでソリス・ステラ二国が同盟したか、月萌ができたのかが語られてお茶会シメです。
どうぞ、お楽しみに!




