Bonus Track_6_2 僕たちは、ヒトですらなく ~アスカの場合~
『……でも、どうしてなんだろう』
それは、『うさぎ男同盟』初全体会合が、にぎやかに終わった直後のことだ。
第三寮の廊下を歩きながら、カナタはふいに言ってきたのだ。
『こんなことを言っちゃなんだけど……
どうしてあんなに追い詰められても、高天原をやめないんだろう、みんな。
夢があるのはおれたちも同じだからわかるけど……シオンの話きいてると……』
カナタはたどり着いたようだ。
少し、持ち直してくれたのだろう。
僕はわしっとカナタの肩を抱いた。
『うんうん、ちょーっと二次会いこっかー?
だいじょぶ、おれの部屋での健全きわまるお茶会だから! ねっ☆』
『えっ? あ。わかった……』
カナタをソファーに座らせると、やかんを火にかけた。
パパッとお茶の支度をし、お茶請けとともにサーブする。
『お菓子は購買で買ったやつだけどごめんねー』
『ううん、ありがと。
それで……』
僕は落ち着いて聞いてね、とりあえずカップはまだ置いといて、と前置きして話を始めた。
『カナタは、学園規則一覧頭に入ってるよね?』
『えっと、だいたいは……』
『じゃさ、退学についての第一項目、わかる?』
『え、……
あっ!!』
カナタは気が付いたようだ。
そう、高天原の学園規則一覧には『退学』の項目がない。
あるのは、『放校』の方だけだ。
携帯用端末で確認しながら、焦った声を上げる。
『え、……そういえば、なんで?!
放校については、決まりが、あるのに……』
『とりま、ステータス画面見てみて。
名前のところをタッチして、詳細情報画面。
……で、『市民ランク』のとこ注目』
この月萌においては、ティアブラのアカウントはイコール、市民アカウントだ。
それゆえステータス詳細には、年齢性別等、リアルの情報も記載されている。
そのうちひとつ、市民ランク欄の『記載』を確認し、カナタは息をのんだ。
その部分が『空白』であることが一体どんな意味を持つのかを、一発で見抜いたようだ。
『おれたちは、市民じゃ、ない。
奴隷ですらない、ただの……』
『ま、悪い言い方すりゃ、そういう事。
ノーテンキな言い方すれば、無限の可能性を持ってるってことだーね。
実際んとこは、おれたちはαでもΩでもないけど高天原エリアを歩けなきゃならない、一方で機密にも触れちゃうこともあるから、フツーにゃ外には出せない……っつー、各種システム的な要請からこーされるらしいんだな。
でも、だったらγ(ガンマ)とかなんかつくっちまやいーのにそれしないってことは、おれらの直観したのが一番ジャストミートなんだろね。
……ま、その時が来るまでは忘れてた方がいいよ。
うまくいきゃ、解決にかかわることになるんだからさ。カナタたちならきっと、近いうちにね』
イツカとカナタが呼び出されてから十分ほど。
数日前にこのソファーでカナタとした会話を、僕は思い出していた。
かつての学長と『青嵐公』。
そしてトウヤとアカネちゃん、僕たちも聞かされたのによく似た残酷な話を、二人も今、聞いているはずだ。
よみがえるのは、悔恨と自己嫌悪。ティーカップをのぞき込むふりでうつむいていれば、大きな手が頭に乗っかるのを感じた。
お前は悪くなんかない。お前が『助かって』くれたことが、俺は嬉しい。そう何度でも言ってくれる、不器用だけど優しいバディ。
その存在に感謝しつつ、いまはちょっとだけ、素直に甘えることにした。




