52-5 彼女の真実、またはそれぞれの役目を~カナタの場合~
たおやかな右手でハジメさんと手をつなぎ、残る左の手でマイクをもったユウミさんは、春風のような声と優しい様子で語り始めた。
「皆様に、ご挨拶とご説明とを申し上げます。
わたしはユウミ。もともと、わがあるじの思考パターンから作り出された『補助人格』というべきものでした。
ファン家では成人した子女が自らΩに身をやつし――もしくは所有する『くぐつ』を遣わして、長期の視察を行うことがあります。
そのさい、これをスムーズなものにするため、わたしたちのような『補助人格』AIが作り出されるのです。
わたしたちは視察の間だけ、あるじの体の中、もしくは『くぐつ』の中で、あるじの人格に代わって稼働します。
知識と体験を蓄積し、視察の終わった暁には、蓄積したそれらを適宜整理した形で『あるじ』に譲渡し、自らは『あるじ』の本来の人格の一部として、やがて統合され消えてゆく役目を負った『幻の女』なのです」
白いドレスをまとった彼女は、そう言ってどこか、はかなげに笑った。
しかし彼女は、心配そうに寄り添うハジメさんに『大丈夫』と優しい目配せを送り、話を続ける。
「けれど、わたしを通じてハジメさんを知った『あるじ』は、わたしを自らに統合してしまうことができなかったのです。
わたしを消化してしまえば、ハジメさんとの思い出も、抱いた想いたちもきっと、夢まぼろしのようなものになってしまう……『あるじ』とわたしはふたりとも、そのことに耐えられなかったのです。
それゆえ『あるじ』はわたしを、ある意味で自らの一部、いうなればいまひとつの人格として、身のうちに共存させ続けてくれていたのです。
わたしはその恩返しとして、『あるじ』をその内側から――ときには所有のくぐつに宿って、手助けをし続けました。
けれど皮肉にもそのことが、わたしとハジメさんとを、大きく引き離すことになってしまったのです」
握りあった二人の手に、ぎゅっと力が込もる。
もうあんなのはこりごりだ、と言わんばかりに。
「わたしの手助けにより、『あるじ』はそれまで以上のポテンシャルを発揮するようになりました。
ファン家の一員、『緑の大地』の一員として、より多くの人たちに頼られる存在となったのです。
『緑の大地』はΩ制に反対をしていません。つまり、それに反対して歩を進めてきたハジメさんと、矢面に立って対峙せねばならない立場になってしまったのです。
もし今わたしが完全に『あるじ』と切り離されれば、『あるじ』はいまもつポテンシャルを失い、その陣営は大きな不利を負うことになります。
それは、許されえぬことでした。
けれど、いつまでもハジメさんにつらい思いをさせ続けることも……。
だから、わたしたちは勝負に出たのです。
これをクリアすれば、それがどんな相手でも。そう、例えば政敵であったとしても、その婚約を認められる『嫁探しの儀』。
万一にも失敗すれば、ハジメさんとこのわたしとの恋は終わってしまう。
けれど残された手段はこれしかもう、ありませんでした。
ハジメさんは――成功してくれました。
弱くわがままなわたしたちを、まっすぐに追いかけて、優しくしっかりと捕まえてくれました」
ユウミさんの顔が、ハジメさんの顔が。幸せに染まりふんわりほころぶ。
「わたしは今、ここに誓います。わたしはハジメさんのもの。一生、かわることなく、この人だけのわたしであると。
ハジメさんたちがもっともっと力をつけて、わがあるじを引退させるか。
それとも、わがあるじたちがハジメさんを打ち倒すのか。
それはわかりません。けれど、わがあるじとハジメさんの関係に、政治家としての決着がついたなら、わたしはこのひとの妻となります」
と、ハジメさんが優しく声をかけた。
「ユウミさん。
わたしたちとあるじさんたちが、協力してやっていける道をどうにか見つける。そのシナリオは、アリですか?」
「…… もちろんですわ!」
ユウミさんはちょっと驚くと、にっこり。ぱっと咲いたひまわりのような笑顔で、さすがはあなた、というように寄り添う。
お熱い、お熱すぎる二人に、おれたちはもちろん全力でひゅーひゅーした。
それからふたりは、庭園にしつらえられたダンスステージへ。
ライトアップのなか幸せそうに踊られた、ふたりだけのデビュタントのダンスには、たくさんの温かい拍手が送られた。
もちろんおれたちも、手が痛くなるほど拍手をした。
踊りを終えた二人は、手をつないだまま周囲の人たちに丁重な礼を。
そうして、おれたちのもとに歩み寄ってきた。
「イツカさん、カナタさん!
ご心配おかけしました。やりましたよ!
ユウミさん、このお二人は……ってもう、ご存じでしたね。
お二人とも、彼女がユウミさんです!」
そうして不思議な紹介をすると、ユウミさんもにっこりと、不思議な自己紹介をしてきた。
「一応となりますけれど、はじめまして。
いつもィユハンがお世話になっております」
その瞬間イツカが何かを言い出そうとしたので、おれは速攻でやつをうさみみロールに。
ユウミさんはいたずらっぽく笑う。
「まあ、よろしかったですのに。
今の言葉が広く発されておりましたら、わがあるじは失脚。
わたしは晴れてハジメさんのもとへと嫁ぎ、『緑の大地』はさらなる恩寵をお願いできましたのに」
軽く打ってきたことばのジャブに、おれも確信した。
だからおれも、ご期待通りに打ち返す。
「こんばんわ、ユウミさん。
一応はじめましてということなので、あなたをどのようにお呼びすればと、お聞きしてもよろしいですか?
ユーさんでは、ィユハンさんと紛らわしいですものね?」
「構いませんわ、うさぎの国の王子さま。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
ももまん、また食べにいらしてくださいませね?
……あら、騎士さまのご様子が」
おれのうさみみのなかで、イツカがぐたりと脱力した。
おれのひざからもがくりと力が抜けた。
ソナタは。だいじょうぶ、ちょっと疲れてしまったねということで、ミライがVIPシートにいっしょに連れて帰ってくれている。
そこまでいけば――もう、大丈夫。
おれたちは、おれたちの役目を果たせば、いい。
おれとイツカの中で、運命のカウントダウンがいま、終わった。
遅効性3Sフラグメント『虚無』。
最弱にして最凶。月萌では未知の『静かなる荒神』が、おれたちの心と体から、ひかりと動きを奪い取り始めた。
ざわり、上がったざわめきを割くのは、聞き覚えのありすぎるセクシーボイス。
『ハーイ、元気してるかい?
せっかくのハレの日だからってことでお祝いメッセージ届けようと思ったんだけど、なんだいそれどころじゃなさそうだねえ?』
ステージ上に設置された大型モニターに映し出されたのは、妖艶に笑うマルキアと、表情を消したジュディだった。
今日はいつものSF風でなく、肌もあらわな黒のイブニングドレスと、かわいらしい山吹色のカクテルドレスで装っている。
ふたりの後ろには青と赤、緑のドレスの美少女たちと、燕尾服をまとった白い髪の眼鏡少年の姿がちらりとのぞく。
そう、ばっちりパーティー仕様でキメた、『闇夜の黒龍』だった。
超展開、始まりました!
次回。カナタたちは、星空をこえる。
どうぞ、お楽しみに!




