52-4 針穴を通すかのごとき、完璧なる正解は、白いドレスの乙女を連れてくる
するすると幕が上がって見えたものに、おれはめまいを覚えた。
明るく照らされた舞台、そのひな段の上には『メイリンさん』たち――全く同じ姿の美女が、つややかな青のチャイナドレスで20名モデル立ちしていたのだ。
背格好も同じなら、浮かべた微笑みも全く同じ。
あえて言うならば、まるっきりコピーペーストだ。
ここは高天原であり、ティアブラネットのカバー範囲内。
よってこんなのは簡単なこと。
複数の人やくぐつに、同じ姿や声を表面換装で持たせることも、同じ表情や動きをさせることも。
実際におれたちも……
「ここで今一度、このチャレンジの条件を確認しておきましょう。
条件は五つです。
1.チャレンジ開始から今夜までの間に、ハジメ・ユタカ氏は『ユウミ』の姿と声、記憶と想いを持った20名の乙女と引き合わされる。
2.ハジメ・ユタカ氏はここにいるなかからほんものの『ユウミ』を見つけ出し、その答えを今夜出してみせること。それはどういった形でも構わないが、不可能な場合は棄権とみなす。
3.もしも正解すれば、ファン家の名においてハジメ・ユタカ氏と『ユウミ』の婚約を認め、なんぴともそれを妨げることを許さぬものとする。またハジメ・ユタカ氏はファン家の一員として正当に遇されることとなる。なお、婚礼の時期は二人に一任する。
4.正解を導くにあたり、乙女たちを傷つけ、もしくは脅かした場合には失格とする。
5.ヒントはひとつのみ。『目に見えるもの、聞こえるものを信じるな』それ以外のヒントも手助けも、一切与えられてはならない。不正が認められた暁には失格とする。
……以上です。
ではハジメ君、どうぞこちらへ!」
そこまで考えたところで、ユーさんの声が流れ出した。
お題の再確認。ついでハジメさんが呼び出され、舞台の上に上がってきた。
一世一代の大舞台に臨むその姿は、野郎のおれでも惚れ惚れするほどカッコよくみえた。
さっぱりとした笑み、すっと伸びた背筋、足運びすら優しくもりりしい。
ほんのちょっとだけ、燕尾服に着られている感があるのはご愛敬だ。
ハジメさんはマイクを渡すユーさんに、並んだ『メイリンさん』たちに、最後に満場の人々に向けてそれぞれ丁寧に一礼。マイクを口元に、話し始めた。
「皆さん、こんばんわ。ハジメ・ユタカと申します。
はじめましての方のために、少しだけ私の背景を語らせていただきます。
数年前の私は、何の変哲もない男でした。
β居住域の普通の家庭の子として生まれ、学期内には勉強とアルバイト。休みがくれば自転車旅行。そんな暮らしをしていた、まったくふつうの大学生でした。
そのころには、まったく予想していませんでした。
こんな日が来ることを。
ただ一人、運命の女神と思う女性に出会って……
彼女に再び会うために、世に呼び掛けて高天原へ来て。
こうして、この場に立つ時が来ることを。
今日まで何度も言われました。冷静に現実を見ろ、お前のそれはただの、若気の至りだと。
ただ一人の、いっときの恋のために、世の中を巻き込もうとする。それはとんだ愚行、とんだ愚か者だと。
それでも、共感してくれた人も、いました。
この月萌中に、たくさん、たくさんいました。
今またこの場を借りて、お礼を申し上げます。ありがとうございます。
厳しい意見をぶつけ、理念と言葉を磨いてくださった方々にも。
あたたかな心を添わせて、気持ちと情熱を燃え立たせてくださった方々にも。
僕はここで結果を出します。全力の感謝の気持ちとして、この挑戦への答えを示します。
どうか、最後までお聞きになってください」
ハジメさんが言葉を切る。
しん、と耳をうつ静けさ。
しわぶき一つ聞こえないホールを、優しい声が渡ってゆく。
「……まず。
ここにいらっしゃる20名の皆さんは、全て『ユウミ』さんの姿と声、記憶と感情を分け与えられているとのことです。
ひとがそのひとであるために、最も大切なものは何でしょう。
それは姿や声ではなく、記憶と感情であると誰もがお答えになると思います。
そういう観点から言えば、ここにいらっしゃる方々は全員が本物。みんな、僕の大切な、愛する女性です」
20名の女性たちを優しく見つめ、ギャラリーにまっすぐ向き直ってハジメさんが語る。
前方で何人かがうん、とうなずくのが見えた。おそらくはファン家の関係者――このお題の答えを知る者たちだ。
つまり、ハジメさんの論述はめでたく第一関門を突破したということだ。
ハジメさんは、確信に満ちて言葉を継ぐ。
「けれど、それはある意味では正解ですが、ある意味では不正解というものです。
僕は、この腕に迎えるべきただ一人を探し出せと、そうお題をいただきました。
分け与えられた記憶と感情の源、オリジナルというべき『ユウミ』さんは一体、いまどこに。
実は僕はすでにこたえを嗅ぎ当てておりました。
『目に見えるもの、聞こえるものを信じるな』という、友の忠告に従えば、間違いようはありませんでした」
なんと。会場はざわつく。
おれも少し驚いた。まったく、アスカとハヤトの言ったとおりだったのだ。
アスカがいつもの顔でぱちんとウインクをくれた。
問題はこっからだけど、ま、この分なら心配ないねと。
ハジメさんはざわめきが静まるのを待ち、言葉を継いだ――一瞬だけ、ユーさんの方に視線を流して。
「『つねに、愚直なるもののみが真実を有する』。
こたえを記した封書は、予めしかるべき方にお渡ししてあります。
けれどそれを開封するのは、いますこしだけ待っていただきたいのです。
信頼するわが友は僕に言いました。
もしあなたの手が彼女に届いたなら、彼女はそれまでのすべてを捨てて僕のもとへ行く覚悟をきめる、と。
つまり、いま僕が彼女に手を伸ばせば、彼女は覚悟を決めなければならない。すべてを捨てなければならなくなるのです。
それは、相手が僕だからでもあるでしょうし、僕と彼女とを取り巻く環境、その関係性もあってのことでしょう。
いえ、それがどういったものであるかは、いいのです。
ただひとつ大切なことは、このことです。
僕は『ユウミ』さんを大切にしたい。
だからそんな、つらいことを強いたりはしません。
僕は、待ちます。ここで。いつの日も僕を見て、時に優しく手を伸ばしてくれる、彼女のそばで。
僕のすべきこと、彼女のすべきこと。少しでも良い形でかなえられるよう、全力を尽くして。
彼女がその封書を開いてもいい、そうしてももう大丈夫と、思えるようになる日まで。
大切なのは、姿や声じゃない。そのときたとえ僕がおじいさんに、『ユウミ』さんがおばあさんに……いえ、もしかするとおじいさんになってしまっていたとしても、僕は一向かまいません。
僕は、『ユウミ』さん、あなたを愛しています。
あなたの優しさを、強さを、時に見せる、いたずらな顔を。
その魂を、心から愛しています」
その瞬間、20人の乙女の姿が、一斉にはじけるように変化した。
顔、背格好、そしてまとったドレスも、全てそれぞれ別のものに。
彼女たちはみな、いっぱいの笑顔で拍手を送る。
「完璧よ、ハジメさん!」
「やってくれたね!」
「最高よ!」
「ちょっと残念だけど祝福するわ!」
「おめでとう!」
「おめでとうございますわ!!」
たくさんの拍手がはじけた。
もちろん、得心が行かずに顔を見合わせる人もいる。
彼らに対し、ユーさんはニコニコの笑顔で解説をはじめた――ひざが笑い始めたハジメさんを、どっかから現れた、王様っぽい椅子に案内して。
「はーい、ではここで種明かしをいたしましょう~。
我々はわが妹メイリンを含む20名の乙女たちに、同意のうえでこの役を担ってもらいました。もしハジメ君が彼女らを選んだら不正解。
そのはずだったのですが、とんだ予想外がやってきました。
みなさん見てくださいこれ。『もしもハジメさんが自分を選んだなら、彼は合法的に私のもの!』……こんな契約書を20通交わす羽目になったんですよ。まったくひどい話です。リア充爆発しろとはまさにこのことですね!
えーごほんごほん。話を元に戻しましょう。
そんなわけでこのチャレンジ。ハジメ君は『あからさまな不正解や棄権』もしくは『選んだ相手以外をスルーしたり偽物呼ばわりしたりしてがっくりさせる』などのチョンボをした場合をのぞき、問答無用でファン家の婿にされるはずでした。
しかし、彼はやりました。やってくれました。
『ここ』がこのひな壇のことであるとの早合点なんかもちろんせず、見事に全員いい感じに口説きつつ、それでもたったひとりの正解は、と答えを示してくれたのです!」
ノリノリで語った彼は、懐から一通の封書を取り出した。
「ここに、彼の出した答えが収まっています。そして私はもちろん、それがいかなるものかを知っています。
ぶっちゃけいえば、正解です。実にめでたく、喜ばしいことです。
しかしこのこたえをこの場で提示すれば、『本物』は即座にすべてを失います。
政治生命はもちろん、これまでのキャリア。そして姿と声。『ユウミ』であった期間以外のほぼすべてを、『本物』は今夜、この場で失うこととなるのです。
その人物は、ファン家の一員です。それも有力な。
それを『失脚』せしめた新入りには、ファン家はそれなりの態度をとっていたことでしょう」
『それなりの』。一瞬、会場の気温が下がった気がした。
それはすなわちハジメさんも、全てを失っていた――いや、それ以上の惨事になっていたということである。
大きな家であるファン家はユーさんの代わりを出せるかもしれないけれど、ハジメさんたちはそうじゃない。すなわち『ちいさな芽吹き』党と、その掲げた目標は、無残に瓦解する羽目になっていてもおかしくなかったということだ。
それでもユーさんは、自らニコニコとその雰囲気をぶっ壊す。
「けれどハジメ君は、見事にその性悪ひっかけ問題をやっつけてくれました!
答えはここに提出されてある! けれど、無神経に衆目にはさらされない!
この会場に隠れた正解の乙女は、何も失うことのないまま、幸せへの切符を手に入れられたのです!!
……とはいえこの絵面では、皆さんもにょってしまいますよね。
というわけで『ユウミ』はまもなくハジメ君のもとに、めいっぱいドレスアップして現れます。
みなさんどうぞふたりのイチャラブを、暖かく見守ってあげてくださいませ!
それでは、よい夜を!」
20人の美女たちがはなやかに手を振りながら、下手から退場。
ユーさんが上手に消えると、彼と入れ替わりに白いドレスの人影が現れた。
メイリンさんによくにた、黒髪の可憐なオリエンタルビューティー。
そのとたん、ハジメさんがばっと立ち上がる。
「………………ユウ、ミ、さん」
「………………」
ほほを染めてうつむく彼女に、ハジメさんはまっすぐ駆け寄った。
そうしてただしっかりと、両手で抱きしめたのだった。
う、うそだろ……ブックマークいただいている!!
ありがとうございます! ありがとうございますっ( ;∀;)
次回、ついに来た『運命の時』
もうここまで来たらやるっきゃない……どうぞ、お楽しみに!




