6-3 月萌国の秘密(1)
ミライは卓上のお茶を一口飲むと、静かに言葉を継いだ。
「お兄ちゃんはむかし、BP100万突破の『鬼神堕ち』で高天原入りしたでしょ。
おれのこれも、似たようなものなんだ。
BP1000未満、TP100万越えでの高天原入りはね、ホントは『天使堕ち』っていうんだ。
こういう、イレギュラーな……『戦士昇格』以外のカタチで高天原入りしたひとは、β(ベータ)の身分からΩ(オメガ)になる。
Ωとして奉仕活動をして、『戦士昇格』と同等のポイントを稼げたら、高天原に入る。
それが、おれたちのやってる研修の実態。
つまり、おれはBPかせげるまで、メイドさんをしなくちゃいけないんだ。
あ、おれ男だから『フットマン』だけどね!」
「……マジか」
「いままでは、どこで……」
「お兄ちゃんち。
うちのことさせてもらって、それが研修になってたから、むしろ毎日楽しかったよ!
通信教育だけど、ちゃんと中学の勉強もできて……
わかんないとこはお兄ちゃんが教えてくれたし、お休みの日にはハンターとしての手ほどきもしてもらえたんだ。
それとか、いっしょに町に遊びに出かけたりして。
ミソラさんとふたりで、いっぱい優しくしてくれた。メイド服着せられたりとかもなかったよ」
「ミライ……。」
ニコニコの笑顔になるミライ。ノゾミお兄さんが目もとを押さえた。
うん、たぶんメイド服のくだりは言わなくてもよかった気がするよ、ミライ。
でも突っ込みいれると無茶苦茶になりそうだから、黙っておく。
それよりも大事な問題が、今はあるし。
「Ωってやっぱり最下層だから、なっちゃったって聞いた時にはちょっとショック受けたけど……
でも、それはそれでよかったかもっておもってる。
おれ、お料理もお掃除も、お洗濯もだいすきだし。
それで、ふたりを助けられるなら……
それはそれで、いいかな、って」
「………………ミライ」
口火を切ったのは、イツカだった。
低い、低い声。
やつは真剣な、もっと言えば怖い、顔をしていた。
「その『研修』。ほんとにお前のためのもんなのか?」
「え……」
「フツーに家事して稼げるBPはたかが知れてる。それこそ、初級のプリースト系の依頼と変わらない。
それにセンセ、言ってたな。『定められた人材を紹介する予定だった』って。
俺たち、なんか、話されてないことあるんじゃないか」
「……………………!」
学長室に緊張が走った。
やがて、話し出したのは、ミソラさんだった。
「ふたりはやっぱり、見抜いたね。
いいよ、わたしが話す。わたしが、学長だから。
……イツカ、カナタ。落ち着いて聞いてね。
まず、この『学校』はね。
月萌のための『人材工場』なんだ」
「……。」
イツカが眉根を寄せて沈黙する。おれは自ら疑問をぶつけた。
「えっと、そもそも国立の教育機関なんて、そんなものじゃ……?」
「そんな生易しいものじゃない。
ここは第一に、選別に足るほどの成長を遂げたβ(ベータ)を集め、働かせながら仕分けする、そんな場所なんだ。
ハンターの子たちには、野外実習で月萌辺境の侵入者を狩らせる。
クラフターとプリーストの子たちには、課題や実習で、そのための道具作りやいろんなバックアップをさせる。
星が上がれば上がるほど、よその国との戦いに、より直接的にかかわっていくことになる。
イツカだったら、より強い敵が来た場所に『実習』に行くことになるし、カナタの作ったアイテムも、より強い敵との戦いに使われるようになる。
カナタはあのとき『聴き』取ってるんじゃないかな。
アカネの『ロリポップ・シャワー』に、自分が課題で作ったボムが含まれてたこと」
ミソラさんのハシバミ色の、静かな瞳に見据えられ、おれは息をのんだ。
おれはそのことを誰にも言わなかった。けれど、この人には見抜かれていたのだ。
『銀河姫』、稀代の超天才軍師には。
彼女の慧眼の前には、否定も肯定も意味はない。おれはただ目を伏せ、耳を傾けた。
「闘技場での試合は、戦いのための資金稼ぎと、『相手が誰だろうととにかく戦う』という精神をはぐくむためにさせられるもの。
それらすべてをクリアした『戦い向き』の子たちは、戦って国を守るα(アルファ)に。
そうじゃない子は、様々な分野から国を支えるΩになるよう『仕上げて』いくのが、ここなんだ。
星が上がれば生活への支援が付き、下がればいろいろな『雑務』が増える仕組みになっているのも、つまりそういうことなんだよ」
ミソラさんの話に、不整合と感じられるところはなかった。
そこでおれは、ここまでで不明な点について、質問を重ねた。
「この国って、もしかして、戦争してるんですか?
今まで暮らしてきてそんなかんじ、受けませんでしたけど……
戦いが行われてる場所は、ヴァルハラとかのVR空間なんですか?」
月萌は、おれたちが『来た』ときにはすでに、鎖国をしていた。
そのため、よその国の情報はほぼ完全になかった。
そしておれたちの暮らす星降町、ニュースで見るこの国は、毎日いつでも、普通に平和だった。
だからまさか戦争をしているなんて、昨日までは思いつきもしなかったが……
ミソラさんは、やんわりとだがうなずいた。
「戦争……実質的には、そうだね。
建国当初から、ずっとずっと周辺国と争ってる。
もっともこれは私も、αになってから知らされたことなのだけれど。
戦いがされてる場所は、カナタがいうとおりヴァルハラフィールド。
ただし、純粋にVRなわけじゃない。
戦闘区域になってるあたりは、この高天原の町中と同じように、VRと現実が高度に重ねられてるから。
だから、リアルとVRの両方かな。
ていうか逆にわたしたちが暮らしてた場所ぐらいだよ、VRと現実がハッキリ分けられてたのは。
そうした場所は、月萌の領土のたった三割。
あとはみんな、ヴァルハラのバトルフィールドだよ」
救いは『よそ』も『よそ』同士でもめてるから、本格的な侵攻はそんなにしょっちゅうはないってところかな、とミソラさんは哀しく笑う。
その笑顔に胸を刺されながらも、おれはこれまで抱いてきた疑問の一つが氷解するのを感じていた。
「……それで、なんですね。
VRを重ねた空間で戦争をしてるから、VR戦闘に長けたαが上に来る。
その都合を最優先するために、支えるものであるΩが下になる、と。
そうなると、その間にいるβはどんな存在なんですか?
たとえば高天原の入学基準は満たせなくても、一ツ星、へたしたら二ツ星や三ツ星レベルの活躍をしている人もいっぱいいますけど……」
「『リアルの社会を維持する』役割を持った存在。
経済活動を行って、新しい若い国民を生み育てる。
生まれた若い子たちの中で、αの戦いぶりにあこがれた子は『ティアブラ』で能力を磨く。
その結果、あるいは高天原にたどり着き、あるいは脱落する。
『ティアブラ』ってのはつまり、βの中からα、もしくはΩとなれるものを選びだすための仕掛けなんだ。
このセカイのほとんどを覆う『ティアブラシステム』を駆使し、『結果』を出せる人材を――
つまり『BPを利用しての攻撃』、『TPを使用しての補助』、『両方をハイブリッドで使用しての錬成』、そして『本人自身の可塑性』。
いずれかにおいて、優れた能力を発揮できる人材を見つけ出すための」
「…………マジかよ」
それまで黙っていたイツカが、真っ青な顔で食いついた。
「つまり俺たちはっ、他の国の人間を殺す『人材』になるために、必死でクエストこなして100万貯めて……
ここにきたらきたで、戦争の末端に参加させられてたってのかよ!!
カナタは戦争に使う道具を作らされ、アスカたちは戦争費用のためにミセモノバトルに出され……
退学になったやつらは、戦争のサポートのために最下層として働かされ。
俺は、よそから来た人間をモンスターと思わされて殺させられてたのかよ!! カナタと戦わされたときみたく!!
それもこれも、なにひとつ、そうとは知らされないままでっ!!
冗談じゃねえ、もしもそうなら」
「イツカ!
お願い、その先は言わないで」
「でも!!」
「ここの規則一覧に『退学』の項目がないのがどうしてかわかる?
このままだと放校になる、そう思いながらも退学を申し出る子がほとんどいないのは。
イツカはあたしたちの希望の星なの。
……お願い」
早口でイツカを止めたミソラさんは、声を震わせて懇願してきた。
深く、深く頭を下げる。
「どう、いう、……」
「まず……ポータブルプレイヤーで、ステータス画面を見てみて。
名前のところをタッチして、詳細情報画面。
……そして、市民ランクの項目を」
顔を青ざめさせたミソラさんのナビで、イツカがステータスを確認する。
そして、息をのんだ。
そのとき、おれはあるデジャブを感じていた。
それは、そう。火曜の放課後。
『うさぎ男同盟』のみんなとの、お茶会の後のことだった。
昨日、おとといとブクマをいただけ、さらには「勝手にランキング」さんのVRランキング一ページめに……
神様はいらっしゃるものなのですね;;
おかげさまで今日も頑張れます! ありがとうございます!




