51-8 『ソアー』の結論
さすがは高天原というべきか、衣装の着脱に問題はなかった。
みんなが待っているホール出入り口に入れば、イツカの鎧とおれのトーガふう衣装はパッとかききえ、もともと着ていた燕尾服に。
ルナとルカが、微笑みとともにねぎらいと励ましをくれた。
『おつかれさま、ふたりとも』
『もうひとがんばり、キメていくわよ!』
その顔には上品なメイクが施され、いつもとちょっぴりイメージが違う。
さらには、舞台の小道具ともなった金と銀のティアラをつけ、ライムとレモンさんに頼んで貸してもらったというそろいの純白のドレスをまとい、もちろんヘアセットもバッチリ決まって、まるっきり本物のお姫様のよう。
ぶっちゃけ、綺麗だ。本番直前緊張マックスのはずなのに、ともすると見とれそうになってしまう綺麗さだ。
もちろんイツカのやつはちょっと口開けてぽかんと見とれていたので、恒例うさみみパンチをくれておいた。
お姫様のよう、といえば、ダンスの腕前も負けず劣らずである。
ふたりはアイドルとしての基礎を磨くためもあり、ちゃんとそれなりの期間ソシアルダンスを履修してきている。おれたちのような付け焼き刃とは、そもそも安定感が違う。
そんなふたりに助けてもらって最初の数フレーズを乗り切れば、もう大丈夫。
トラオやミズキをはじめとした上級者たち、さらにサラッと大きな姿の3Sたちが周りを取り巻き、華やかに鮮やかに踊ってくれた。
オーケストラの生演奏による一曲が終わったとき、ひろいひろいホールは喝采に包まれた。よかった、大成功だ。
みんなで手をつなぎ、上品に一礼を決めると、軽やかな曲に合わせて退場。
出入口の扉が閉まると、だれからともなく「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」という、ため息ともうめきともつかない声が湧き上がったものである。
そんなこんなで、おれたちにとっての最大の山場である、寸劇とダンスは無事終了。
おれたちの後見ということでこのパーティーの実務を取り仕切ったソレイユ家を代表し、現当主のユズキさんが開会の辞を述べ……
国家代表セレネさんによる挨拶と祝福のスピーチの次に、おれたちが感謝と決意を述べると、いよいよ『ソアー』の名前発表だ。
これ、実はおれたちもまだ、聞かせてもらっていない。
師匠役のレモンさんに付き添われ、『ソアー』は壇上に上がる。
そして、ひとつ大きく息を吸うと、話し始めた。
「俺は。もともと戦場で見つかった、身元知れずの男。そういうふうに、皆さんは聞いていると思います。
けれど、それより少し前、一人の少年が戦場で消息を絶っているのはご存じでしょうか」
会場内がざわついた。
まさか。おれたちも顔を見合わせた。
『ソアー』は言葉をつづける。
「彼は新薬実験と偽って接種された3Sにより、精神に変調をきたし、最終的に高天原を放校となりました。
その後、身分を捨て、名前を捨て、戦いの日々に身を投じ、まもなくMIAとなったと記録にあります。
彼はなぜそうしたのでしょうか。
記録によれば、彼がすべてを捨てたのは、罪人として生きつづけることで、残された家族に迷惑をかけたくないため……だそうです。
3Sを偽って接種されていたことが明らかとなったため、公的には彼の名誉はすでに回復されています。
けれど。その彼が再び、生きてあなた方の前に姿を現したならば。皆さんはどうするでしょうか。
しょせん罪人と指をさすでしょうか。罪人を生み出した者たちと、その家族をののしるでしょうか。
だれしも、守るものはあります。それゆえに人を恐れ、罪を恐れ、罪を犯したと人を糾弾し、排斥する……それが現実です。
それゆえに、俺は。その少年として、人生の軌跡を重ねてゆくことは、彼の望みにそぐわないこと、してはならないことと思わざるを得ません。
だから俺は、新たな名前として記録される名に、彼の名を選ぶことは、どうしてもできませんでした」
ああ、やっぱり。
見ればアマミヤご夫妻は、小さく顔を伏せていた。
「けれど、」
しかし、続いた言葉に上げられた顔は、輝くような笑みに彩られていた。
そう、『ソアー』は言ったのだ。
「この胸の奥深く、息づく『想い』があることを。それは一生絶対捨てきれぬものであることを。『ソアー』として短い期間、過ごした俺は痛感しました。
それゆえ、この俺に宿った魂を。その父母が、友が、彼の名で呼ぶことを。俺は否定しません」
そうして、彼は高らかに宣言した――
「俺は、二つの名をもって生きていきます!
ひとつは、その秘密の名前。
いまひとつは、俺を支えてくれたひとたちと選んだあたらしい名前。
どうか俺のことは、『ソラ』と。
夢を乗せた大きな翼が翔ける場所である『ソラ』と、呼んでください。
あ、『ソアー』と呼んでくださっても結構です。
どうか、これからも。よろしくお願いいたします!」
その瞬間、イツカが立ち上がった。
「よろしくなー!!」と叫んだやつは、いっぱいの笑顔で大きな拍手を。
もちろんおれも喜んでそれにつづいた。
所用にて遅れました……!
次回、迫る運命の時。どうぞ、お楽しみに!




