51-7 始まる、月萌杯突破記念パーティー!
「ソナタ、ミライ。
大丈夫だからね。練習通りにやればいいよ」
そっと背中をぽんぽんしながら声をかければ、ふたりはかわいく返してきた。
「う、うんっ!」
「えへへ。がんばろうね、お兄ちゃんたち!」
むしゃぶるいのミライ。対照的にソナタはひたすら堂々としている。というかむしろニコニコ楽しそうだ
わが妹ながら、そのへんはイツカにそっくりだ。
そのイツカは、ピーカンの笑顔で音頭をとる。
「っしゃみんな! 楽しんでこーぜ!」
「おー!」
大ホールへの入場口前。あるいは白のドレス、あるいは燕尾服で集まったおれたちは、声を合わせてこぶしを突き上げた。
高天原の郊外に建つ瀟洒な建物――月萌国立迎賓館。
このあたりのエリアは、月萌国内でも例外的な場所である。
国民のだれもが自由に出入り可能でありつつも、演出等の関係上、ティアブラネットのフォロー範囲内にある。
ということはすなわち、先日襲撃してきた『黒チェシャ』や、マルキアたちソリステラスの工作員が、アバターを用い乱入してくることも最悪ではありうるということだ。
しかしそれを防ぐことは、すなわち月萌の国力を示すことである。
エリア内外には、月萌国軍や警察による警備態勢が敷かれており、制服姿の高天原学園生もその一端を担っている。
国家的行事における警備協力は三ツ星から課される義務で、先日三ツ星になったばかりのハルキくんもこれに参加している。
きちっとブレザーを着こみ、ネクタイもしめたハルキくんは、晴れがましくも緊張を隠せない面持ちだった。
彼もわかっているのだ。やや早すぎるほどの昇格に、大人の思惑がかかわっていることは。
それでも、彼はそれを受け入れた。国を超えた恋をつかむために。
そのワンステップはひどく皮肉なものだったけど。
大丈夫、これで、うまくいく。
あとは、予定されたタイミングを待つだけだ。
タカシロ家提供のパーティー会場で行われる、『嫁探しチャレンジ』のあとに、それは起きる。
それにより、事態は前進する。
心の片隅、ずっと引っ掛かりつつも手の出しようのなかった、あのことが。
そのためにも今は、ばっちり決めなければ。
オープニングアクトが、始まる。
大グラウンドほどある、長方形のダンスホール。
その中央ちかくにスポットライトが落ちれば、そこには冷たく澄んだ泉が姿を現す。
緑の草に囲まれた水面に、ぱさり、どこからかちいさな花輪が落ちた。
もちろんこれらはすべて幻。
しかし、次に現れたものは幻ではない。
泉のそばにしずしずと、花で飾られた円形のゴンドラが降りてきた。
ちょっとしたワンルーム程度の広さのある、特注のそれにのっているのはかわいい二人。
白のドレスをまとったソナタと、黒い燕尾服のミライ。
けも装備の着用は正装として認められるため、もちろん身に着けている――桜色のたれみみうさぎと、チョコレート色のまめしばのけもみみしっぽである。
あたかも『森に住む動物の妖精』のような可愛らしさに、それだけで会場からため息が漏れる。
そんな二人は困った様子。
というのも。
「どうしましょう、おにいさま。
わたし、花のかんむりを落としてしまったわ!
せっかく今日のためにと、がんばってこしらえたのに……」
そう、ソナタの頭のうえはからっぽ。
本来ならばそこには、花冠か、ティアラが必要なのだ。
「だいじょうぶだよ。おれが、さがしてきてあげる!
ソナタちゃんは、そこで待ってて!」
ぴょんとゴンドラから飛び降りたミライ。さあ、ここからがおれたちの出番だ。
ティアラを探して歩きだすミライのうしろに、すとんと落ちる光の束。
そこには、真っ黒なねこみみしっぽに赤い瞳の黒騎士がひとり。
「すみません、黒猫の騎士さん。
この辺りで、大切なものを落としてしまったんです。
このくらいの、小さな花かんむり。ご存じないでしょうか?」
ミライは一瞬びくっとするものの、勇気を奮ってとてとて駆け寄り、『これくらいの』と手で示す。
黒騎士――まあぶっちゃけ言っちゃえばイツカ――の返答は。
「俺はみてねーぜ。
でも、たぶんだいじょぶ!
この辺りには、森と泉を守る、ふしぎなウサギがいるんだ。
そいつを探して聞いてみよう!」
よし。おれは泉のイリュージョンのある位置から、すうっと姿を現した。
水色の衣装をまとった俺は、両手で金と銀のティアラを示す。
「はなしは聞かせてもらったよ。
こいぬのお兄さん、君の探しているものは、この金のティアラ?
それとも、銀のティアラ?」
このあたりは、有名なあの童話のモチーフだ。
もちろんミライは首を横に振る。
「い、いいえ……
おれがさがしているのは、手作りの花のかんむりです。
今日のお祭りのためにと、妹が一生懸命作ったものなんです。
ご存じないでしょうか?」
「よく本当のことを言ってくれたね。
正直者のお兄さんには、この金と銀のティアラをあげようね」
そして、ここからがオリジナルである――ミライはこれも断るのだ。
「ありがとう、ふしぎなうさぎさん。
けれどおれには、もとの花かんむりがあれば充分です!
ソナタちゃんも、そう言います。
だからティアラは、うさぎさんの大切な人たちにあげてください!」
にっこりわらう笑顔がまぶしい。
ぎゅっとしたくなるのをこらえて、セリフを言う。
「なんていい子なんだろう!
森の外にも、こんなにきれいな心の子がいるなんて。
ひとつ、お願いしてもいいかな。
僕たちも、君たちのお祭りに参加させてほしいんだ」
「もちろんです!」
「ありがとう。
あれっ、すこし花かんむりがしおれてしまっているね。
よし、いいことを考えた。ここに妹さんを連れておいで」
「わたしならここよ、泉の妖精さん!」
ミライの手を借りてゴンドラから降り、とてとて走ってくるソナタ。こっちもかわいい。
リハーサルでこの姿は見ているはずなのに、うぐっと言ってしまいそうな可愛らしさだ。
「はじめまして、小さなうさぎのお姫様。
まずは、花かんむりを元気にしてあげようね」
おれの手の中で、花かんむりはみるみる元気を取り戻す。
それどころか、新たにつぼみを増やし、さらにみずみずしく咲き誇る。
同時に、会場のあちこちにも花々が。
そう、おれの『卯王の薬園』によるものである。
「さあ、可愛いあたまをこちらにかして。
今度は落っことさないようにね?」
「うん!」
花かんむりをソナタの頭にそっと乗せたら、サイズを微調整。これで、ちょっとやそっとのことで、ずれたり落ちたりしない。
うん、かわいい。ほれぼれするほどかわいい。
イツカもニコニコしながら、こぶしを突き上げる。
「よーし! それじゃあいこうぜ!
森の外、たのしいお祭りの会場に!」
「おー!」
同時に、照明が落ちた。
おれたちはすばやく舞台袖にはけ、ソナタたちはゴンドラへ。
つぎに明かりがついたとき、ゴンドラは中空に釣り上げられていた。
ゴンドラの上には、ソナタとミライ。
ポーズをとって待つミライに、ソナタがすっと歩み寄る。
ふたりがぴたりとホールドを組めば、世界中が沈黙した。
流れ出す、オーケストラの生演奏。ふたりいっしょの、最初のステップがするり。
ふたつ、みっつとステップを踏むたびに、幻のしずくがパシャリ、ぱしゃり。
ゴンドラからはやがて、澄んだ泉の水があふれだす。
流れ落ちたそれは、下のホールを湖の水面に変えていく。
森に囲まれた湖というしつらえのなかに、おれとルカ、イツカとルナは、くるくると踊りながら飛び出していった。
支えてくれる人たちへの、感謝をこめて。
影から凝視する者への、挑戦を込めて。
本場ウィーンじゃデビュタントのダンスの前にこんな寸劇はやらない。はず。
ついでに正装にケモミミ尻尾はない! と思う!
でもここは月萌セーフ!! です!!
次回。オープニングアクトの裏側で!
どうぞ、お楽しみに♪




