Bonus Track_51-3 かくして花嫁を追う狼はしあわせなお座敷犬となりその夢は失速する~『愚者』の場合~
はいここテストに出るよー(何の)!
ただのおさらい回ではございません。数字はミスではございません。
成人した子女をして、その身をΩにやつすことを課す名家は、実のところ少なくない。
ソレイユ家しかり、ファン家しかり。
その目的は、修行のため。草の根のネットワーク作り。世情の観察。
ファン家の場合はさらに、特殊な一項がある。
取り立てるべきもの、排除すべきものをひそかに見定めること。
『ユウミ』が見つけた若者は、ダイヤの原石というべきものだった。
すなわち、磨けば光る。
しかし磨くということは、大なり小なりつらい思いをさせるということにほかならない。
『ユタカ ハジメ』は虫を殺すこともためらうような、優しい若者だった。
彼とともに歩むならば、ファン家に仕える『戦士』として彼の心根を作り替えることになる。
『ユウミ』はそれは嫌だった。
それでもともにいたいなら、飼い殺しのお座敷犬とするか。
『ユウミ』はそれも嫌だった。『ユタカ ハジメ』の無邪気な笑顔が好きだったから。
ならばきっぱりと思いを断ち切り、姿を消すか。
けれど彼は、『ユウミ』を身請けすると誓った。
さらには、世界中の海を見せるとまで。
『ユウミ』は、祈りを込めて姿を消した。
はたして彼は追いかけてきた。愚直なほどにまっすぐに。
手を尽くして彼女のゆくえを調べ、それが身分と制度のためにかなわないと知れば、かなうように自分を変え、世の中を変えるべく走り出したのだ。
そうして『ユタカ ハジメ』は、『ハジメ・ユタカ』となった。
平凡なβ<育むもの>の若者が、夢物語のような主張をかかげ、国の行く末を決める議員、すなわちα<導くもの>となった。
それはファン家の一員として認められるに足る、強さのあかしとなった。
しかし彼の掲げた主張は、ファン家にとって疎ましいものだった。
β居住域の経済の発展のため、現状を――Ω<仕えるもの>が安価な労働力として利用できる状態を崩したくないファン家にとって、彼の掲げるΩ制廃止は邪魔でしかなかった。
さらに彼にとっての追い風となったのは、時期をほぼ同じくした『祈願者』の誕生。
特待生入学からのアイドルバトラーデビュー、卒業後すぐに月萌杯突破と最短距離で成り上がったふたりの少年は、国主たる女神にΩ制廃止を認めさせたのだ。
制度としての変更は、年内にも実現されることがほぼ確定。
ならばせめて、時間を稼がねばならない。
現状ならば三年はかかるだろう、β居住区での現状変更。
それが少しでも遅れるよう、意識改革のスピードを加速させる者たちを手の内に取り込み、足並みを鈍らせねばならない。
ファン家は切り札を切った。
『ハジメ・ユタカ』に対し、『ユウミ』を差し出したのだ。
20人の適齢期の乙女に『ユウミ』の姿と声、記憶を与えてひきあわせる。本物を探し出せたなら、めでたく彼女は彼のもの。そんな趣味の悪いゲームを仕掛けたのである。
もともと『ユウミ』の姿はかりそめのもの。よって、20人の乙女のうちだれを選んでも『ハジメ・ユタカ』は『正解』し、その婿として迎えられることになる。
乙女たちはすべて、その覚悟をもって任についた者。めでたく結ばれたのちは花嫁として妻として、政敵『ハジメ・ユタカ』の心をとろかし牙を抜く。
かくして花嫁を追う狼はしあわせなお座敷犬となり、彼らの掲げた目標は失速するのだ。
『すべては、豊かに緑萌ゆる大地のために』。
選ばれた乙女は出会って間もない男のために全てをささげ、あのひとはほんとうの恋を、そしてわたしは『ユウミ』を失わなければならないのである。
あのひとが、やってくれなければ。
ただひとつ告げることを許された『言葉』の真実に気づき――
それでも口を開ける罠を、トリプルアクセルものの発想力で飛び越えてくれなければ。
次回、本番をのぞんで。
どうぞ、お楽しみに!




