Bonus Track_6_1-2 『竜の呪いとエンジェルティア』~ミライの場合~(下)
おれがお金の袋を差し出すと、リンドブルムさんは驚きのあまりせき込んだ。
「ミ……ミライさん、これは?!」
「お貸しします!
おれが好きでお貸しするんです、利子なんかいりませんから。
急ぎましょう、ソーニャちゃんがまってますから!」
「……はい」
ちょっと涙声になったリンドブルムさんを引っ張って、おれはテントに入った。
「お姉さん! おまたせ!
お金! なんとかなったよ!」
するとお姉さんは顔を上げ、まじまじとおれを見た。
きれいなはしばみいろの瞳には、涙があった。
「ど、どうしたの、お姉さん?」
「……あの、……わたし、あれから後悔していて。
あんなにこまってたおじさまを、追い返すような真似をして。
小さな娘さんの命が、危なかったのに……
足りない分は、私が体でも何でも売って、稼げばよかったのにと……
よかった、ほんとによかった……」
もちろん、おれはハンカチを差し出した。
「そんなこと言っちゃダメだよ。弟さんもおれも、悲しくなっちゃうから。
ほら、お姉さんもはやく行ってあげて。
困ったときは教会とかギルドに相談してね、おれたち、力になるから!」
「……ありがとうございます!」
涙をふいて、笑顔になってくれたお姉さんは、何度もお礼を言いながら走っていった。
よし、つぎはソーニャちゃんだ。
秘薬『エンジェルティア』をぶじ手に入れたおれたちは、ミルドから少し離れたところにある、リンドブルムさんのお屋敷に向かった。
途中、ちょろっと野盗っぽい人たちも来たけれど、馬車で待ってたおつきの人たちがめちゃくちゃ強くて、おれがBPを稼ぐ暇どころか、神聖魔法での補助もほとんどいらなかった。
あっというまにおれたちは、丘の上に建てられた、可愛いお屋敷にたどり着いたのだった。
* * * * *
秘薬『エンジェルティア』の力はすごかった。
お医者様がソーニャちゃんにそれを飲ませると、かわいい顔にみるみる血色が戻り、ソーニャちゃんはぽん、とベッドからはね起きたのだ。
「ありがとうおとうさま、せんせい!
あれ、ミライさま! もしかして、ソーニャをたすけてくださったの?
おとうさま、わたしきめた! ミライさまのおよめさんになる! いいでしょミライさま?」
3歳のころのソナタちゃんとうりふたつの、ちいさいかわいい女の子からのプロポーズに、おれはすっごくあわててしまった。
「ええええ?!
あ、あのおれはちょっとお手伝いしただけで!
ここまでお世話してくれたのは、リンドブルムさんとお医者の先生だから!
だからえっと、おれなんかと結婚するのなら……お父さんとはむりだから、先生とも100回結婚しなきゃだよ!」
「そういわれてみればそうだわ!
せんせい! わたしせんせいのおよめさんになりますっ!」
ソーニャちゃんの部屋は、そしてリンドブルムさんのお屋敷は、明るい笑いに包まれた。
その日のばんごはんは、みんなそろってのたのしいパーティー。
ゴージャスながらも、どこか暖かさのあるお料理をいただいて、みんなで楽しくおしゃべりやミニゲームなんかをして。
いい香りのする花びらを浮かべたお風呂は広くてきれい。客間のおふとんもふっかふか。
おれは、今朝までの焦りを忘れて、とっても幸せな気持ちで眠りについた。
* * * * *
もちろんこれはゲームのイベントでのことだから、眠っていたのは『つもり』、それもほんの一瞬のことにすぎない。
それでも頭はすっきりして、体のだるさもすっかり取れてるみたいだった。
さっぱりとした気持ちで、おいしく朝ご飯をいただき……
すこし部屋で休んだのち、おれはリンドブルムさんの書斎にお呼ばれした。
壁一面を埋め尽くす本、あめいろのどっしりした机。
大きく明るい窓からは、お庭の景色が見える。
ふかふかのソファーセットに、ミニキッチンぽい続き部屋もある。
確実に応接もかねているだろう、すてきなお部屋でリンドブルムさんは、すこしさびしげにおれを出迎えた。
「ミライさまにはいつまででも、ここにいていただきたいほどですが……
まずはお返しするものと、約束のお礼です。
どうぞ、お納めください」
そばに控えていた若い執事さんが、銀のトレーを「どうぞ」と差し出してきた。
そこに載っていたのは、ずっしり太った布袋。
つけられたタグには、1,500,000Tと書かれている。
さらには小切手まで添えられていた。こちらにも1,500,000Tと書かれている。
それらを見た瞬間わかった。リンドブルムさんの寂しそうな顔のわけが。
リンドブルムさんはおれを、『高天原』に――『ヴァルハラ』に行かせようとしてくれているのだ!
おれが『ヴァルハラの戦士(見習い)』として『ヴァルハラ』にいくには、圧倒的にBPがたりない。
プリーストしかできないおれが、あと900BPを稼ぎなおすまでには、かなりの時間が必要だ。
がんばってがんばっても、2、3か月はかかるだろう。
その間にカナタも『ヴァルハラの戦士(見習い)』の条件を満たすはず。
リンドブルムさん、ソーニャちゃんのためにBPを使ったことは、後悔してない。
けど、イツカとカナタを待たせてしまうのは心苦しかったし、おれ自身も正直言うと、つらい。
でも『列聖』ルートだったら、すぐにも『高天原』行きが可能だ。
おれは教会から何度も『列聖』の話をもちかけられては、断ってきた。
そんなおれでも、150万TPを積んで頭を下げ、さらにリンドブルムさんの口添えがあれば、即座に『列聖』してもらえるだろう。
それを万一断られたとしても、小切手を換金すれば。
おれの所持金は、袋に入った150TPとあわせて300万TPを突破。おれは天使化し、天界へ強制召喚となる。
いずれにしてもおれは、『ヴァルハラのみ使い(見習い)』として『ヴァルハラ』に――『高天原』に行くことができるというわけだ。
もちろんこうすれば、イツカとカナタにはしばらく、自由に会えなくなる。
でも、全く会えないわけじゃない。メールもコールもできる。
そして研修を終えて『高天原』に編入できれば、また毎日一緒だ。
つまりリンドブルムさんは、おれの事情を知っていたか、調べたのだろう。
そして、おれが一番ほしいものを、少し違う形とはいえ、お礼に差し出してくれたのだ!
……でも。
「だめですっ! こんなにはおれ、……いただけませんっ!!
あのおれ、まだまだ修行が足りなくてっ!
いま、『ヴァルハラ』にいっても……むしろ、行かせてくださったリンドブルムさんに、恥ずかしい思いをさせてしまうとっ、……」
そう、おれは修行が足りすぎる。
イツカとカナタの足元どころか、ほかのみんなにもぜんぜん及ばない!
馬車が野盗に襲われた時だって、おれは何にもできなかった。何の役にも、立てなかったのだ。
せっかくもらった、このうえないチャンス。
辞退するのはつらかったし、もうしわけなくもあった。
でも、このまま受けてしまうのは、おれの気持ちが許さない。
うつむけば目の前が熱くなって、つまさきにぽろぽろ何かが落ちてきた。
「……ミライ」
ふいに名前を呼ばれた。
リンドブルムさんじゃない、執事さんのほうにだ。
それもいきなり、呼び捨てで。
そのことに小さく驚きながら、おれは顔を上げた。
そして、とんでもなく驚いた。
「もういい。もうそんなに、自分を苦しめるな。
お前は頑張ってきた。お前が悪いわけじゃないんだ。
悪いのは、……」
目の前に立っていたのは、そしておれをぎゅっと抱きしめてくれたのは、もう執事さんではなかったのだ!
あんまり驚きすぎたせいか、目の前が真っ暗になって……
気づけばおれは、知らない天井を見ていた。
次回からが、ひとつのヤマです……
この物語の底が見えたといわれそうでドキドキですが、これも通過点ですのでご安心ください♪




