Bonus Track_50-1 はじめてのけんか、のち、あったかティータイム~『ソアー』の場合~
再会してから、初めてのことだった。
俺とミツルは、けんかした。
「なんで……!
いいじゃないか。
カケルがカケルに、もどれる。……それでいい、じゃないか!!」
「ダメだ。だって俺は全部捨てたんだ。
それが何もなかったように……そんなん無理だ!!」
『あそべる森のコンサート』の帰り道、ミソラ先生から持ち掛けられた話は、俺を大いに悩ませた。
その気があるなら、俺はカケルに戻れる、というのだ。
というのは、カケルはあくまでMIA――戦場で行方不明になり、戦死とみなされたというだけの状態だ。
そして『ソアー』は、戦場で保護された、記憶なし・身元不明の男というプロフィールを与えられている。
この二人の軌跡をつなぎ合わせることは、すこしのお芝居をすれば可能なのだ。
俺のようすに不審を抱いたミソラ先生たちが、真実が明らかになった折にはつなぎ合わせることができるよう、ギリギリの工夫を施してくれていたためである。
「お父、さんは、お前がカケルだって、……思って、るんだろ!
だったら」
「だからこそだよ!
父さんたちにはわかっちまう。
公的記録がどうなってたって、俺はたしかに……」
ヒートアップする俺たちの間に、イザヤとユウが割って入ってくれた。
「はいっ両者いったんストーップ!」
「おちつこうふたりとも。叫ぶの禁止、だっただろ?」
「あ……」
「ご、……めん……」
そう、それは最初にきめといたルール。
気づけば、ミツルは過呼吸を起こしかけている。
アオバが背中をさすってやってくれる。
「ミツル、深呼吸。すー、はー」
「すー……はー……すー……はー……
ごめん。いつもみんなに気、遣わせて」
「いいんだって。
いつもはミツルが気配ってくれてるだろ? おあいこだよ!」
そう、いま円卓の上で湯気を上げているコーヒーと、色鮮やかなお手製サンドイッチは、ミツルが持ってきてくれたもの。
ミツルのすきないちごサンドだけじゃなく、おれたちはらっぺらしハンターのためにがっつりハンバーグサンドや、たっぷりタマゴサンドもそろってる。
そういえばむかしはこんなんだった。
さいしょは、無言で机にコーヒーを置いてくれて。
次には、俺がおいしいといっていた購買のコロッケパンが。
うれしくてありがとう、といったら、ミツルはぱあっと赤くなって、フードをもじもじ引き下げて。
それから、いちごサンドを分けてくれるようになった。
イザヤとユウと仲良くなってからは、ふたりにもサンドイッチを作ってくれて。
試合で勝った後、晴れた日曜日には、四人で芝生の上、お茶会なんかもした。
必死だったけど笑えてた、あのころを思い出すと、目のなかがじわっとしてきた。
「……カケル?」
「もう、戻れないんだ。
俺が、壊しちゃったから。
俺がもうちょっと、がんばれてたら、……俺がもっと、強かったら、……
だからさ。父さんと母さんには。はやく、……忘れてもらえるようにした方がいいんだよ。そのほうが、……これ以上、傷つかないですむ……」
「わすれられるわけなんかない」
その時、きっぱりとした声が俺を打った。
ミツルだった。
きらきらと澄んだ紅の瞳が、俺の目をまっすぐ見ていた。
「俺は。一日もカケルを忘れなかった。
バディは、家族にも等しい存在。
それが、忘れられないんだから、……本物の家族は一生、忘れない。
カケルをカケルだってすぐわかったのがその証拠だ」
「……!!」
「なにも親せきやご近所になんか言わなくっていい。
お父さんとお母さんだけに、ほんとのことを。……カケルは生きてて。でも、ほんとは、悪くなかったんだってことを、伝えればいい。
……俺は、それがいいと思う。
カケルが、お父さんが、お母さんが、一番心が楽な道だと、思うんだ」
いつも仲間の幸せを一番に思うミツルはそして、健気にそう、伝えてくれた。
「ありがとう、ミツル。
ミツルの気持ち、よく……わかった。
ただ、……もうすこし、時間が欲しいんだ。
もう一度、気持ちを整理したいんだ。
あと、これは気にしすぎかもしれないんだけれど……
俺の名を『カケル』にして、大々的に俺が『アマミヤカケル』だって――MIAということで消えたカケルだって公表すると、きっと俺がやらかしたこと、言ってまわる人たちも出てくると思うんだ。
だってさ、すくなくとも高天原生なら、大なり小なり知ってるわけじゃん。
俺のこと嫌いな奴も絶対にいるはずだし、人の口に戸は立てられない。
父さん母さんに、余計な戦いをさせたくないんだよ」
「そう、か……
ごめん。俺もすこし、むきになってた。
……もうお前のこと、カケルって呼んだら、よくないか、な」
すこしさびしそうな、無自覚の上目遣い。
ちょっとまってと叫びそうになった。ここでそんな必殺技、卑怯すぎる!
「……えっと、……ええっとぉ……」
必死になって考えていると、ぽんとアオバが手を打った。
「そうだ。
『ソアー』って『天翔けるもの』って意味じゃん?
その短縮形でカケル。なら、いいんじゃないか?」
「むりやりくさくね?」
ユウのやつ、いつもは割と優しいのに、こんなときには容赦ない。
しかしあだ名付けのプロといわれるアオバは余裕だ。
「いやほら、あーちゃんだとアスカと被るし、あまちゃんだと甘えんぼみたいだし、それで消去法してくとカケルがいいかなってことにならねっ?」
「あ、それならわかる!」
「なるほど~」
ユウにつづきイザヤも納得。俺も納得、してあわてて念を押した。
「いや、それはいいけどさ! さすがにあだ名ってことにしといてくれよ! 理由は以下同文!」
「あじゃーさ、いっそもうかっちゃんで……」
「『カケル』が、かわいかっこいい……」
「ちょっとまってっ?!」
ヴァルハラフィールドの小集会室。厳重に盗聴対策のされたそこで、俺たち五人はわいわいと名前談議に興じるのだった。
コーヒーとサンドイッチをおともに、気楽な笑顔で。
「……それにしても」
ふと、ユウがいった。
「なんか、ほっとした。
やっとケンカできるようになったね、ふたりとも」
「そーそ。ここまではなんっかどっか遠慮し合ってる感じでな。
ちょっとあのころ思い出してハラハラしたわ」
イザヤも言う。
俺とミツルが険悪だったあの頃、あまり思い出したいものではないだろう。思わずふたりして謝っていた。
「え、ごめん……」
「あっいや、でも今はもう全然雰囲気違うからさ。
……そのあたりはダイジョブだって思えてたから」
「もうねー。ミツルはエクセリオンに聖静籠ぶっぱなす男になったからね! 気合で誰にも負けないよ!」
「それは言えてる!」
「否定できない!」
「……むう」
アオバと俺が同意して、ミツルがちょっぴりむくれてみせて。
そんなこんな、すべてがあたたかいティータイムは、和解した仲間と新しい仲間の賑やかな笑いであふれるのだった。
やっと言いたいことをガンガン言い合えるようになった二人です。
次回、おもてなしの準備をするカナタ。
どうぞ、お楽しみに!




